「MIX」を元野球部・ティモンディが語る|「二度目の高校生活を贅沢に味わっている気分」あだち充が描く、部活にも恋にも全力投球な野球マンガ

作中の投球フォームは勉強になった

──「MIX」の野球シーンについては、どんな評価をされていますか?

前田 キャラクターたちが考えている内容が、現実の高校球児と同じだなと感じますね。走一郎がリードに細かい配慮をしたり、守備の位置を少しずつ変えていたり。かなりリアルですよね。走一郎がキャッチャーを担うことで、ピッチャーの投馬も相乗効果で力を発揮できるというのも実際にありそう。キャッチャーによって、ピッチャーの投球内容だったり、気持ちの乗り方だったりがまったく違うもんね?

「MIX」10巻より。明青学園高等部は東東京大会の準決勝で、夏の甲子園ベスト8の強豪校・東秀高校にぶつかる。

高岸 そうですね。僕はピッチャーでしたけど、キャッチャーによってだいぶ違いがありました。配球ひとつ、間の取り方ひとつで、本当に変わってくるので。そういう関係性というのは、高校野球そのままの醍醐味として描かれているなと思います。考えさせられたのは、試合中に投馬や走一郎が自分たちのプレイについて話し合っているシーン。高校時代の自分にはその余裕がなかったので、「なるほど、そういう方法があったのか」と。もし投馬たちのような視点を持つことができていたら、またちょっと自分のプレイが変わっていたのかなと思いました。

──プレイの動きやフォームなどはどうでしょう?

前田 違和感とかは全然ないですね。現実感のある、スムーズな動きになっていますよ。

東秀高校の3年生エース・三田浩樹はプロ注目の選手。

高岸 ピッチャーなんかは、むしろ参考にしたいぐらいのキレイなフォーム。投馬もそうですけど、東秀高校の天才投手・三田浩樹とかね。絵を見ながら「ああ、いい投げ方をしているなあ」「これぐらい前のカベを我慢すればいいのか」と、勉強させていただきました。

前田 9回を投げ切っても余力があるぐらいですから、よほど体の使い方にムダがないんですよ。

高岸 延長戦で152キロを出していましたから。

前田 三田投手がどういうトレーニングをしていたのかは気になる点ですね。いきなりポンッとこんな大投手が生まれるわけじゃないだろうし。あとは、走一郎がどんなふうにリードを勉強しているのか、とか。そういう部分が描かれると、また1つ面白い要素が増えますね。

無音の決着シーンが「あだち充っぽい」

──東秀高校とは投馬たちが1年生の夏、東東京大会の準決勝で対戦しました。おふたりは2年生のとき、現在、阪神タイガースで活躍する秋山拓巳投手(当時3年生)が率いる西条高校と、夏の愛媛県大会決勝で戦われました。強豪校との大一番ということで、何か思い出されることはありましたか?

前田裕太
高岸宏行

前田 東秀の三田投手じゃないですけど、僕らのときも夏を迎える前から「西条の秋山はスゴイぞ」「プロ注目だぞ」と話題になっていました。その西条に勝つために、監督やコーチがいろいろ対策を取ってくれてはいたよね?

高岸 ピッチングマシーンを近づけて、1メートルぐらい上の高さにセッティング。そこから160キロのボールを見たり打ったりしていました。

前田 守備練習でも西条の打線をイメージして、「1番、バッター○○(=選手名)」とノッカーが叫んでから打つとか。もちろん、ノッカーはあらかじめ情報やデータを持っていて、バッターの傾向に合わせて打球を飛ばしてくれるんです。それで1試合27個のアウトを取るまで、ノックを続けると。秋山投手は打撃もスゴかったので、ノッカーが「4番、バッター秋山」って叫びながらホームランを打ったりしてましたけど(笑)。

──投馬たちが所属する明青学園と同様、おふたりも天才投手と対戦し、結果的に敗れてしまいましたが、直後の心境はいかがでしたか?

