岩本ナオ画業15周年特集 斉藤壮馬インタビュー|「町でうわさの天狗の子」「マロニエ王国の七人の騎士」……いろんな“愛”のおすそ分けをしてくれる作品たち

「町でうわさの天狗の子」「金の国 水の国」「マロニエ王国の七人の騎士」……唯一無二の世界観でマンガ読みの心を惹きつけてきた岩本ナオが、今年3月に画業15周年を迎えた。これを記念し、月刊flowers(小学館)で連載中の「マロニエ王国の七人の騎士」最新3巻とともに、これまでの画業を振り返る書籍「岩本ナオ 古今東西しごと集」がリリースされた。

コミックナタリーでは、そんな岩本がこれまでに発表してきた作品の魅力を語ってもらうべく、読書家で知られ、「町でうわさの天狗の子」をきっかけに岩本ナオ作品のファンだという声優の斉藤壮馬に取材を依頼。撮り下ろし写真とともに、作品愛たっぷりのインタビューをお届けする。なお特集の最後には岩本の作品を一覧できる紹介コーナーも設けた。画業を振り返るもよし、新たに読みたい1冊を見つけるのもよし。気になる作品がある人はこちらもチェックしてみては。

取材・文 / 熊瀬哲子 撮影 / 入江達也
ヘアメイク / 時田ユースケ(ECLAT)

斉藤壮馬インタビュー

岩本先生の作品は、いい意味でふいに裏切られる

──今回は斉藤さんがブログで岩本ナオさんの作品がお好きだと綴っているのを拝見して、インタビューをセッティングさせていただきました。そもそも斉藤さんが岩本さんの作品に出会ったのはいつ頃だったんですか?

斉藤壮馬

最初は大学生のときだったと思います。もともとマンガ自体が好きでいろいろ読んでいたんですけど、サークルの部室のような場所に本棚があって、そこにみんなが面白かった本やマンガを置いていたんですね。その中に誰かが「町でうわさの天狗の子」(以下「天狗の子」)を置いてくれて、仲間内でも「すごく面白い」とブームになっていたんです。

──そのときはどんな印象を持たれました?

まずはかわいらしい、温かみのある絵柄が魅力的だなと思いました。あとはちょっとしたギャグが面白いなと。会話の中にすっと差し込まれる、オフビートな一言がすごく素敵ですよね。そういったところは1巻から好きでした。物語が進んでいくと、ミドリちゃんや金田一さんといった、(主人公の)秋姫の友達のドラマも描かれていく。読み込めば読み込むほどより深く楽しめるマンガの作り方をされているなと感じたんです。その頃、単行本は8巻か9巻くらいまで発売されていたと思うんですけど、最新刊まで一気に読んじゃいました。

──おっしゃるように、岩本さんの作品はちょっとしたギャグシーンが面白いというか、キャラクターたちの会話が独特ですよね。例えば「金の国 水の国」や「マロニエ王国の七人の騎士」(以下「マロニエ」)だと、中東や中世ヨーロッパをモデルとしたような世界観なのに、突然現代日本っぽい言葉遣いでしゃべりだしたり。

「ここは新日プロレスの会場ですか?」みたいなこと言いますからね(笑)。僕は「マロニエ」でいうと、3巻に好きなシーンがあって。「お任せ下さい 我がマロニエ王城の城代はあのエレオノーラ嬢の縁談を30秒でまとめた実績がありますので」「本場の熊と一回やり合いたかったなー」「お嬢様 ゴリラは縄張り争い以外で戦っちゃダメですよ」のところ。絶妙ですよね。それまでシリアスな話が展開されていた中で、こういう息の抜き方が挟み込まれるというのは、岩本先生の作品の独特のリズムですごく素敵だなと思います。

──「金の国 水の国」でも、二国の間に水路を引く計画が軌道に乗るという真面目なストーリー展開の中で、人を「チミ」と呼び、敬称として「きゅん」を付けるキャラクターが出てきたことに笑った記憶があります。

「金の国 水の国」より。

そうなんですよね。どの作品もそうなんですけど、岩本先生のマンガはテンプレートに落とし込んで読み進めていくと、いい意味でふいに裏切られる。それはギャグもそうだし、それ以外の場面でも。「金の国 水の国」の序盤、ヒロインのサーラに出会ったばかりのナランバヤルが「家族にオドンチメグ(星の輝き)なんて名前を付ける方に悪い人はいませんわ」と言われてパッと赤面するシーンがありますが、ここがすごく好きなんですよね。段取りとしては唐突かもしれないけど、何かぐっと自分も気持ちが入り込んでしまう。そういったシーンがたくさんあるんです。

