負の感情をストレートに出せるのが慧月の魅力
──描くのが楽しいキャラクターは誰ですか?
ゆき 最近だと詠尭明ですね。玲琳と同じくらい成長を感じています。初期の頃と今じゃ表情の作り方が全然違いますよ。尭明は読者が少しムッとしてしまうような言動をとるところもあるので、彼のよさが伝わるよう工夫しています。難しいけれど楽しいキャラクターです。
──最初の頃に慧月ボディの玲琳をとことん追い詰めてたときは「こいつめ……」とは思いました(笑)。
ゆき 私もちょっと腹が立つ顔を描くよう意識していたので、仕方ないと思いつつ(笑)。尭明のよさを表現することについては、中村さんがもっと意識していたと思います。
中村 本当にその通りです。私たちで“尭明好感度向上委員会”を発足しましたからね(笑)。
尾羊 ちょうど私も最新話の原稿を描いてたところで、尭明を描くのが楽しいです。最初は尭明が少し憎らしいくらいじゃないと、玲琳から「もう結構でございます」と言われるシーンで読者がスカッとできないですし、印象がよくなりすぎないように描いていました。ですがコミカライズのほうでも尭明のいい面が見えてくるターンなので、今は尭明を素敵に描くのが楽しいですね!
中村 私も今第12巻を執筆していて、尭明を書くのが楽しいです。
──慧月についてはいかがですか? 我儘、すぐ怒鳴る・泣くといった面もありますが、やっぱり嫌いになれないし、「幸せになってほしい」と願わずにはいられないキャラクターです。
中村 感情をあまり見せず、感情移入が難しい面のある玲琳の代わりに、弱い面もひたむきなところも、すべて見せてくれるのが慧月。立ち位置的に感情移入しやすい子です。玲琳が喜怒哀楽の楽を担うとしたら、慧月は怒り。ただ、慧月の怒りは大切な人のためというのを意識して書いています。ある種の“正義の怒り”だから、好かれるんじゃないかなと。慧月みたいな女の子が啖呵を切る姿を書くのはいつも楽しいです。
尾羊 私は慧月は不美人だと作中では言われてるけど、かわいげを感じてほしいと思いながら描いてます。かといって、きれいな顔ばかりだとそれは慧月じゃないから、嫌味な顔は嫌味たっぷりに。百面相のように表情がくるくる変わる子にしていますね。
ゆき 原作だと慧月は誰かと一緒にいるシーンを挿絵にすることが多いから、慧月と一緒にいる相手との表情の差で、慧月の個性を表現するようにしています。一緒にいるのが最も多い相手は玲琳ですね。慧月を意地悪な顔つきで書くのも重要ですが、玲琳をとにかく美しく描いて対比になるように気をつけています。
中村 玲琳ボディで高笑いする慧月がすごく好きで、ゆき哉さんに特装版の表紙を2種類描いてもらったときは、より嫌な表情をしている慧月を選びました。
ゆき 「慧月にしか出せない表情」ということで採用された絵ですね。
中村 負の感情をストレートに出せるっていうのが、すなわち慧月の魅力ですから。性格の悪い顔をすればするほどかわいい。
アニメ化決定を聞いても驚かなかった理由
──連載5周年を迎えました。今改めて感じることは何でしょうか。
中村 第一幕や第二幕までは悪役令嬢のフォーマットにのっとって書いて、主人公の無双っぷりをさわやかに描けたらいいなと思っていました。作品が長期化して、キャラクターを深掘りすればするほど、どんな人物なのか、どうすれば成長させられるかを深く考えるようになりましたね。最初の頃は玲琳と慧月が中心で、ほかのキャラクターの物語は注目されなかったかもしれません。でも今なら各キャラクターのエピソードを読者の皆さんが楽しみにしてくださるので、群像劇として見せられるようになってきたし、書きたいと思っています。
ゆき 作品の認知度が高くなり、初対面の方にご挨拶でこの作品のイラストを担当していると伝えると「知ってる」「読んだ」と返してくれる方が増えました。中村さんと尾羊さんがいろいろな活動をしてくださっているおかげです。私がおんぶに抱っこ状態に見えてしまうかもしれませんが、どちらかといえば、おふたりがジェットコースター並のバイタリティの持ち主なんです。それに振り落とされないよう、体力と技術を高めていかねばと日々感じています。
尾羊 私は原作があまりに面白いから、同じ読み味を目指したい、私のマンガでこの面白さをプレゼンしたいという気持ちでずっとやってきました。そのうえで、原作の第一幕、第二幕では軽快な読み味を意識していたのを、第三幕のコミカライズでは少し変え、迫力を感じてもらえる演出にしています。華やかさとドロドロ感、でも希望は必ずあるというのを、マンガとしての面白さももっと増やして伝えたいです。
中村 伝わってます、それ伝わってますよ!
