「翡翠峡奇譚」から始まった奈須きのことの交流
──ここからは広江さんが「FGO」で手がけてきたキャラクターのデザインについてもお聞きできればと思います。最初にデザインを担当されたのは、2016年12月に初登場したケツァル・コアトル(ライダー)でした。
僕と奈須さんは「FGO」がリリースされる以前から知り合いだったんです。奈須さんはもともと「翡翠峡奇譚」を読んでくれていて僕のことを知っていたそうなのですが、「Fate/hollow ataraxia」が発売される2005年頃に僕がお絵描き掲示板でセイバーを描いたら、それを見た奈須さんが声をかけてくれて。それから直接会って、奈須さんのおうちに遊びに行ったこともありますね。僕の最初の画集内で対談をしたり、新装版「翡翠峡奇譚」の帯にコメントをもらったりもしました。
──そんなに長いお付き合いからつながった「FGO」のお仕事だったんですね。ケツァル・コアトルはククルカンと同一視もされる神様ですが、「翡翠峡奇譚」にククルカンが登場することにちなんでの依頼だったのでしょうか?
明確にそのように言われてはいないのですが、おそらく意識して僕に依頼してくれたのだと思います。
──ケツァル・コアトル(ライダー)のデザインは、「翡翠峡奇譚」のククルカンと通じるところがあると感じます。
「翡翠峡奇譚」のククルカンを意識してデザインしたわけではなく、最初は逆にイメージを離そうと思って違うデザインにしていたんです。TYPE-MOONさんとデザイン調整のやりとりをしているうちに、気がついたら自然に「翡翠峡奇譚」のククルカンに寄っていましたね。ケツァル・コアトル(ライダー)やククルカンのデザインの根底には「翡翠峡奇譚」がありますので、興味がある方はぜひ読んでいただきたいです。
──そういったデザインを望まれていたのかもしれませんね。ケツァル・コアトル(ライダー)制作時に苦労した点があれば教えてください。
悪い笑みを浮かべる表情差分を制作する際に、かなり調整を重ねたことを覚えています。悪い笑みと言われて、僕が顔を悪く描きすぎちゃったんですよね(笑)。奈須さんから「もうちょっと抑えて」という戻しがあり、どのあたりを落としどころにするかでかなりやり取りをしました。
──広江さんの描く最上級の悪い顔はすごそうです。初めてデザインされたサーヴァントが実装された際の心境はいかがでしたか?
物語の中でも重要なキャラクターのためかなり早い段階で依頼があり、実装までに3年ほどかかったので実はボツになったのではと心配しました(笑)。実装されたときはシナリオも相まっていいキャラクターにしてもらってよかったなと感無量でしたね。
妥協なしで調整を重ねたククルカンのデザイン
──今年2月に実装されたククルカンは、田島昭宇さんがデザインするテスカトリポカと対になるサーヴァントとしてTYPE-MOONさんが広江さんに依頼されたと伺いました。どのようなコンセプトがあったのでしょうか?
お嬢様やSFチック、キラキラしたケツァル・コアトルというオーダーがありました。初期は“恐竜人類”という設定もあって、耳が尖っていたり鱗が付いていたりもしたのですが、やり取りしていく中で変更を重ね今のデザインに近付いていきました。宇宙やSF的な要素は服装で残りましたが、それ以外は初期の案と大幅に変わっていますね。
──尻尾が生えていたり、髪型も完成版と異なっていますね。
あと某巨大ヒーローのイメージとも言われまして、最初は配色を銀と赤にしていたのですが、そのまんますぎたので翡翠色を入れたり、第3再臨で金を基調にするなど調整しました(笑)。「翡翠峡奇譚」にちなんでか、髪を翡翠色にしてほしいというオーダーもありましたね。髪の色は彩色担当の山中虎鉄さんが付け加えてくれてとてもよくなったので、ぜひじっくり見ていただきたいです。
──デザインの変更も多く見受けられますが、TYPE-MOONさんともかなり意見交換をされたのではないでしょうか。
TYPE-MOONさんとは腹を割って話しながらデザインについて擦り合わせをしましたね。妥協なしのやり取りだったので、特にデザインがガラっと変わる第2再臨のデザインには悩みに悩んで思考が停止してしまうようなときもありました。完成してみて、異種族のような張り付きコスチュームが個人的にも気に入っています。
──ククルカンはストーリーで見せるさまざまな表情も魅力的に感じました。
ほかのクリエイターさんが依頼以外の表情差分も自主的に制作して納品されていると知り、僕もいろいろ描きましたね。3つの姿ごとに20くらいでしょうか。
──かなりの労力がかかりそうです。
表情を描くのは好きなので楽しんで描きました。どう使ってもらえるんだろうというのも楽しみでしたし、実際にストーリー内でけっこう採用してもらえてうれしかったですね。僕の仕事としては絵を完成させるところまでで、それ以降は踏み込まないように心がけているので、実装までどうなっているかわからないんです。
──実装されて初めて知るというのはドキドキしますね。
バトル中に登場するキャラクターも実装されたもので初めて目にします。ククルカンのバトルキャラクターは、もととなるイラストの特徴が再現されていてすごくよかったですね。いざ戦うところを見たら、宝具でチョップをしていてすごく驚きました(笑)。ケツァル・コアトル(ライダー)のときもそうでしたが、バトル時のモーションも実装されて初めて見るので、そこは楽しみであり、面白みを感じるところです。
プレイして「無駄な時間を過ごした」とは決して思わない
──「FGO」のキャラクターデザインを制作される際に気をつけていることはありますか?
