コミックナタリー Power Push - 久米田康治からの“お別れ”

画業26年目で初画集、初原画展、初サイン会… マンガ界の火薬庫が語る“これまでとこれから”

肉体をしっかり描くと下ネタが生々しくなってしまう

──今回は画集を踏まえて、改めてこれまでの久米田先生のお仕事を振り返っていこうと思います。まずはデビュー作の「行け!!南国アイスホッケー部」ですが、この作品は途中でスポーツコメディから下ネタギャグへとかなり大きく作風が変わりました。何かきっかけがあったんでしょうか?

いや、もう生きる道を探していたという感じですね。スポーツだとたくさんの作品の中に埋没しちゃうなって。あ、ただ途中で担当編集さんが変わったというのは大きいかも。

──新しい担当編集さんが「路線を変えてみなよ」と?

「行け!!南国アイスホッケー部」イラスト(「悔画展」収録)

勧められたというわけじゃないんですが、打ち合わせをしているうちにそういう話に。「それ、やっちゃっていいんですか?」って感じでああいう話になっていった。あと、やさぐれてたっていうのもあるかもしれないですね。憧れてマンガ家を始めたのに全然人気出ないし、みたいな。

──絵柄も「南国」の間にかなり変わっています。

最初の頃はあだち充先生とかが絵のルーツでしたね。あと、江口寿史先生も。当時の流行りのラインを目指したくて。

──「南国」の後半になっていくと、絵の方向性も変わってきますよね。筋肉が簡略化されていったり、全体的に細身になっていきます。

印刷されると、思った以上に線が潰れるんです。だからちょっと簡略化していった。簡略化は今も続いてますね。それと、絵の肉体的な要素を外していったというか。話が下ネタだったので、あんまり筋肉とか描くと生々しくなりすぎてしまう。サンデーなんかだと特に(あまり生々しいと)読者からお手紙で「気持ち悪いんだよ、死ね!!」とか「サンデーに合ってないと思う」とか言われるので。

──そういうファンレターって、編集部でチェックされずに渡されるんですか?

面白がって渡すんですよ。僕も「へへへ(笑)」なんて言って受け取るんですけど、冷静に考えるとちょっと傷つくな、と。まあ、本当にヤバいのは渡されないです。

──「南国」の連載中にはMacを導入してデジタル作画に移行しています。まだデジタル化も主流ではない時代だったと思いますが、かなり早い時期の導入ですよね。

「行け!!南国アイスホッケー部」イラスト(「悔画展」収録)

一時期アシスタントが一気にデビューして人がいなくなったので、作業の効率化のために入れたんです。アナログだった最初の頃のカラーイラストは塗るんじゃなくて、カラートーンっていうカラーのスクリーントーンをいちいち貼ってましたからね。今じゃワンクリックでできちゃう作業をちまちまと……。

──あえてカラートーンを使っていたのは、やはり発色が好みだったからですか?

それもありますが、マンガなのでトーンを貼ろうという感じでしたね。それで一生懸命貼ってた。当時のカラーのテイストは、レコードのジャケットをよく描いていた鈴木英人さんっていうイラストレーターさんがルーツですね。あと、「ハートカクテル」のわたせせいぞうさん。

──デジタルへ移行したことで絵柄にも変化がありましたか?

それはないです。もともとメリハリのない線でやっていたので、特にアナログとデジタルで違いがあったわけではないですし。むしろ逆のアプローチをしていましたね。デジタルだとわからないようにがんばるようになってたというか。やっぱりみんな最初Macを入れると「デジタルでーす!」みたいな感じにしたがるんですよ。それがなんかカッコ悪く見えて(笑)。

「改蔵」で、ちょっと寒いけど雨風はしのげる場所を見つけた

──「南国」が下ネタギャグに舵を切っていった時期に「√Pルートパラダイス」や「育って!!ダーリン」といった作品も並行して連載しています。こちらはいわゆるラブコメテイストの作品ですね。

いつまでも下ネタだけでは食っていけないなっていうのがあったので。欲が出たというか……編集さんも話を持ってくるときはいいこと言うんですよ。「ラブコメも描けんじゃない?」とか(笑)。まあ、僕もまだ若かったので判断力もなくて。マルチ商法に引っかかるみたいな感じで描きました。

──結果、やってみるとしっくりこなかった?

