「ヘテロゲニア リンギスティコ」×「ご飯は私を裏切らない」特集|ヤングエースUP発!2大“変なマンガ”作者が対談

計算ドリルの答えのページみたいなことはしたくない(瀬野)

──「ご飯」の主人公はheisokuさんにとってヒーローのような存在という話でしたが、瀬野さんは「ヘテロゲニア」のハカバに憧れる部分はありますか?

瀬野 やはり憧れはありますね。何か疑問に思ったらずっと検証をし続けるところとか、すぐ「これだっ」て結論を出さずに保留にできる冷静さみたいなのは。私は、すぐ結論とかオチをつけたがっちゃうんです。真逆のタイプですね、自分とは。

──自分と真逆の人間を動かすのって、大変そうですね。「ヘテロゲニア」を描いていて、特に苦労したことなどはありますか?

瀬野 うーん……主人公の話とは少しズレてしまうんですが、エピソードで言えば27話が描いていてとても苦しかった。これまで作中で謎とされてきたことに、わかりやすい答えっぽいものを出す回になっているんですが。それが、計算ドリルの答えのページみたいになってしまうんじゃないかと怖かった。

──計算ドリルの答えのページ?

瀬野 なんか答えって出すと、急に世界が小さくなるんですよ。物事を推測しているうちはいろいろなものに目が向けられたのに、それが集束していく。答えが出ると思考って自動的に処理されるようになって、その過程とかについて考えなくなるんです。わからないことについてあれこれ考えて楽しんでいたのに「答えはこれです」って提示した途端に、ほかにあった可能性が全部なくなっちゃうわけじゃないですか。私の出した答えが、読者さんの思ってる面白さと合致していないかも知れないとか思って……。

heisoku 私も自分のマンガを客観的に見れていないので、読者さんの思ってる面白さと自分の考えてる面白さが合致していないかも知れない恐怖は、常に感じていました。「難しかったところは?」と聞かれたら、全部と答えるしかない。

──そこは編集さんに見てもらっているわけですし、自信を持っていいと思いますが……。具体的に内容にアドバイスをもらうことはありますか?

「ご飯は私を裏切らない」の主人公が、仕事の合間に求人サイトを見て息抜きをするシーン。初めは主人公に感情がほぼなかったというが、できあがったマンガを見ると表情豊かでかなり感情の起伏が描かれていることがわかる。

heisoku 最初に出したネームでは、この主人公はこんなに抑揚のある人間じゃなかったんですよ。感情はほぼなかった。実際にどんなふうにアドバイスをされたかは忘れたんですけど、もっと表情とか緩急を付けるように言われたのを覚えてます。

瀬野 わからない部分の匙加減を見ていただいたり、伝わりにくい言葉になってないか丁寧に確認していただいてます。

heisoku 1人で描いてるだけではわからないこともあると思います。趣味で描いている作品よりも「ご飯」は面白いことができたと自分では考えてて、このマンガが描けてよかったと思っています。

「ご飯」の主人公は、平気そうに見えちゃうから困っても誰にも助けてもらえない(heisoku)

──「ヘテロゲニア」には、いろんな魔界の食べ物も登場しますよね。ご飯マンガを描いてたheisokuさんの視点から、食べてみたいと思ったものはありますか?

heisokuが描いたドラゴン肉のイラスト。

heisoku ドラゴンが好きなので、その肉を食べる話は気になりました。みんなでドラゴンの肉を食べているところに、そのドラゴンの子供がいるっていう状況も面白かったです。

瀬野 ドラゴンみたいな大きい生き物が死んだとき、どう埋葬するのがいいのか考えたんですよね。

──考え方が、魔界の住人たちは人間と全然違いますよね。死んだ者は、もう素材として見られているというか。一般的なお葬式みたいなものとはかけ離れていてビックリする。

瀬野 死んだものへの弔いみたいな部分よりも、先に場所のことを考えましたね。

瀬野が描いたおにぎりのイラスト。

──ちなみに瀬野さんは「ご飯」の中で気になった食べ物はありましたか?

