「星旅少年」の坂月さかなが憧れの作家・芦奈野ひとしと対談、旅と風景を大切に描く2人の共通点とは? (2/4)

「ヨコハマ買い出し紀行」はあそこで終わらせるしかなかった(芦奈野)

坂月 私も風景をたくさん描きたい気持ちはあるんですが、風景ばかり描いているとストーリーが進まないから、すごく迷っているところなんです。連載をどれくらい続けられるかわからないですし、なんとなくこうやって終わらせようと想定しながら描いているんですが、そうするとどうしてもストーリーを進めなきゃ、広げた風呂敷を畳まなきゃという気持ちになって、描けないことが出てきてしまって(笑)。そこのバランスが難しいです。

芦奈野 でもきちんと考えていらっしゃるんですね。私はそこがだらしないのかいい加減なのか、終わりがどうなるのか初めの頃はわかっていませんでした。「ヨコハマ」は、もともと読み切りが載っただけでもありがたかったですし、編集部の方も好きにやらせてくださったので、続けさせていただける間はやりたいことをやろうというだけでしたね。

──「ヨコハマ」は芦奈野さんにとってデビュー作で、読み切りがそのまま連載化されたような形ですから、最初から終わり方を考えるのは難しかった側面もあると思うんですけど。2作目以降の「カブのイサキ」「コトノバドライブ」は、こんなふうな物語にしようという全体的なイメージは持たれて始めたんですか?

芦奈野 それがなかったんですよ。「カブのイサキ」も1本目がすべてでした。これを連載にしようという話になってから、どうしていこうかを毎回考えるような感じで。だから振り返ると、描き切れなかったことも多いです。「コトノバ」は自分の話を描いているようなところが大きいですし、きちんとしたストーリーがあるというより1話1話で成り立つので、またちょっと違うんですけど。

芦奈野ひとしの最新作「コトノバドライブ」。ほかの人とはちょっと違う景色を見てしまう女の子・すーちゃんが、何気ない日常の中で出会う不思議な景色が描かれる。全4巻。

芦奈野ひとしの最新作「コトノバドライブ」。ほかの人とはちょっと違う景色を見てしまう女の子・すーちゃんが、何気ない日常の中で出会う不思議な景色が描かれる。全4巻。

──逆に、いつまでも描ける作品を終わらせる難しさもあると思うんですが、「ヨコハマ」の最後のほうはどうだったんでしょう。

芦奈野 「ヨコハマ」はあるときに時間が進み始めて、自分の中で「これは終わるときだ」と感じたんですよね。最終巻とか、時間の流れがすごく早かったと思うんですけど。

──1話ごとに数年が経ってしまったのかなというようなエピソードが急に続きますよね。でも芦奈野さんにとってはそれが自然で、彼女たちの物語の中で描くとしたらここ、ここ……という感じだった?

芦奈野 まさにそんな感じでした。そうすることで、人の時間の流れとロボットの時間の流れの違いというのも見えてくるかもしれない。というか、私には見えてきちゃったんです。だから、終わらせるしかありませんでした。

坂月 私、タカヒロの背がアルファさんを越えたあたりから、読むのがとてもつらくて。もちろんタカヒロが成長していくというのはわかっていたんですけど、時間の流れは止まらないんだなって感じて。だから最終回も本当にさびしくて……。でも、先生はきっと、読者以上に作品に思い入れがありますよね。連載が終わったときはどんなお気持ちでしたか?

芦奈野 まだ描きたいことがたくさんありました。キャラクターごとにエピソードがありますから。だけどアルファと、彼女が見てきたこの人たちの物語としてはあそこまで、と思ったんです。描こうと思えば描くことはできたかもしれませんが、それはもう別のお話になってしまうような気がして。

──最近は人気作の続編が描かれることも増えましたが、芦奈野さんは当時描き切れなかった風景を今もう一度描こうとは思いませんか。

芦奈野 そうですね……。シーンだけなら描けるかもしれませんが、物語としてはもう描かないほうがいいんだろうなと思っています。

坂月 ああでも、先生の中には今でも「ヨコハマ」の景色があるんだって、今日それを聞けただけでうれしく思っちゃいました。

異質さがいくつも日常に溶け込んでいる、それが「ヨコハマ」の魅力(坂月)

坂月 先生がお好きなキャラクターもぜひ伺ってみたかったんですけど、やっぱりアルファさんですか?

芦奈野 そうですね。アルファは一番自由に動かせたし、動いてくれた。作者の考えの外にまで行ってくれたところもあるので、いい子というかありがたい子というか、好きなキャラですね。あとはマッキもいいと思っています。人間であることに縛られてるというか、大きくなっていってしまいますけど、人生を精一杯謳歌している感じがして。自分は強いて言えばタカヒロに近いのかもしれないですが、好きなのはアルファとマッキの2人かな。

「ヨコハマ買い出し紀行」12巻。右がアルファ、左がマッキこと真月。

「ヨコハマ買い出し紀行」12巻。右がアルファ、左がマッキこと真月。

──坂月さんは「ヨコハマ」だとどのキャラが?