前田 でも僕らの場合、あんまり考えさせられる時間は与えられなかったというか。気持ちの面では、監督やコーチのほうが切り替えるのが大変だったんじゃないかなと、今は思いますね。

高岸 新チームになったら、すぐに「練習の準備をする練習」が始まるんですよ。

前田 例えば「バッティング練習!」といわれたら、ゲージやボールなどの道具をみんなでバーッと出すんです。そのタイムを測るんですけど、「前のチームより遅い」という理由でもう1回。以降、戻して出しての繰り返しをひたすら続ける。1週間ぐらいやっていると、みんな無意識で動けるようになるんです。

高岸 だから、常に監督さんに引っ張られる形で、僕らはついていくだけの立場でしたね。自分たちの感情がどうだとか、そういう余裕はありませんでした。

「MIX」10巻より。東秀高校との決着シーン。

前田 負けた直後といえば、コミックス10巻の東秀戦での決着シーンが、僕はすごく「あだち充先生っぽいなあ」と思って好きなんですよ。「送球が逸れた!」「暴投した!」などの説明がまったくなくて、ただ無音の中、ボールが転がっていく。しかも、ボールを投げた投馬がミスをしたのか、後ろへ逸らしたサードが悪かったのか、どちらのせいかわからないという。ニクイですよね、この描き方!

作品を通じて前向きな気持ちを鼓舞してほしい

──明青学園の大山吾郎監督は、あだち充先生の描く監督らしい、よくいえば「おおらか」、悪くいえば「ずぼら」なタイプなので、指導力という面ではおふたりの高校時代とは大きな違いがありますね。

前田 僕らは正直、自分の技術が云々……という点で悩んだことはないです。

高岸 全国制覇の経験もある監督さんですから、言われたことをがんばれば大丈夫という気持ちでチームが一丸となり、大変な練習を乗り越えられたなという思いはありますね。

前田裕太
高岸宏行

前田 夏の大会を勝ち抜くための方法なども、本当にいろいろと考えてくれていました。大会が始まる1カ月ぐらい前から「暑さ対策」として、グラウンドではコートを2枚も3枚も着込み、室内では湿度を上げてサウナ状態にして練習するとか。実際の大会中に、暑さで悩んだことはありませんでしたね。

高岸 球場に着いたら、「あれ、エアコンが入ってる?」ぐらいの涼しさでしたから。しかも僕らの目標は全国制覇でしたので、体のコンディションも地区予選の決勝戦から甲子園に向けて軽くなっていくように考えられていた、と聞きました。

前田 長期休みのときに、1週間で練習試合を18連戦ぐらいすることもあるんですよ。ピッチャー陣がボロボロになっているのに、「あと10試合も残っている……」とか。

高岸 みんながどこかしら痛めている状態で、ローテーションを回していくというね。僕も途中、肩が痛くてサイドスローに変えてましたよ(笑)。

前田 結果、夏の大会で体力的にバテたことないですし、精神的にも「あの状態でもやれたんだから」という自信がついたと思います。

──最後に、この文章を読まれている方々にメッセージをお願いします。

高岸 はい、今は皆さん、いろいろと大変な時期でしょうけど、大事なのは勝った負けたよりも、がんばった過程だったり、仲間と絆を深めたという事実。その経験は、これからの人生に必ず生きてくるものです。「MIX」さんのコミックス15巻で、記憶喪失の原田(正平)が「地球は狭いな」ということを言っていますが、さまざまな人との関わりは、一生懸命に生きていたら絶対にいい方向へつながっていくものです。

前田 例えば、野球をやっていたらやっぱり試合に勝ちたいと思うはず。でも、本当に自分のためになることは、勝つためにみんなで何をしたか、という部分です。たとえ負けて悔しさを味わったとしても、それはダメなことじゃないんです。

高岸 僕ら自身、今もこうして昔の仲間と、違うフィールドで一緒にがんばっていられるのは、済美高校野球部で努力したという過去があるから。そうした高校時代の素晴らしさや、野球の魅力などを「MIX」さんは描いてくれていると思います。作品を通して、皆さんにも僕らと同じように、前向きな気持ちをぜひ鼓舞してほしいです。

ティモンディの2人が実際に使用しているボールとグローブ。