TVアニメ「星合の空」特集 赤根和樹監督インタビュー&キャストコメント|現代日本の「スタンド・バイ・ミー」を目指して

2019年10月10日よりTBSほかにて放送がスタートしたオリジナルTVアニメ「星合の空」。原作・脚本・監督を務める赤根和樹は「天空のエスカフローネ」や「ノエイン もうひとりの君へ」、「コードギアス 亡国のアキト」などを手がけてきた、業界歴30年を超すベテラン演出家だ。そんな彼が“新しいチャレンジ”として送り出す「星合の空」は、廃部寸前の男子ソフトテニス部を舞台に、中学2年生の少年たちの抱える悩みを描いていく群像劇。第1話のラストシーンには驚いた視聴者も多いだろう。

SFやロボットものを多く手がけた赤根監督が、今なぜこのようなテーマにチャレンジしたのか? 本特集では赤根監督に「星合の空」が生まれるまでの過程はもちろん、自身が抱くアニメ業界への危機感について、たっぷりと語ってもらった。また花江夏樹、畠中祐、松岡禎丞、佐藤圭輔、天﨑滉平、山谷祥生というキャスト陣が、中学生時代の思い出や本作の見どころを明かしたQ&Aも併せてお届けする。

取材・文 / 柳川春香

※本記事には、TVアニメ「星合の空」第1話のネタバレが含まれております。

赤根和樹監督インタビュー

優秀なアニメーターたちと、ちゃんとした人間ドラマを描きたい

──「星合の空」のタイトルがお披露目された「TBSアニメフェスタ」(2018年)のパンフレットのインタビュー(参照:赤根和樹監督 パンフレットインタビュー)で、赤根監督は「アニメーションの新しい分岐、可能性に進まなければいけないのではないか」という思いを語られていましたよね。その思いが「星合の空」という作品に結びつくまでの過程を、まずはお伺いできますか。

今のアニメって、はっきり言って「いかに儲けるか」って考えに陥っちゃっているんですよ。もちろん商業アニメなのでコストに見合った収益を上げないと話にならないんですが、自分がアニメ業界に入ったのは宮﨑駿さんや富野由悠季さんの作品が世に出始めたころで、映像メディアとしてのアニメーションの新しさに憧れていたんです。「こんなにちゃんとドラマを作って、映像的にも新しいことができる業界があるんだ」と。でもここ十数年を見ていると「あの作品がウケたから、それに乗っかって何かやりましょう」という感じで、売れたもののコピーの繰り返しでしかない。「宮﨑さんたちが作っているアニメは別物で、我々はこのへんでやっていけばいいんじゃないでしょうか」みたいな感じが、ずっと続いていると思うんです。

──深夜アニメのファンが増えて、ある程度マーケットが確立されたからこそ、そういう面も出てきたのかもしれません。

いわゆる“萌え”が流行っていた数年前に、「やるからには売れないとしょうがないんですよ。かわいい女の子を出して、エロティックなシーンを入れたほうがウケるんです」と言われたことがあったんですが、自分は「そんなことないだろう」と思っていましたし、そうやって視聴者を馬鹿にしてきた結果として、アニメのBlu-rayやDVDが売れなくなってきているんだと思うんです。そうすると若いディレクターたちも、センスがあってもなかなかチャレンジできない。であれば、自分はもうこの業界に入って30年以上経つし、獣道でもいいから、もう1回何か新しい道が作れないかなと。

──業界に対する危機感や、次の世代に対する育成の意識があったんですね。

ただ新しいことをやるには会社自体も新しい技術を身につけなくちゃいけないですし、当初エイトビットの社長・葛西励さんとは、ホップステップジャンプという感じで、「星合の空」でまず足元をならして、徐々にアクセルを踏んでいこうという話をしていたんです。でも自分の悪い癖で、やり始めるといきなり全力でアクセルを踏んでしまって(笑)。現代ものなので、近未来SFなんかよりはまだスタッフも作りやすいんじゃないかと思うんですが。