坂月 アルファさんはもちろん好きなんですけど、印象的なのはマルコ。特にアルファさんとバイクで競争するエピソード(※12巻収録「R&P」)が好きで、すごくかわいいし面白い(笑)。アルファさんと仲良くなってからもいいんですけど、最初の頃のツンとしたマルコさんも好き。それまでやわらかい感じの人が多かったから、マルコさんみたいな人がいると空気がピリっとするような気もするんですよね。

芦奈野 あの世界では、マルコみたいな反応がどちらかというと普通なのかもしれないですけどね。アルファやココネは、のんびりと言ったらあれですけど、状況を生きているだけですから。マルコの設定もいろいろありますが、それは言わないほうがいいかなと思っているような部分ですね。

坂月 気になります。「ヨコハマ」っぽくないシビアな話になってしまうんでしょうか。でも実際、シビアさを感じさせる描写はいくつもありますよね。アルファー室長がターポンから見下ろす地上の様子だったり、鉄砲を普通に持ち歩いていたり。異質さが日常に溶け込んでいる、そのほのぼのしただけじゃないところがやっぱり「ヨコハマ」の魅力なんだと思いますが……。

芦奈野 マルコはアルファたちが見ていない世界を見てきているので。だから名字を自分で変えたりしているんですけど。

坂月 なるほど……。ロボットの女の子たちがみんな赤いピアスをしているのも気になっていたんですが、あれにも何か理由があるんですか?

芦奈野 あります。一番初めに考えたときは、あれが各ロボットにとって価値のあるものというような設定だったんですけど、赤い色にはどういう意味があるんだろうかとか、そういうことを後で考えて、また別の意味を持たせています。女の子だけじゃなく、ナイという男性型ロボット、彼にも根っこだけは付いているんです。宝石のほうがないのは何か理由があるのかもしれません。

切り取って飾っておきたくなる、想像が膨らむ風景を描かれますよね(芦奈野)

坂月 今日は本当に、貴重な話をいっぱい聞かせていただいてしまって……。

芦奈野 いえ、ずいぶん前に終わった作品の話をたくさんしてくださって、私もいろいろ思い出したりしてとてもうれしいです(笑)。設定を考えるのは楽しいですよね。それをどこまで出すのか、作品に出せるのかは難しいんですが。坂月さんの作品を拝見していても、裏にいろんな設定があるんだろうなって想像が膨らみます。作品集のほうに、少年が会いに行ったお姉さんが“赤い水”だっていうエピソードがあるじゃないですか。これを初めて読んだとき、ああ、この風景だけ切り取って飾っておきたいなと思ったんですよね。そんなイラストがたくさんありますし、きっと同じように感じる方がたくさんいらっしゃると思います。

「坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル」に収められている「不眠少年 月に行く」より。

「坂月さかな作品集 プラネタリウム・ゴースト・トラベル」に収められている「不眠少年 月に行く」より。

坂月 描きすぎると魅力が減っちゃうというか、わからないほうがいい部分もあるので、本当に悩ましいです。でもくだらない設定も多くて、たとえば「星旅少年」の第3話に夜天図書館って場所が出てくるんですけど、あれは水があるところで本を読める図書館があったらいいなって考えた、建物の中に水路がある図書館なんです。図書館に水が流れていたら、本が湿気っちゃうからよくないんですが、ここには防水になる無害な霧みたいなのがあるという設定で。それで、その霧をもとにした防水スプレーも作られていて、第5話で303が505にプシュッて吹きかけたスプレーが、夜天図書館の星で買ったそのスプレーなんです(笑)。そういう設定はpixivFANBOXとかに書いてファンと共有したりしています。

芦奈野 あの図書館はやっぱり水が流れていてほしいですよね。作品集のほうはマンガだけじゃなく、イラストに少し言葉が添えてあるようなものも多いじゃないですか。坂月さんはイラストを描くことから始められたんですか?

坂月 そうですね。最初は一枚絵を描いていて、その絵が貯まってきたので絵本みたいな形にして即売会に出して。それからマンガも描いて本にするようになったので、マンガは割と最近なんです。小説を書いていたこともあるんですが、小説でSFを書こうとすると、わからない単語や説明をいっぱい出さなくちゃいけなくて。だけど絵ならそれが直感的にわかってもらえる。もともとそこまで重厚なSFを書きたいわけでもなかったので、だったら絵のほうがいいかなと思って、それから絵を描くようになりました。先生は、もともとは風景画を描かれていたりしたんですか?

芦奈野 いえ、私は最初からマンガですね。

坂月 そうなんですね。画集のインタビューで、やっぱりカラーで描きたいとおっしゃっていたのが気になって。

芦奈野 それはそうですね、できることならすべてのマンガを、1話から全部カラーで描きたいと思っています。描くときは頭の中に色がありますから、モノクロよりカラーのほうが楽なんですよ。