なんでもないところに街灯が1本だけ立っているのを見つけたら、行ってみたくなりませんか?(芦奈野)
──おふたりの作品には共通する要素が散見されますよね。例えば“どこかに行って何かを見ること”が物語の軸になっていたり、その乗り物がスクーターだったり、カメラなどの記録媒体がキーアイテムになっていたり。ざっくりとした質問になってしまいますが、おふたりにとって「旅をする」ってどういうことなのか、お話しいただけますか。
芦奈野 「ヨコハマ」の連載が始まるくらいの頃は、ちょうどバイクに乗りまくっていた時期なんです。バイクに乗ると、世界がものすごく広がるんですよね。それにバイクっていうのは特殊な乗り物で、車と違って、タイヤの感触とかも直に体に伝わってきますし、風のにおいも感じられますので、移動しているときの記憶が全部リアルに残る乗り物なんです。そうやって感じたことを残したかった気持ちは、当時あったかもしれないですね。
──それはどこかに行こうと思ってバイクに乗るんですか?
芦奈野 いえ、その逆ですね。曲がったことのない道をふらっと曲がってみたりするのが好きです。バイクならあぜ道にも入っていけるし、川の土手だって走れる。だからあえて、案内板の矢印のとおりの道に進まなかったりする。その結果、迷ってとんでもない目にもあったりしますけど(笑)。だけど、たき火なんかしているとその香りに包まれて走れますし、峠を越えたら急に寒くなったり、川を越えたら急に温かくなったり、そういうのがわかるんで、「ヨコハマ」にもそういう経験が活きてるんじゃないかなって思いますね。バイクのマンガが描きたかったのかもしれないです。ただバイクを描くのは面倒くさいので、アルファが乗るのはスクーターですが(笑)。
──「カブのイサキ」は、知らない人がタイトルだけ聞くとバイクマンガなのかと思いそうですが、実際にメインで描かれるのは飛行機ですよね。「バイクのマンガを描きたい」という気持ちがありつつ、ストレートにそれを描くのはどこか違うような思いもあるんでしょうか。
芦奈野 本当は、それこそ坂月さんの描かれる、空飛ぶスクーターみたいなものが一番いいですね。「カブのイサキ」ではバイクの感覚を3次元にしてみたときに、ああいう小さい飛行機がちょうどいいかなって思ったんです。そこで実際にあるものにしちゃうところが、まだ自分の“枷”なのかもしれないですけど。303のスクーター、飛んでいる姿も鳥みたいでいいですよね。
──坂月さんも旅はお好きですか?
坂月 私は旅そのものより移動が好きです。夜行バスや電車に乗ることが好き。目的地はそこまで重視していなくて、帰ってきてもどこに行ったかあんまり覚えていなかったりするんです(笑)。自分にとって大事なのは、いつもと違う風景の中で寝ることかもしれません。日中に観たもののことを考えながら、宿で疲れた体を休めているときに、窓から見える夜の風景がすごく好きで。それがマンガにも表れているかもしれませんね。
芦奈野 旅をしていると、なんでもないところに街灯が1本だけ立っている場所があったりするじゃないですか。すごく気になりません? あそこに行ってみたらどういう景色があるんだろうとか。
坂月 わかります。消灯した夜行バスの中で、こっそり窓の外を覗いていると、光がパーッと集まっているところがあって。あれはなんだろうという好奇心がありつつ、でも近くに行ったらたぶんそこまで面白くはないというか、がっかりしたくない気持ちもあって。でも行ってみたい。旅ってそういう景色にいっぱい出会うことができるので、それが好きです。
給水塔の異物感が好き(坂月)
坂月 私、給水塔を眺めるのも好きなんです。千葉県に坂月高架水槽って給水塔があって、私のペンネームの坂月はそこから取ってるんですけど。あるとき根元のほうまで行ってみようと思って、近くまで行ったんですが、そうしたらなんかちょっと違ったんですよね(笑)。あくまで街の中ににょきっと飛び出ている、あの異物感が好きだったんだなって思って。
芦奈野 僕も給水塔好きなんですよ。
坂月 やっぱりそうですよね! 「カブのイサキ」にも出していらっしゃいましたよね。
芦奈野 そうですね(笑)。給水塔に関してはよく覚えていることがあって、無人の町を走って、公園からの夜景を見に行くだけの話を描いたことがあるんですけど、そのときの背景に、小さい頃に見た給水塔のある風景を描いたんです。そしたら、その給水塔に食いついてくださったファンの方がいらっしゃって(笑)。もうなくなってしまっていたらしいんですけど、昔の写真をわざわざアップしてくれました。遠くから眺めるのがいいんですよね。
