白泉社の少女マンガ誌・LaLaが、悪役令嬢や異世界転生をテーマにした“異世界”ジャンルに力を入れているのをご存知だろうか。悪役令嬢や異世界転生ものは小説を原作としたコミカライズが多数派の中、2018年にスタートした「転生悪女の黒歴史」、連載が始まったばかりの「土かぶりのエレナ姫」「帝国の恋嫁」などオリジナル作品を連発。ファンタジーに特化した電子増刊・異世界転生LaLaも立ち上げ、旬の人気ジャンルで存在感を放っている。
コミックナタリーでは、そんなLaLaの異世界作品を特集。悪役令嬢ものが大好きなコスプレイヤー・伊織もえに、悪役令嬢ものの「転生悪女の黒歴史」「帝国の恋嫁」、異世界転生ものの「土かぶりのエレナ姫」、異世界ファンタジー作品「婚約者は溺愛のふり」「姫君は騎士団長」の5作品を読んでもらい、ファン目線での感想を聞いた。
取材・文 / 青柳美帆子写真 / ヨシダヤスシ
悪役令嬢ものは「科学の実験」
──伊織もえさんは電子書籍を4000冊強購入していて、マンガアプリもよく読むマンガ好きだとうかがっています。中でも悪役令嬢ものが最近はお好きだそうですね。
好きです! もともとマンガをよく読んでいて、マンガアプリでも最新話を読むために毎月2万円くらいは課金しています。おっしゃる通り、ここ2~3年は悪役令嬢ものに夢中になっていて……連載が更新される日はアプリを0時に見に行っています(笑)。
──悪役令嬢ものを好きになったきっかけはなんですか?
数年前に最初に読んだのは、アニメ化もした「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(原作:山口悟、マンガ:ひだかなみ)、通称「はめふら」です! その次に読んだのは「悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される」(原作:ぷにちゃん、マンガ:ほしな)。ストアやアプリ内にあるほかの悪役令嬢ものも目に入るようになって、次から次へと読むようになりました。
──どんどんハマっていったと……!
もともと「緋色の欠片」や「薄桜鬼」などの乙女ゲームをプレイして好きだったのも、ハマった理由のひとつかもしれません。悪役令嬢ものの“あるある”である、「乙女ゲームの敵キャラに転生をして物語を変えていく」という展開が目新しいけどしっくりきたんです。昔やったあのゲームのあのキャラに転生したらこうなるんじゃないか……という想像も膨らみました。
──悪役令嬢ものは、「どんな特徴があるジャンルなのか」が意外と一言で説明しづらいところがありますよね。伊織さんは「悪役令嬢もの」を、どんな特徴のある作品だと考えていますか?
かなり細分化してますよね。現代人がゲームやマンガの世界に転生してしまう異世界転生もの、物語のキャラクターが悪いことをしすぎて断罪され、人生をやり直したり転生したりする断罪もの。最近は悪役令嬢のメイドや友人になって悪役令嬢を育てるものも。その細分化の中で、キーとなるワードがあって、ワードとワードの並び替え、掛け算で作品ができている印象があります。若干科学の実験みたいだなと。「悪役令嬢」という単語に、「破滅」「逆転」「溺愛」が掛け合わされていたり、「友人」「執事」「幼なじみ」が掛け合わされていたり。「これは何と何でできた悪役令嬢ものなんだろう?」と考えるのが楽しみになっています。
──科学の実験! かなりしっくり来る表現です。
悪役令嬢ジャンルは、数年前から盛り上がっていましたが、2020~2021年頃にさらに存在感が大きくなった印象です。まず小説家になろうで人気が出た異世界転生ものの小説が、“なろう系”と呼ばれて流行って、コミカライズされてさらに人気が出た。悪役令嬢ものはさらにそこから発展して、韓国はじめ海外からの輸入もあって……と、ちょっとほかの異世界転生ものともまた違う雰囲気になっているなと感じています。
記憶の扉を開けてくる「転生悪女の黒歴史」
──今回は伊織さんに、LaLaの悪役令嬢もの・異世界ファンタジーものを5作品読んでいただきました! 「転生悪女の黒歴史」はいかがでしたか?
今回このお仕事の話をいただく前から、「転生悪女」は読んでいました! 悪役令嬢ものにハマりはじめの時期に「悪役令嬢ものをとにかく読みたい!」と飢えていて、ネットの検索窓に「悪役令嬢」「侯爵令嬢」「悪女」「婚約破棄」など総当たりで検索して出会ったんです(笑)。「転生悪女」の特徴は、主人公が前世でいわゆる「中二病」だったこと。そんな前世の自分が作った物語の世界に、悪役側のキャラクターとして転生してしまう。この主人公が作り上げた物語が「うわあ、私も小中学生の頃こういうの想像したことがあるな」と思わせてくるんですよね……(苦笑)。
──「転生悪女」の主人公と同様に伊織さんも創作をしていたんですか?
ノートに絵を描いたりするくらいですが、ヒロインの性格をピュアにして、金髪にして……。大好きな種村有菜先生がよく描くみたいに、ヒロインの髪の毛をくるんっとウェーブさせたりしていましたし、「ヒロインはどんなことをされてもピュア」という設定にもしていた。「転生悪女」では、主人公が前世で生み出した“ヒロイン”がまさにそういうキャラクターですよね。なのですごくそわそわする、恥ずかしくなる読み心地でした(笑)。
──タイトル通り、“黒歴史”を思い出すという……。
でも、その「ちょっと身に覚えがあるところ」が面白いですし、キャッチコピーの「死にたいほど痛い」もいいですよね! 私が小中学生のときに作ったあの作品の中に入りこんだら、一体どんな気持ちになるんだろうと想像しながら読めました。
──主人公の悪役令嬢と、そんな主人公の姉の聖女のまわりには、前世の萌えを詰め込んださまざまな男性キャラクターが登場します。伊織さんがぐっときたキャラクターはいましたか?