瀬野 アルミホイルでおにぎりを包んで仕事に持ってくる話かな。自分で作るときはラップで巻いているので、馴染みがなくて気になりました。

heisoku 中身じゃなく、外見の部分に注目を(笑)。詳しくはググってほしいんですけど、アルミホイルで巻くと抗菌効果があるかなんかで、お弁当にするとき長持ちするらしいです。

瀬野 いやもちろん外見の話だけじゃなくて(笑)。冷やしたお米は握るともちもちした食感になって好きって描かれてるのも共感できたので「これだ!」って思ったんですけど、握るときに使うのがラップじゃないとすると、自分が思っている食感と全然違うかもしれないじゃないですか。こりゃあ迂闊なことは言えないぞと。

──(笑)。もう少しお互いのマンガの感想を聞いていけたらと思うんですが、heisokuさんは「ヘテロゲニア」で会ってみたい種族とかはいますか。

「ヘテロゲニア リンギスティコ」より。これまでのモンスターたちには絵を描いても通じなかったが、サテュロスには絵が通じて喜ぶハカバ。

heisoku 犬みたいでかわいいワーウルフと迷ったんですが、3巻に出てくるサテュロスかなあ。絵を描いて通じるのがうれしいですよね。リザードマンは、ハカバくんが似顔絵を描いて見せても「なんだこれ?」「読めない」みたいな反応でしたね。

瀬野 自分はラミアかなあ。

──ラミアは蛇型の種族ですね。声とか身振り手振りじゃなく、地面を叩いてそのリズムでコミュニケーションを取るという生態が特徴的でした。

瀬野 あの世界では録音器具が無いから苦労するけど現代なら調べやすそうです。

──コミュニケーションを取りたいとかじゃなく、研究対象っていう視点なんですね。

瀬野 しゃべるのは苦手なので、そういうのは好きな人に任せます。私が研究するから、話したい人がその成果を使ってもらえたら……。heisokuさんは、コミュニケーションは割とお好きなほうなんですか?

heisoku そうですね。嫌いではないです、下手なだけで……。

「ご飯は私を裏切らない」より。単行本にはWebで読めない描き下ろしエピソードが収録されており、主人公がほかの派遣バイトの人々と交流する姿が描かれている。

瀬野 「ご飯」の主人公も、単行本のおまけマンガを読んでるとバイト先の人に話しかけたりしてますよね。能力が低いだなんだ言われてるけど、私からしたらあの子はすごいがんばってると思います。

heisoku 主人公はがんばっていますね。あの子がバイト先の人と会話するのは人とのつながりみたいなのを求めているわけじゃなく、作業をやるうえで少し雑談とかしといたほうが場が和やかになるなとか、そういう打算的な行動ですね。何か失敗したり自分がわかんなくなったりしても相手が声をかけてきて「それ違うよ」って教えてくれる可能性が高くなるみたいな。

瀬野 サバイブするための処世術だ。

heisoku この子は人と関わることへの興味というか、関係性に対する興味が一切ないんです。彼女にとって人は、映像やゲームの画面に映ってるものと一緒ですね。目の前にいて、選択肢があるからそれを選んでいるだけ。画面に映っていない間は、その人とのつながりを気にしたりはしない。いま目の前に人がいる、休憩室に2人きりだ、話しかけてきたっていう状況にレスポンスしているだけです。

──彼氏いない歴=年齢みたいな記述が作品内にあるけど、そもそも彼氏とか友達とかみたいな人とのつながり自体を求めていないと。必要な会話はできるけど。

「ご飯は私を裏切らない」より。「人と気心の知れた仲になるってどんな感じなんだろう」と考える主人公。他人とのつながりを持ったことがないので、友人がいる感覚がわからない。

heisoku ちゃんとコミュニケーションできているように見えちゃうから危ないというか、心配もされにくいと思うんですよね。困ってるのに福祉につながりづらい人とか孤立してしまう人って、なかなか人と関わりを持とうとしない、あるいは持てない人だっていうので。徐々に追い詰められていきやすい体質なんじゃないかと……。