尾羊 よかったです(笑)。
──アニメ化も決まって「ふつつかな悪女」はますます盛り上がること間違いなしですね。
中村 アニメ化の知らせを聞いて「驚きました!」ってピュアな気持ちで言いたかったんです……けど、本音を言うと「見る目、あるじゃーん!!」みたいな感じでした(笑)。これだけすばらしいイラストとコミカライズに恵まれて、読者の皆さんからの熱い応援もあって、アニメにならないほうがおかしいでしょ!という気持ちですね。見つけていただいてうれしかったです。
──自信通りの結果になりましたね!
中村 原作に自信があるというわけではなく、ゆき哉さん、尾羊さん、編集さんをはじめ関わってくださった皆様への信頼があるからこその自信ですね。私は腕組んで後方彼氏面で見てるだけです。うわぁ、これ大丈夫ですかね、ヘイトを集めないようにうまく書いてください、どうかお願いします!(笑)
──がんばります(笑)。
ゆき 実は私も驚きはあまりになくて、あり得るだろうなと思っていました。というのは、作品の動き出しのトップスピードがほかとは違ったからです。アニメ化が決まったら発生する作業に対する心構えをしておかねばと。
尾羊 私も同じですね。最初に脳内で映像が見えたときからこれほどアニメで映える作品はないと思っていました。「好き」と言ってくださる方も大勢いて、アニメ化しないなんてありえないと内心思っていたので。中村さんと同じく私も後方彼氏の1人です(笑)。
──これまでのお話を聞いて、中村さんの明るさがチームとしての皆さんを底上げしているなと。一緒にお仕事をすると楽しそうな空気を、この短い時間でも感じました。
ゆき これは本当にそうです。
中村 それはもう、ゆき哉さんと尾羊さんの人徳があってこそで。
尾羊 よく言う!(笑)
中村 私はアリーナ席で2人にサイリウム振ってるだけです。
尾羊 中村さんに伝えておきたいことがあって。中村さんはネームに毎話すさまじい量のコメントをくださるんですよ。私は常に自信がない人間なので、褒めてもらえていつもうれしいです。ありがとうございます。なかなかお返事できないので、この場を借りて改めてお伝えしたいです。
ゆき 同感です。イラストに対しても、中村さんがこと細かに感想を書いた付箋が大量に貼られた戻しをいただいて、原作者がこれをしているのかと驚きました。大事にとっておいて元気がなくなったときに読んでいます。
中村 いやめっそうもない。私からもいいですか? 絶賛アニメの監修中なんですが、やっぱり私は文章を書く人間なので、全部テキストで想像しているんです。その場面におけるキャラクターの立ってる場所や美術的な質問をされても、作者なのにわからないことが多い。そんなときにゆき哉さんと尾羊さんがすぐに打ち返してくださるんです。私が思いつかない部分を助けていただき感謝でいっぱいです。ありがとうございます。
──「ふつつかな悪女」の今後の展開で注目してほしいことは何ですか?
中村 最終巻で、キャラクター全員が何かしらの成長を迎えられるように書いています。途中で「嫌な奴だ」と思えても、そのキャラクターなりの変化が必ずあるので、最後まで見守っていただけたらと思います。
ゆき 中村さんが書くお話については1人のファンとしていつも楽しみにしていて、今後何が起きるか読者の皆さんと同じ気持ちでわくわくしながら待っています。アニメもすでにたくさんの監修をしました。アニメーターの皆さんもがんばってくださっているのでアニメも応援していただけるとうれしいです。
尾羊 原作にはコミカライズで描けなかったシーンもあります。コミカライズから入った方も、原作がとにかくいいのでぜひ両方楽しんでいただきたいですね。ゆき哉さんと同じくアニメの監修でいろいろと見せていただいて、もう毎回感動しているので、楽しみにしていてください。
プロフィール
中村颯希(ナカムラサツキ)
千葉県出身の小説家。2016年に「無欲の聖女」で商業デビュー。小説家になろうで連載した「神様の定食屋」「貴腐人ローザは陰から愛を見守りたい」などの書籍化を経て、2020年に「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」の連載を開始。同年に書籍化、コミカライズを果たし、2026年4月にはアニメが放送される。このほか著作に「後宮も二度目なら 白豚妃再来伝」「東の魔女のあとしまつ」などがある。
ゆき哉(ユキカナ)
デザイナー、イラストレーター。ゲーム会社でのグラフィックデザイナーを経て、イラストレーターとして活動。数々の書籍の挿絵や表紙イラストなどを手がける。2020年から刊行され、2026年にアニメが放送予定の「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」では、キャラクター原案と挿絵を担当している。またアニメ「number24」ではメインキャラクター原案を手がけたほか、ゲームのキャラクターデザインや、中国のアプリでマンガの連載も行う。
尾羊英(オヒツジエイ)
2019年に月刊コミックZERO-SUM(一迅社)にて「災禍の神は願わない」で商業デビュー。2020年より「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~」コミカライズの連載を開始。同作は2026年4月にアニメが放送される。2022年から「落ちぶれゼウスと奴隷の子」を連載中。2025年、SNSで個人連載していた「ゆかいな神統記」が書籍化した。