──その点も伺いたいんですが、赤根監督といえばやっぱりロボットものやSFのイメージがありますし、「アニメーションの新しい可能性」という言葉からも、やっぱり映像的に派手なSFであるとかアクションであるとか、そういう方向を想起したんです。でも「星合の空」はそれとは真逆で、現代の中学校の弱小ソフトテニス部が舞台の、ある意味すごく狭い世界の話ですよね。

それはですね、実は自分がアニメーション作品で最初に憧れたのは、高畑勲さんの「世界名作劇場」シリーズなんです。「赤毛のアン」とかが大好きで、「アニメーションでこんなに人間の心理を丁寧に、こちらに迫るような演出ができるんだ」と、そういうのをやってみたいと常々思ってたんですよ。最初にサンライズに入ったときも、面接で「名作もののような、人間ドラマだけで押していくアニメーションを目指してもいいんじゃないでしょうか」と言ったくらいで。SF要素は「ウケるものをやれ」って言われ続けてたので、しょうがなく入れてたんです。

──えっ、そうだったんですか(笑)。

でももう今はSFも古くなってしまったし、今回は自分がずっとこの業界に入ってやりたかった、人間ドラマだけで組み上げるもの、それでいて現代の時代感をそこに映し込めるようなものができないかと思いました。今の子供たちは自分たちの時代以上にさまざまな問題を抱えていますから。それと、昔のアニメは今よりも表現手段として若干未熟だったんですよね。「世界名作劇場」シリーズは作画力や表現力がべらぼうに高いから、すごく繊細な人の心の動きも絵で表現できたんですけど、あれは宮﨑さんや小田部羊一さんや近藤喜文さんのような天才アニメーターが集まっていたからできた作品で。でもここ十数年で優秀なアニメーターがすごく増えて、作品本数が多すぎてなかなか確保はできないものの、自分が入った頃よりは、はるかにアニメーターの質がよくなっている。こういう子たちとだったら、ちゃんとした人間ドラマを描く演出ができるんじゃないかと。だったらそれに即したシナリオを作ってみたいと思ったんです。

現代日本で「スタンド・バイ・ミー」をやりたかった

──ちなみに「赤毛のアン」以外に、本作の構想段階で「こんな作品を作ってみたい」というふうにイメージしていた作品は何かありますか?

やってみたいなと思っていたのは、映画の「スタンド・バイ・ミー」ですね。あれはアメリカの、ベトナム戦争が終わった時代ならではの空気が反映されているし、親から離れられない子供たちの苦悩をちゃんと描いていて、じゃあ現代の日本を舞台に「スタンド・バイ・ミー」をやるとどうなるだろう?っていうのが、ずっと自分の中にはありました。

──少年たちの群像劇というアイデアはそこから来ているんですね。すごく腑に落ちました。

基本的にアニメーションは若い子が観るメディアではあるので、人間ドラマをやると言っても、主人公をおっさんにはしたくなかったんです(笑)。自分のことを思い出しても中学2年生くらいって、大人の入口が見えてくるんだけど、親の束縛からどうしても逃げられない、人の成長を描くうえでターニングポイントになる時代だろうなと。それに加えて、エンタテインメントとしてメリハリをつけやすいスポーツを入れることにしたんですが、自分は根性が曲がっているので(笑)、普通のスポーツじゃ面白くないと思い、ソフトテニスという若干マイナーなスポーツを選んでみたんです。

──「TBSアニメフェスタ」でご登壇されたとき、「ソフトテニスは中学生の競技人口はとても多いけど、大人になるにつれて少なくなり、そのときの気持ちも忘れていってしまう。それが思春期というもののイメージと重なった」というお話をされていたのが、すごく印象的でした。

自分がやっていたというのもあるんですが、ソフトテニスなら大人の雑念が入ってこないかなと思ったんですよ。親が子供に何かやらせるときって、どうしても大人の欲が入るんですよね。優勝を目指してすべてを投げうってやる、みたいなのが大っ嫌いなんですよ(笑)。もっと無垢な、「好きだからやる」というスポーツを描くのもいいかなと思いました。

──赤根監督の過去の作品やインタビューを拝見していると、子供への目線が常にあるというか、子供の心に残るアニメを作りたいのかなと感じるのですが、そういう意識はありますか?