瀬野 人と関わらないから、覚えてもらえませんよね。この子も人を覚えないし。「あの子どうしてるかな」って思われづらいと、なにかあっても誰かに助けてもらえない。

──瀬野さんが言ってた「あの子はすごいがんばってる」みたいな部分が、この子を追い詰めている原因なのかもしれないと。

heisoku 一見なんの問題もなさそうだと、後回しにされてしまうっていうやつですね。

瀬野 怖い話になっちゃいましたね……。

家の中で見るはずの幻覚が玄関の外にいる(瀬野)

「ご飯は私を裏切らない」より。ベッドの周りには二頭身の侍、背後の窓の外には天使像がおり、主人公の意識していない部分でも幻覚の出現するエリアは分別されている。
帰宅シーンでは玄関ドアの外に侍の幻覚が出現。ドアの前までは外だけど家の中という、彼女の深層心理が関係していると思われる。

瀬野 マンガの感想といえば「ご飯」を読んでいて、57ページがとても気になって。この主人公は外に行くと天使像、家の中だと二頭身の侍の幻覚が見えるっていう設定があるじゃないですか。ベッドに寝転んでるシーンで、この子は窓に背を向けてるのに天使像は外にいて、意識していなくてもちゃんと分別されてるんだって妙に感心しちゃいました。

heisoku そこはけっこうがんばって描いたシーンなので、気にしていただいてうれしいですね。構図にも気合い入れたので。

瀬野 「仕事から帰ってきたあとって何時に帰ってこようが勤務が何時間であろうがお腹空くわ」って、ただベッドに寝転んでぼんやりしてるだけのシーンなのに、格好いいんですよね。そして不穏。

──自分はご飯美味しそうとか、バイトつらそうみたいなわかりやすいところばかり見てたので、目の付け所がさすがですね。

瀬野 でも直前の55ページをよく見ると、侍が外にいるんですよね。57ページで厳密に描き分けてたから、それと相まって幻覚の発生条件みたいなのが気になっちゃって。

heisoku 55ページは家に帰ってきたシーンですね。あれは家の前だから。

「ご飯は私を裏切らない」より。アジを食べる前に、解剖をしてみようと考えた主人公。体内から寄生虫のアニサキスが出てきても動じない。

瀬野 玄関までは外だけど中っていう感覚、すごくわかる。それに対して窓は確実に外と中を分けてるんだなって思ったら、すごく印象に残って。魚をさばいてるところもすごく好きでした。アニサキスは、実際に出てきたんですか?

heisoku このマンガのために3尾解剖したんですけど。1匹から出てきてましたね。新鮮な、買ってすぐのからはたぶん出てこないんですけど、数日くらい冷蔵庫に置いたのからは出てくるのかな。

瀬野 そうなんだ! じゃあ次はちょっと置いて観察してみますね。

──アニサキス見てみたいんですか?

瀬野 怖いけど、魚ってだいたい買ってすぐその日に食べちゃうじゃないですか。だから、そんな実験みたいなことしたことないなって思ったら、すごい冒険心だなあと。私はバイトもこのマンガみたいにいっぱいしたことないので、いろんなことを知ってるheisokuさんを単純に尊敬しています。

「ヘテロゲニア リンギスティコ」より。魔界では、初対面の者同士が集まるとゲームのようなものが始まることがある。種族が違えば言葉も通じないため、ガイドのススキもルールがわからず頭を悩ませる。

──逆にheisokuさんは「ヘテロゲニア」で好きなシーンはありますか?

heisoku 3巻の、みんなでゲームをするシーンが好きです。何をしているかがわからなくて、ハカバくんがルールを解明しようとすごい探るじゃないですか。マンガで、人が推理をしているシーンを見るのが好きなんです。

瀬野 あのゲームは、本当にできなくもないので気になった人はやってみるのも楽しいかもしれません。