「FGO」にはとにかくたくさんのサーヴァントがいて、見栄えのいいキャラクターを描くデザイナーさんが山ほどいます。それに負けないような、個性的で張りのあるキャラクターを作るということは根底にありますね。ほかのサーヴァントと被らないようにするだけでも必死です。
──現時点で350騎以上がいますから、被らないようにするのは大変そうです。ゲームとマンガのキャラクターデザインで、手法や方針は異なるのでしょうか。
ひとえに作画コストですね。マンガのキャラクターデザインは今後もそのキャラクターをたくさん描き、動かす必要があるので、線を減らさないと描き続けるのが大変になってしまいます。しかしゲームのキャラクターデザインは1点ものなので、作画コストの高いキャラクターも描くことができます。
──なるほど。もし今後「FGO」の仕事の依頼があったらデザインしてみたいキャラクターや、やってみたいことを教えてください。
南米以外のキャラクターも描いてみたいという気持ちはありますが、奈須さんの中に「こういうキャラクターが見たい」というのがあればやってみたいですし、言ってもらえれば「やるぜ」って感じです。奈須さんの才能には敬服しているので、彼の考えたキャラクターを描きたいですし、これでおしまいにはしたくないですね。まだ「FGO」の仕事はやってみたいなと思っています。
──お話を伺っていると、奈須さんと広江さんの信頼関係のようなものを感じます。「FGO」にはたくさんのクリエイターが参加していますが、いろいろな方との出会いや交流がありそうです。
「FGO」の懇親会などをきっかけに、お会いしたことがないクリエイターさんとも出会う機会がありますね。「FGO」はサブカルチャーの流行も押さえた一線級のイラストレーターさんが揃っているので、お話してすごいなと感じたり、ゲームをプレイしていても「こんな絵を描く人がいるんだ」と感心することがあります。
──「FGO」はユーザーにとってもさまざまなクリエイターとの出会いの場ですからね。「FGO」のクリエイターとして参加されてよかったこと感じることはありますか?
人気のタイトルになってくれてよかったという一言に尽きます。数あるスマートフォンゲームの中でも人気を保って8年間続いているのはすごくうれしいですし、携わったクリエイターにとっては勲章になっていると思います。
──ありがとうございます。最後に読者にメッセージをお願いしたいのですが、まずはこれから「FGO」を始める方に一言いただけますでしょうか。
メインストーリーだけでなく、期間限定イベントのストーリーも完成度が高いですし、先ほどもお話しした通りほかのスマートフォンゲームと比べても頭抜けていると思うので、まずはストーリーを楽しんでいただければと思います。プレイして「無駄な時間を過ごした」とは決して思わないのではないでしょうか。カードバトルが好きな人には、デッキを構築する感覚でサーヴァントの編成を考える面白さがあるので、そういった楽しみ方から始めてもいいと思います。キャラクターのバリエーションも多いので、好きなキャラクターがきっと見つかります。お気に入りのキャラクターを目当てにプレイしてもらうのが、「FGO」の入り口としては一番いいのかもしれません。
──「FGO」は8年という歴史を持つタイトルなので、最新の章まで追いついていない方もいると思います。そういった方にもぜひメッセージをお願いします。
現在展開されている第2部の面白いところは、人類を救おうとしている主人公がある種の悪者という立ち位置になっていて、葛藤やつらさと向き合うことになります。「本当に自分がやっていることは正しいことなのか」と自問自答しながら戦う様がすごくいいので、ぜひ第2部もプレイしてもらいたいですね。奈須さんの本領が発揮されていますよ。
プロフィール
広江礼威(ヒロエレイ)
1972年12月5日神奈川県生まれ。1994年月刊コミックコンプ(角川書店)にて「翡翠峡奇譚」でデビュー。以後読み切りや短期連載、同人活動を中心に行っていたが、2001年に月刊サンデーGX(小学館)にて読み切り作品「BLACK LAGOON」を発表。銃弾と過激なスラングが飛び交うガンアクションを疾走感たっぷりに描き、翌年正式連載となる。2006年と2008年に2度TVアニメ化され、2010年から2011年にかけてOVAが発売された。2017年に放送されたオリジナルTVアニメ「Re:CREATORS」では原作・キャラクター原案を担当。2019年からはゲッサン(小学館)にて「341戦闘団」を連載している。