坂月 私、給水塔は図鑑を1つ、写真集を1つ持っているんですが、図鑑に「給水塔の内部に潜入!」っていう記事があって、それを読むかどうかはすごく迷いました(笑)。給水塔の中は、覗いてはいけない神聖な場所なんじゃないかって気持ちがあって。読みましたけど(笑)。
芦奈野 (笑)。「カブのイサキ」に出した給水塔も実際にあった給水塔なんですよ。あれも今はもうないんですけどね。遠くの畑の中にぽつんと立っていて、小さい頃から気になっていたんです。
坂月 特に子供の頃って、あれがなんなのかってよくわからなかったじゃないですか。得体の知れない風景に思えたというか、それにすごく惹かれました。ああでも、きっと芦奈野先生もお好きなんじゃないかなって思っていました。大きな塔とか、モニュメントみたいなものとか。
芦奈野 鉄塔とかもそうですよね。小さい頃に遠くへ旅行すると、地元では見たことのない鉄塔があったんですよ。途中で2つに分かれているのが、怪物が手を広げているような感じに見えて。あの感覚なんかも好きですね。塔は坂月さんもお好きですよね、マンガの中にもよく登場させていらっしゃるように思いました。
坂月 塔も好きです。展望塔とかじゃなくって、なんらかの目的があって空に伸びているんだけど、一体それがなんの塔なのかはわからないような。それを描いたのが「塔に登る」っていうエピソードなんですけど、無機物なのに「あれは昔、人だったんだ」って言われると「なるほど」と思ってしまうような。その雰囲気をマンガで描きたいんですよね。
キレイな風景を撮りたいわけじゃない(坂月)
──どこかに行くときは、カメラを持ち歩かれるんですか?
坂月 私はトイカメラが昔からすごく好きで、トイカメラの会社で働いていたくらいなんですけど、持ち歩いてよく撮っていましたね。でも作品を作るためじゃなくて、アルファさんもそういうところがあったと思うんですけど、カメラを持っているといろいろな風景に出会えるんですよね。カメラにどこかへ連れてってもらっているような感覚があって。だから撮ったはいいけど現像しない、みたいなことはしょっちゅうです。
──あえてトイカメラなのは、映り方が普通のカメラとは違うからですか?
坂月 それもありますけど、見ているまんまをキレイに撮りたいわけじゃないので、露出がどうとか、そういうのは自分にとって全然重要じゃなくて。でもデジタルだと適当に撮っちゃうからつまらない。それこそアルファさんも、キャラメルのような記録媒体に1粒何枚しか撮れないから……と、1枚1枚を大事にされていたと思うんですけど、そういう緊張感を持って風景と向き合いたいと思っていたので、それに一番ふさわしいのがフィルムのトイカメラかなって。
芦奈野 アルファたちが持っているカメラも、撮る人のほうで無意識に補正してしまっているというか、キレイに撮った写真とはきっと違うんですよ。何かが省略されていたり、色が強調されてたり、そういうふうに彼らは脳の中で、自分の好きなように景色を観ているんです。マルコが、ナイが送ってくる写真はちょっとコントラストが強いんだみたいに言う場面があったと思うんですけど、彼は彼女はこんなふうに景色を見ているのかって感じられる。トイカメラも色が妙に強調されたり、うまく写っていなかったりするのがいいところだと思うんですけど、それって記憶に近いのかもしれないですね。トイカメラは私も一時期、トイデジが流行った頃にいくつか買いました。
坂月 「デジハリ」(デジタルハリネズミ)ですか?
芦奈野 「デジハリ」持っていました。デザインも横長でかわいいですよね。
坂月 私もあれを3台くらい持っていて。途中で動画が撮れるようになったりもしたんですが、動作不良もなかなか多くて……。
芦奈野 個体によっても出来が違うんですよね。困っちゃいますけど、でもそのおバカちゃんなところも愛せるというか、相棒感があって楽しかった。人の作例を見るのも好きでした。赤が強調されすぎていたり、トンネル効果が強かったりして面白くて。「VISTAQUEST」とかも持っていました。でもあのぐらいの時期から、同じようなことがスマホでできるようになって、だんだんつまらない世界になってしまいました(笑)。
坂月 私もスマホのトイカメラ風フィルターはまったく使わないです。そもそもスマホで撮ることはほとんどないですね。
芦奈野 スマホだと、わざわざそういうふうに演出しているわけじゃないですか。そういうことじゃないんですよね。
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次回作と格闘している最中です(芦奈野)