いや、子供が主人公だからといって、子供に向けて作っているというわけではないですよ。自分にはキッズアニメは作れないと思います(笑)。子供の目線って誰でも経験しているはずじゃないですか。だから子供を主人公にするっていうのは“一般向け”なんです。

──なるほど。

「星合の空」では大人たちに子供時代を思い出してもらって、「もっと正直だったよね」とか、「子供を傷付けてないか?」って考えてもらえたらいいですね。自分たちは子供時代に大人によって傷付けられたことがあるはずなのに、大人になるとなぜか忘れたふりをしているんです。もちろん中学生の子にも観てもらえたらうれしいし、「君らは悪くない、君らは自分を責めることはない」っていうのは言ってあげたいです。大人だって人間で、すべてが正しくはない、君らが大人に叱られてるのは、君たちが悪いからじゃないかもしれない。それを「わかっていいんだよ」ってことでもあるし、「わかってあげてもいいかもね」ということでもあります。

予想以上の仕上がりになった、第1話のラストシーン

──ここからは第1話の内容も含めて伺っていこうと思いますが、jizueによる劇伴も存在感がありますよね。すごく“今っぽい”印象を受けましたし、ああいうポストロックっぽいインストって、アニメの劇伴としては新鮮に感じました。

音楽プロデューサーに「いかにもアニメ風のサントラや主題歌は嫌です」と伝えたところ、jizueさんを提案してもらったんです。jizueさんの曲は独特で面白いので、演出するうえでもいい影響を受けましたね。劇中の選曲は定尺が出たところで全部自分で決めていくので、音楽とドラマがシンクロするようにはなっているかなと思います。

いつかによる「星合の空」ティザービジュアル。

──もう1つ新鮮に感じたのがキャラクターデザインです。原案を手がけたいつかさんはTwitterで10万人以上フォロワーがいて、ティーン向けの小説の装画も多数手がけていらっしゃる、若い人にすごく人気のイラストレーターさんですよね。こちらはスタッフの方からのご紹介だったと伺いましたが。

はい。最初はストーリー的に、もっとリアル寄りのキャラクターデザインがいいかと思ってたんですが、一方でアニメはやっぱり10代後半くらいの子たちにも見てもらわないと、アニメとしての生命力がなくなっちゃうと思うので、そのくらいの子が見てくれる絵にしたいとも思っていて。そこでエイトビットの葛西プロデューサーから紹介してもらったのがいつかさんでした。柔らかい絵なので、ハードな部分の芝居に耐えられるかな、とは思ったんですが、総作画監督の高橋(裕一)くんにアニメライズしてもらってキャラクターを動かしたときに、「これならいける」って勝算が出て。

──おっしゃるとおり、デフォルメされたキャラクターなのに表情やシナリオがリアルに感じられるという、独特の仕上がりになっていると思いました。

アニメライズするにあたって、何稿も重ねたんです。最初はもうちょっといつかさんの絵から離れてリアルにしてみたんですが、そうするとなんだか“普通のアニメ”に見えてしまって。せっかくいつかさんに描いてもらったんだからと、その匂いを残せるように試行錯誤しました。実際に1話ができあがってみたら、かなり芝居とシンクロしたなと思います。

──そして第1話を観てやっぱり印象的だったのは、眞己が父親から暴力を受けていることが明かされる、1話のラストシーンでした。なんとなく内容を伺ってはいたんですが、実際に観ると思った以上にショックが大きくて。父親が入ってきた瞬間の空気の嫌な感じとか、一度は口で反抗した眞己が殴られるとうずくまって動けなくなってしまう様子とか、「うわー……」と言葉を失ってしまいました。

あのシーンは高橋くんが全部描いてくれたんですが、予想以上に「あらー、これはひどい……」と思う仕上がりで、自分もびっくりしたんです。自分たちの子供時代は親が子供を殴るってそこそこありましたし、こういう家庭環境の子って決して珍しくはないと思うんですが、客観的に映したら「こんなにひどいことないな」って。それが表現できたから、演出的にはうまくいったと思いますし、あのシーンを観ていろいろ感じてもらえればいいなと思います。