コミックナタリー Power Push - 「クダンノゴトシ」渡辺潤
コミックナタリー Power Push - 「ちこたん、こわれる」今井ユウ
マンガ家師弟に直撃!“引き継いだもの”と“引き継がなかったもの”
「仕事をちゃんとする」ということを学んだ(今井)
──めちゃくちゃ楽しそうな職場ですね! 今回はおふたりの師弟関係について伺えればと思っていたんですが……。マンガ界では厳しい師匠と耐える弟子、というイメージはもう古いんでしょうか。
渡辺 僕は初めに六田登先生のところに入ったんだけど、その頃はまだ“弟子入り”の感覚だったな。月に休みが1、2度しかなかったり。今はもう少しライトな、“先輩後輩”というイメージの方が近いと思います。デビューしてしまえば、人気商売だから新人もベテランも関係ないしね。
今井 でも最初に入ったときは素人だから、潤さんは“先輩”よりもっと雲の上の感じはありました。やっぱり“先生”みたいな。あと潤さんの仕事場は泊まり込みがあって、近頃では珍しいですよね。
渡辺 ああ、確かに。泊まってもらう場所がないことが多いから、だいたい通いだよね。そういえば、今はアシスタントしたくない人が増えているけど、ヘルプでもいいから何件か誰かの仕事場に入ってみたほうがいい。ライバルになる人たちだから、刺激をもらえるし、いろいろな情報が入ってくるし。
今井 そうですね。デビューしたら基本的に個人作業になるから、ちょっとしたことが聞ける人がいるとすごくありがたい。大切なつながりです。
──なるほど。今井先生が渡辺先生の仕事場で一番学んだことを教えていただけますか?
渡辺 家に帰らないとか? プライベートを犠牲にするとか?
今井 そういえば潤さん、ずっと仕事場にいましたね(笑)。そうではなく、「仕事をちゃんとする」ということです。マンガ家って、みんな締め切りを破って逃げるイメージがあるじゃないですか。
渡辺 そうか?(笑)
今井 そうです(断言)。そんなイメージを抱いて仕事場に入ったら、潤さんはスケジュール管理をきっちりしていて、本当にすごいと思って。仕事に対する姿勢を学びました。
担当編集 学んでないです! 締め切りいつもギリギリじゃないですか!
今井 (無視して)あと優しくて、キャパシティが広くて、人間性が素晴らしいんですよ。僕にもいまスタッフが3人いるので、ここは見習わなきゃと思っています。
渡辺 誉め殺しか(笑)。
ハロルド作石先生のアシスタント時代に学んだこと(渡辺)
今井 それから潤さんの演出の仕方に影響を受けていると思いますね。スタンダードな演出法というんでしょうか。
渡辺 僕は非常に教科書的なコマ割りをするからね。「どこで誰が何をしているのか」がわからなくちゃダメだとは、アシスタントに話しているかもしれない。やっぱりファンしか受け付けないような世界観はあんまりよくないと思うから。
──なるほど。
渡辺 あとハロルド(作石)先生のアシスタントをしてたときに僕自身が学んだのは、資料をちゃんと見て描くということ。例えばスニーカーを描くとき、彼は写真なり実物なりを横に置いてホントに縫い目まで忠実に描いてたんですよ。マンガがどんどん移り変わっていった時期で、雰囲気とか想像で描くよりリアリティを出す方向にシフトしたのを肌で感じて。
今井 ああ、そうでしたね! 「RRR」のとき潤さんが靴の靴紐までしっかり描き込んでるのを見て「すっげー」って思って。
渡辺 このキャラはこういう靴を履いている、と思ったら実物の靴なり写真なりを集めて。どんな服を着てるのかとか、どんな髪型をしているのかとか、現代のマンガ家はすごくこだわるようになってきているよね。読者も「ちこたんのヘッドホンはどこのだろう?」とか気になるんじゃないかな。
やっぱり女の子の足首まで太いと読者も嫌かなって(今井)
──1巻の奥行きがある構図とはまた違って、オタクの猫屋敷ならではの空気感が出ています。……先ほどから気になっていたんですが、今井先生は渡辺先生のことを「潤さん」と呼ぶんですね。
渡辺 僕は編集さんからもアシスタントの子たちからも、下の名前で呼ばれることが多いですね。
今井 アシスタントしてた時代は、ほかのアシさんたちが「潤さん」って呼ぶなか、僕だけは「先生」と呼んでいたと思います。今考えると空気の読めないアシスタントだったのではないかと……。
渡辺 別に強制してたわけじゃないし、全然そんなことない。ユウちゃんが来てくれたおかげで、女の子を描く新しい感覚を学びましたよ。肌の色の画材がなかったら青で肌を塗ったり、そういうぶっ飛んだ発想は僕の中にはなかったので。あと女の子の肉感に関するこだわりとかな。
今井 ぽっちゃり好きなんです。柔らかさを全面に出していったら少し太めになっていって、世間とズレを感じたので、ちこたんは細くしました。やっぱり足首まで太いキャラばかりだと読者も嫌かなと思って。でも好きなものを、願望100%でやりたいという気持ちもあります。
渡辺 それが好きな読者もいると思うけどね。僕は女の子をかわいく描くのが苦手なんですが「渡辺潤が描く女の子かわいいな」って思われたい。かわいいってなんだろうと思って、萌えという概念について考えたんですよ。たどり着いたのは「子犬を愛でるような感覚」なんじゃないかと。
今井 え、どういうことですか?
渡辺 子犬ってダメなところも含めてかわいいじゃない。僕は美少女は美少女に描かなきゃいけないという考えでガチガチになってたんだけど、普段のだらしない姿を見せても別にいいんじゃないかと。
今井 そんなに深く考えたことなかったですね。
渡辺 若い人たちは、深く考えなくても感覚でできちゃうんだろうね。僕個人の考えだし、アニメの「けいおん!」を観てて気づいたんだけど(笑)。
今井 でもわかる気がします。「イモリ201」の井森は21歳だけど女子高生の格好しているキャラで、すごく残念な女の子なんです。「イモリ」に登場するキャラはみんなはっきり主張して、欲望に忠実で、残念な面がある。こういう子が好きなんです。
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渡辺潤(ワタナベジュン)
1968年東京都生まれ。1989年のマンガ家デビュー以降、1990年から2004年まで「代紋TAKE2」、2007年から2009年まで「RRR」、2010年から2015年まで「三億円事件奇譚 モンタージュ」を連載。26年以上にわたりヤングマガジン(講談社)で活躍している。現在、同誌で「クダンノゴトシ」を連載中。
今井ユウ(イマイユウ)
1984年東京都生まれ。大学在学中より持ち込みを開始し、ちばてつや賞ヤング部門佳作を受賞後、渡辺潤のアシスタントとして「RRR」の執筆を手伝う。22歳のとき、別冊ヤングマガジン(講談社)に読み切りが掲載されデビュー。2010年よりヤングマガジン(講談社)で「イモリ201」が集中連載され、その後、月刊ヤングマガジン(講談社)で連載を開始。現在はヤングマガジンで「ちこたん、こわれる」を連載中。