──登場人物が誰かに心動かされる瞬間や、何かを感じ取る場面は印象的に描かれていますよね。より物語に引き込まれる感覚を味わいます。

そういったところが岩本先生の作品でも中核を成す部分ですよね。なぜそれだけ引き込まれるのか、言語化して説明するのも野暮だなと思うんですが、登場人物の心が触れ合ったり揺れ動いたりするシーンが、読み手の琴線にもしっかり触れてくるというのは本当にすごいなと思います。僕は普段声優という仕事をやっていて“言葉”をメインに扱っているわけですが、絵や映像が優れている点を挙げると、言語化し得ない、名前がつけられていない感情を描くことができるところだと思うんです。そういった意味でも、岩本先生はすごくマンガ力の高い先生だなと、いち読者ながらいつも感じています。

気付いたらまたダンスの話してる……

──「天狗の子」で岩本さんの作品に出会ってから、ほかの作品も読まれていったんですね。

斉藤壮馬

「天狗の子」を読んだときも「あ、いいタイトルだな」と思ったんですけど、岩本先生の作品は毎回タイトルがすごく秀逸だなと思っていて。特に初期の頃のタイトル……「スケルトン イン ザ クローゼット」もいいですよね。(手元の単行本をめくりながら)ああ、懐かしい……。あと、僕は昔から1巻で完結しているマンガが好きなんですよ。よく本屋さんで表紙買いをして、今でも実家には短編集がいっぱいあります。「Yesterday, Yes a day」も好きで読んでいました。

──それこそ言語化し得ない表現が多いからか、時間が経って読み返すと、当時読んだときとは違う印象を受けるところがあるように思います。

そうなんですよね。自分がよくも悪くも変化しているということを、作品を通して気付かされます。

──先日のブログでは「天狗の子」を読み返して、金田一さんのところで特に泣いてしまったと書かれていました(参照:グリッドマン公開録音/トンデモ論音声ロケ | 斉藤壮馬のお仕事ブログ)。これは9巻の告白のシーンのことでしょうか?

そうですね。ずっと周りのみんなを応援してあげていた、熱くて優しい金田一さんが主役になるというエピソードにぐっときました。まさか最初の猫町くんの登場の仕方から、この2人がこういうふうに着地するとは思わなくて。ほかにも好きなシーンはたくさんあるんですが、金田一さんのところは特に印象深かったです。

──「この宇宙には君がいました」という、猫町くんの言葉もいいですよね。

いいんですよ、本当に。猫町くんも男を見せたというか、度胸があるなって。そこがやっぱりカッコいいなと思います。

──最初に読んでいたときは、金田一さんのキャラクター造形からここまでしっかりと恋の話が描かれるとは想像していませんでした。

まさかそういう描かれ方をするキャラだとは、最初は思わないですよね(笑)。でも「天狗の子」ではクラスメイトの恋や日常もけっこうな割合で描かれていて。誰がダンスを踊るかっていう、あの話題の差し込みようはすごかったですもんね。気付いたらまたダンスの話してる……みたいな(笑)。

──割と長期にわたってダンスの話をしてましたもんね。

どんだけ出し物の話進まないんだよっていう。全然進まないんだから、もう(笑)。

──でも、そういったところにも等身大の女子高生らしさを感じます。学生生活において誰とダンスを踊るかっていうのは、それだけ重要なことだったんだなと。

そうそう、だからすごくリアルですよね。

──女子特有かもしれませんが、秋姫やミドリちゃん、金田一さんがそれぞれ好きな人ができたことを自覚して、それをちゃんと報告し合いたいと思うシーンで、実際の学生生活を思い出しました。恋心を自覚したらまず友達に「あの人のこと好きになったんだ」って伝えたいという、その感じは割と自分の周りでもあったなと。

なるほど! やっぱりそういうものなんですね。そのシーンは、友達に「言う」「言わない」というところから1つハードルがあるんだな、と思って読んでいました。たぶん男子は……っていう括りが適しているかはわからないですが、少なくとも僕は「好きな人ができた」って周りに言わなかったと思いますし、逆に友達からもそういう話はなかったかなと。リアリティのある描写というよりは、単純に「なるほど、そういう考え方があるんだ」っていうのが新鮮で面白かったですね。