音楽ナタリー Power Push - ナタリー×Hulu 語りたくなる1本がある。
井上三太編
「蒲田行進曲」は、負けざる者たちの悲哀と誇りが感じられる映画
──では次は、その井筒監督もリスペクトしている深作欣二監督の「蒲田行進曲」。これはどこに惹かれるのでしょう?
これは僕にとって、歳を重ねるごとにどんどん良さがわかってくるタイプの映画です。風間杜夫さん演じる映画スターの銀四郎と、松坂慶子さん演じる情婦の小夏。“銀ちゃん”に心酔する大部屋俳優のヤスを平田満さんが演じていて、この3人の関係がすげえ切ないんですよ。スポットライトのあたる世界に行ける人間と、その踏み台になる者との溝を、めちゃめちゃリアルにえぐっていて……。
──原作は、1980年に初演されたつかこうへいの戯曲。映画版は1982年に公開されています。
僕は高校時代、たしか封切りの映画館で観ました。今思うと、作者と監督と俳優陣がケミストリーを起こして、すごいパワーを生んでますよね。ただ10代の頃は若すぎて、この映画の訴えてることをそこまで深くは受け取れなかった。Huluでこういう映画を観返すと、歳をとるのも悪くないって思えます(笑)。
──いまの三太さんは、「蒲田行進曲」にどんなメッセージを感じとりますか? 強いて言葉にするならば。
うーん……。やっぱり、負けざる者たちの悲哀と誇り、みたいなことじゃないかな。スコセッシ監督や井筒監督の世界にも通じる何か。その感覚があるから切ないし、愛らしいし、観終わって元気が出るんだと思うんですよね。ちなみに「蒲田行進曲」でスター役を演じた風間さんも当時、実生活ではほとんど無名だったみたい。大竹まことさんとか、貧乏な劇団仲間と共同生活を送っていて。映画館のスクリーンで同居人を目にした大竹さんが、その存在感に度肝を抜かれたって話を聞いたことがあります。
──まさにスター誕生という感じで、素敵な話ですね。そういうエピソードを重ねて観ると、作品に一段と奥行きが出てきます。
そう。「蒲田行進曲」という映画そのものが、風間さんにとっての「ロッキー」だったと(笑)。そこがまたグッとくるんだよね。
──野村芳太郎監督の「鬼畜」と山田洋次監督の「学校」は、両方とも松竹映画です。昔から松竹と言えばオーソドックスな家庭劇の印象も強いので、やや意外でしたが。
たしかに庶民派というか、温かいイメージありますよね。そういえば昔、(北野)武さんが「あの黄色っぽい画面がダサいんだ」ってチャカしてたけれど(笑)。僕はけっこう好きです。山田洋次監督の作品とかどれを観ても、世間の生き方から外れたアウトサイダーが描かれていて……。「男はつらいよ」の寅さんもその代表だし、ここに挙げた「学校」も夜間中学が舞台だから、落伍者がいっぱい出てくる。でも心の中では、誰も負けてないというね。
──西田敏行さんが、酸いも甘いもかみ分けた教師役で。
そうそう。物腰は柔らかいけど、おでんの大根みたく全身に苦労が染み込んだ、いい顔をしてるんですよね。あとは田中邦衛さん演じる肉体労働者のオジサンが病気になっちゃって、「真っ黒な糞が出るんだよ」と打ち明けるところとか。強烈に憶えてます。裕木奈江さん演じる不良少女の薄幸な感じもリアルだった。ああいう女性に、男はけっこう惹かれちゃうんだよなあ。
──そうですか(笑)。一方の「鬼畜」は松本清張の短編が原作で。実際にあった凄惨な事件がモチーフになっています。
これは松竹の中でも社会派の作品で、内容はもちろん、画面の質感そのものが怖いんですよね。作品全体に、70年代の日本映画らしい暗鬱さが漂っていて……。緒形拳さんが、妻とお妾さんの間で板挟みになる印刷工を演じてるんだけど、岩下志麻さんと小川真由美さんのやりとりが強烈。ラストもショッキングです。こういう理屈抜きで面白い旧作に触れると、ひと口に“昔の日本映画”と言ってもいろんなバリエーションがあるんだなと、改めて気づかせてくれます。
引退レスラーの惨めな暮らしぶりが他人事とは思えない「レスラー」
──海外作品では「レスラー」が目を引きます。これもまたメインストリームから外れた男の、不屈の魂を描いた作品ですが。
これは主人公のダメ男ぶり、ダメ父親ぶりがたまらないんです。ずっと好き勝手に生きてきて、家族からは完全に見放されている。で、ようやく仲直りしかけたひとり娘との約束を、よりによって忘れちゃうでしょ。ああいう脇の甘さは、男として身につまされちゃう。どんどん成功していく主人公にはイマイチ感情移入できないけど、こういうキャラクターは見守りたくなります。
──華やかなアメリカンプロレス業界の裏側も、生々しく描かれていました。
筋肉ムキムキの大男が、歳を取ってトレーラーハウスで1人暮らしをしていたりね。あと苛酷なドサ回りで身体がガタガタになったレスラーたちが、引退して補助器具つけて、しょぼいサイン会でどうにか食いつないでいたり……。あの辺りのリアルさも、ちょっと他人事とは思えなかった。僕だってもしかしたらン十年後には、阿佐ヶ谷の居酒屋で「昔、俺が描いたマンガが映画になったんだぜ!」とか言いながら安酒飲んでるかもしれないし(笑)。
──それはどうでしょう(笑)。ただ、よく指摘されることですが、ダーレン・アロノフスキー監督はやっぱりキャスティングがうまい。主演のミッキー・ロークはこの頃、実人生でもどん底状態だったので……。
そう。「俺はこんな風にしか生きられない!」という老レスラーの叫びが、だんだんミッキー・ローク本人と重なってくるんですよね。そういう部分も含めて、何とも言えない色気がある。マリサ・トメイがベテランのストリップダンサーを演じてるんだけど、生活に疲れたあの感じがまた魅力的なんですよね。女の子にフラれて落ち込んだとき必ず観たくなる映画が何本かあるんですが、その筆頭かもしれません、これは。
──最後は定番中の定番。スティーブン・キング原作、ロブ・ライナー監督の「スタンド・バイ・ミー」です。
高校生の頃、ホームステイで初めてニューヨークを訪れて。そこで観た思い出の映画。セリフはほとんどわからなかったけど、すっごく引き込まれて。帰国して字幕で観返したらやっぱり面白かった。自分にとってはどこかエヴァーグリーン的な香りのする1本です。リバー・フェニックスなんて、もうとっくに亡くなっていないはずなのに、この映画の中でまだ生きてる気がする。そういう人、僕の世代には多いかもしれないけど。
──なぜそんなに深く惹かれるんでしょうか?