主人公の悪役令嬢イアナに依存しているヨミが好きでした。乙女ゲームだったら、黒髪で年上系で優しそうなキャラクターからいつも攻略していたんです。本当に優しいタイプでもいいし、ヤンデレでも腹黒でも好き。
──確かにヨミはヤンデレ系黒髪キャラクターです(笑)。本作の悪役令嬢ものとしての魅力をどこに感じますか?
悪役令嬢ものには“お決まりの展開”がいくつかあって、そこに対してワクワク感があります。「転生悪女」は、投獄されるという絶望的な場面からのスタート。そこから前世の記憶に目覚めた主人公ががんばって、最初は冷遇されているけれど、だんだんと周りのキャラクターたちと和解していくところが面白いです。
──お決まりの展開があるからこそ、「今回はこう来たか」と先ほども話に出た“掛け算”を楽しめるし、主人公にとってつらい展開が続いても安心して読めるところがあるのかもしれません。「転生悪女」はどんな人におすすめできる作品でしょうか。
夢小説やキャラメールにハマっていた人にすごく刺さるはず。「あなたは何番目の夢のお客様です」というふうな、キリ番カウンターの昔の記憶の扉が開く感じがしました(笑)。もちろん“黒歴史”がある人、“黒歴史”という言葉を知っている人には読んでほしいです。
お決まりが楽しい「帝国の恋嫁」「土かぶりのエレナ姫」
──悪役令嬢ものはファンにとって、“お決まり”が楽しみのひとつなんですね。ほかにもそういったお決まりはあるのでしょうか?
前世の知識やスキルがある異世界転生ものって、チート無双していくパターンと、圧倒的に弱い立場から始まって逆転していくものがある。悪役令嬢ものは割と後者が多いように感じます。ほかの“お決まり”でいうと、「バッドエンドを回避する」もありますよね。「転生悪女」がそのパターン。それから「帝国の恋嫁」もそうで、かわいい作品でした。
──前世の自分が読んでいたネット小説の世界に転生した主人公が、バッドエンドを回避すべく空回るコミカルなお話です。
そう、主人公のリリエルは、バッドエンドを回避するのに一生懸命になっていて、政略結婚のお相手である皇太子ルディウスに、前世の記憶と「皇太子はいずれ運命の乙女と出会う」ということを話してしまう。そんなリリエルを見て、たぶんルディウスは「かわいいな」と好感度が上がっているんですよね。なのにリリエルはまだ現れないルディウスの「運命の乙女」のためにがんばっている。すれ違いシチュエーションが好みドンピシャで、かわいいなと感じた作品です。
──ルディウスは、空回るリリエルに対して、かなり大人の対応をしています。
そこもまたよくて! ルディウスはすごく余裕があるヒーローなので、空回るリリエルをニコニコしながら見守っている。「運命の乙女」が登場したとき、リリエルがどんな動きをするのかが楽しみです。悪役令嬢ものとしての王道なので、読んだことがない人の「入り口」としてよさそうだなと感じました。
──「土かぶりのエレナ姫」は、主人公が前世の記憶持ち。悪役令嬢ではなく貴族令嬢ものですが……。
「土かぶりのエレナ姫」は厳密には悪役令嬢ものではなく、異世界転生ものと言うのがよいのかもしれませんが、悪役令嬢ジャンルのファンにも「ここに供給があるぞ!」とお伝えしたい作品です! 主人公のエレナは他国に嫁がなければいけない成り上がり貴族の女の子。彼女には前世の記憶があって、農業オタクで畑仕事が大好き。でも婚約者はかなり男尊女卑で、エレナに冷たく当たっているし、農業オタクであることにもいい顔をしない。そんな折、畑関係で知り合った男の人との出会いで大きく人生が変わって……というストーリー。ピンチから始まって、前世で得た農業の知識で新たな人と出会って、窮地を乗り越えていくという物語で、読んでいて気持ちのいいマンガだなと思います。
──特にぐっときたポイントはどこでしょうか。
絵がかわいいのと、それから、エレナの農業オタク描写がよかったです。オタクって、自分の趣味について話し始めると止まらなくなってしまうじゃないですか。エレナも野菜についてしゃべり出すと止まらなくなって、フキダシがコマいっぱいの大きさになっていて、早口な感じもページから伝わってくるんです。「やっぱり好きなものをしゃべるときってこうなるよな」と微笑ましく読んでいました(笑)。
──伊織さんは異世界転生ものを、男性向けも女性向けもたくさん読んでらっしゃいますよね。どういったところに面白さを感じていますか?
そうですね……「スカッとしたい」という気持ちで読んでいるかもしれません。現代日本の知識でピンチを乗り越える主人公たちを見ていると、「私もこの知識を知っているから、私もこの世界に転生したら同じことができるのかも」とワクワクしてきて。
──伊織さんご自身が入り込む感覚ということでしょうか。
はい。たとえば「ONE PIECE」や「DRAGON BALL」などのマンガではそういう「この世界に自分がいたら」という発想にならないんですね。異世界転生作品は、「自分がこの世界に入り込んだらどうなるだろう」と空想する余地があるのがいいところだと思っています。