恥ずかしくなっちゃって、下ネタ入れたりとか余計なことしちゃうんです。だから、王道を描ける人はすごいと思いますね。

──その後、「太陽の戦士ポカポカ」を挟んで「かってに改蔵」がスタートします。

この頃が一番辞めるかどうか迷ってましたね。もう30歳になるし、「今ならまだまともな道があるんじゃないか?」って。

──それを編集さんに引き留められて「改蔵」を始めたという感じですか?

「かってに改蔵」イラスト(「悔画展」収録)

いや、被害妄想かもしれないですが、むしろ僕は編集さんに必要とされていないって思ってて(笑)。前の連載がコケているし、「やるならやれば」みたいな感じだったと思うんです、編集さんとしては。かといって反骨精神があるわけでもなく。それで、「改蔵」あたりからは無理しないで生きていこうという感じになりましたね。辞める気だったから。「南国」の頃はまだ若かったんで、体力もあったし、もっと前向きな感じでしたね。下ネタも描いていたので、エッチな若者を演じなきゃいけないみたいなところもあって、何かちょっとがんばってましたね。

──でも「改蔵」がヒットして手応えがあったんじゃないですか?

売れたというか、ポジション的なもの、自分が座っていられる場所が見つかったという感じですかね。「犬夜叉」とか「名探偵コナン」とかがいる教室の中には座れなかったけど、階段の下とかにスペースを見つけたっていうか。ちょっと寒いけど雨風はしのげる、みたいな。

久米田康治画集「悔画展」/ 2016年6月30日発売 / 2700円 / 講談社
久米田康治画集「悔画展」

待望した!久米田康治、画業26年目にして初の画集!! 選りすぐりのイラストを多数収録し、全イラストに本人の「後悔コメンタリー」付き!

作品展
「一挙後悔中 ~さよなら久米田先生~」

東京会場
会期:2016年7月2日(土)~8月14日(日)
会場:青山GoFa
大阪会場
会期:8月23日(火)~9月4日(日)
会場:海岸通ギャラリーCASO スペースB
久米田康治「かくしごと(1)」/ 2016年6月17日発売 / 講談社
久米田康治「かくしごと(1)」
648円
Kindle版 / 540円

父・後藤可久士、娘・後藤姫。父が娘にぜったい知られたくない秘密……。それは、自分が「漫画家」だということ!でもそんなの隠し通せるの?「隠し事」は「描く仕事」! 愛ゆえに心配しちゃう漫画家パパが大暴走の、漫画業界トラブルコメディ、開幕!

久米田康治(クメタコウジ)
久米田康治

神奈川県生まれ。1990年、「行け!!南国アイスホッケー部」が第27回小学館新人コミック大賞を受賞。翌年、週刊少年サンデー(小学館)に掲載されデビューとなった。当初スポーツマンガとして始まった同作だが、次第にコメディ要素が増え徐々にギャグマンガへと変化。過激な下ネタとお色気で好評を博した。1998年より同誌で連載を開始した「かってに改蔵」は、登場人物の妄想から発せられる痛烈な社会風刺で新たなファンを獲得。2005年より週刊少年マガジン(講談社)で連載を開始した「さよなら絶望先生」は2007年に第31回講談社漫画賞を受賞、同年テレビアニメ化され、さらなるヒットを記録した。アニメ化に続き舞台化もされた「じょしらく」の原作を務めるなどし、現在は月刊少年マガジン(講談社)にて「かくしごと」、楽園 Le Paradis [ル パラディ](白泉社)にて「スタジオパルプ」を連載中。また「じょしらく」と同じくヤスとタッグを組んだ「なんくる姉さん」もヤングマガジンサード(講談社)にて連載されている。