うーん、どうしてかなあ。たぶんこの物語って、スティーブン・キング自身の、作家としての原風景なんでしょうね。ほら、映画の途中、4人の少年が森で夜明かしするシーンがあるでしょう。焚き火を囲みつつ、主人公のゴーディーがお話を作って。リバー・フェニックスなど3人が「もっと続きが聞きたい」とせがむ。ああやってウソ話で周りの誰かを楽しませる行為を、実は自分自身、幼い頃からずっと続けてきた気がするんですよ。
──ああ、なるほど。ストーリーテリングの基本形が描かれている。
僕は今でも「来週の連載も楽しみにしています」って言ってもらえるのが、一番うれしいですし。何を描けば面白いのか、四六時中ずっと考えてる。だから「スタンド・バイ・ミー」には、個人的に否応なく惹かれてしまうのかもしれません。まあ実際は若い女の子と話を合わせるために、Huluで頑張って「ゴシップガール」を観たりもしてるんだけど(笑)。
──ははは。でも動機が何であれ、いろんな物語にアクセスしやすくなったのはうれしいことじゃないですか?
ホントそう思います。人生は誰にとっても1回きり。だけど映画や小説、マンガとの出会いは、その何十倍ものバリエーションを疑似体験させてくれます。ベタな表現だけど、それって自分自身をすごく豊かにしてくれると思うんですよね。しかもHuluならリビングのテレビだけじゃなく、スマホやタブレットでどこでも映画を楽しめるわけで。僕としてはぜひ、楽しい映画生活をお過ごしくださいって言いたいです。いや、マジで(笑)。
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Huluとは
月額制の動画配信サービス。テレビやPC、スマートフォン、ゲーム機などさまざまなデバイスで視聴できる。わずか3分の会員登録で人気映画やドラマ、アニメがすべて見放題に。今年4月よりユーザー数100万人突破を記念し、現在「フールー、オン」と題したキャンペーンを実施中。
井上三太の語りたくなる作品リスト
- 蒲田行進曲
- 松本清張 鬼畜
- 岸和田少年愚連隊 BOYS BE AMBITIOUS
- 学校
- レスラー
- パッチギ!
- スタンド・バイ・ミー
- ゴシップガール
- 異人たちとの夏
- ユダ
- ラスト・ターゲット
- レオン 完全版
- クリフハンガー
- トータルリコール
- 遊星からの物体X
- カジノ
- ベルリンファイル
- めぐり逢えたら
井上三太が選んだ作品はHuluで配信中。Huluで作品を観よう!
※各作品のHuluでの配信には期限があります。
井上三太原作・映画「TOKYO TRIBE」Huluにて配信中
井上三太(イノウエサンタ)
「KING OF STREET COMIC」の異名をとるマンガ家。1989年、「まぁだぁ」でヤングサンデー新人賞を受賞しデビュー。1993年にJICC出版局より出版された「TOKYO TRIBE」から始まるTTシリーズは自身のライフワークになっており、代表作「TOKYO TRIBE2」は香港・台湾・アメリカ・フランス・スペイン・イタリアでも出版されている。同作は2014年に実写映画化も果たした。1994年からコミックスコラ(スコラ)にて連載されたサイコホラー「隣人13号」は同誌の休刊により連載が中断されるが、その後も自身のWebサイトで続きを発表し1999年 には幻冬舎から単行本化。2005年には小栗旬・中村獅童のW主演による実写映画が制作され、劇場公開された。最新作「TOKYO TRIBE WARU」が別冊ヤングチャンピオン(秋田書店)にて連載中。ウェアブランド「SANTASTIC!」のディレクターも務め、自身のフラッグシップストアSANTASTIC!を渋谷にオープンして今年2016年で14年目になる。