TYPE-MOONの伝奇活劇ビジュアルノベル「Fate/stay night」のキャラクターたちが、楽しく、優しく、穏やかに美味しい料理を作り、仲良く舌鼓を打つ様子を描くスピンオフ作品「衛宮さんちの今日のごはん」の7巻が発売に。また2019年からTYPE-MOONコミックエースにて連載されている「Fate/Grand Order 英霊食聞録」1巻も同日刊行された。「英霊食聞録」は「衛宮ごはん」と同じく“Fate×料理”ジャンルながら“歴史上に登場した料理をサーヴァントたちと学習する”というテーマを掲げており、「衛宮ごはん」とはまったく異なる“Fate×料理”へのアプローチが楽しめる作品だ。
「衛宮ごはん」7巻と「英霊食聞録」1巻の同時発売を記念し、コミックナタリーではそれぞれのマンガを手がけるTAa、十駒マコト、そして「英霊食聞録」の料理監修を行っている遠藤雅司の座談会を実施。“Fate×料理”ジャンルを描く醍醐味や企画の裏側を語ってもらった。この出演者を見て「『衛宮ごはん』の料理監修をしている只野まことさんは参加しないの?」と思った読者の方は、ぜひ特集を読み進めてほしい。驚きの事実が判明するはずだ。
取材・文 / 七夜なぎ
十駒マコトは実は……?
──本日は「衛宮さんちの今日のごはん」7巻と「Fate/Grand Order 英霊食聞録」1巻の同日発売を記念した座談会です。「英霊食聞録」料理監修の遠藤雅司さんは、「衛宮ごはん」が「Fate」シリーズの中で一番好きだと伺いました。
遠藤雅司 そうなんです。「衛宮ごはん」を最初に読んだとき、「おや、これは……『Fate』だけど戦わなくていいお話なんだ!」と驚きました(笑)。心が温かくなる物語と料理で楽しませていただいています。いわゆるお店で食べられる料理じゃなくて、家庭の食卓の料理をメインで扱っているので、載っているレシピを実際に作れるのもステキだなと。
TAa うれしいです、ありがとうございます。「衛宮ごはん」から「Fate」シリーズを知った人が少なからず増えてきたようで、ここから原作(「Fate/stay night」「Fate/hollow ataraxia」)に向かっていった方はどういう感想を持つのか、作品の雰囲気が全然違うので気になるところです。びっくりさせてしまうな……と。
遠藤 原作と「衛宮ごはん」の温度差、風邪ひきそうですよね(笑)。
──十駒さんはいかがですか?
十駒マコト 読者として読む「衛宮ごはん」は、優しいそよ風というか柔らかな清水のイメージを受けます。心にすっとしみこんで、心が洗われるような気持ちになりますね。背景などに細かな原作ネタやキャラクターのやり取りが描き込まれているのも私は大好きです!
──わかります。……ん? “読者として読む”というのはどういう……?
十駒 どこからお話するとよいかわかりませんが「衛宮ごはん」では只野まこと名義で料理監修をしております。なので、作品を読むときは“読者として読む気持ち”と“料理監修として携わる気持ち”の両方があると言いますか。
TAa いつもお世話になってます!
──えっ。「英霊食聞録」のマンガ家の十駒マコトさん=「衛宮ごはん」の料理監修の只野まことさん、ということですか!? 只野さんはマンガ家さんでもあったんですね!
TAa 私がマコトさんを知ったのは、マンガ家さんとしてのほうが先でした。私は「Fate」の商業アンソロジーに参加したことをきっかけに「衛宮ごはん」のお話をいただくことになったのですが、そんな縁あるアンソロのうちの1冊「Fate/stay night[UBW]コミックアラカルト 鋼の章」(2015年)に、マコトさんも「まこと」名義で執筆されていて、作品を読んでいたんです。
十駒 料理監修のきっかけは担当編集の藤原さんが、打ち合わせの雑談の中で、私が以前飲食店勤務していたことを覚えていてくださったことです。その後、正式に料理監修としてお声がけいただき、とても光栄でうれしいことだったので、二つ返事でお引き受けしました。その際にペンネームを“ただの”まこと、という意味合いで苗字をつけ、「只野まこと」にしました。
- 「衛宮さんちの今日のごはん」とは
- マンガ:TAa 原作:TYPE-MOON 料理監修:只野まこと
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衛宮士郎が自慢の手料理で、冬木の住人やサーヴァントたちをほっこりさせる「Fate/stay night」のスピンオフグルメマンガ。2016年に連載がスタートし、2017年にはufotableによりアニメ化、また2021年に“台所アドベンチャー”という異色のジャンルで「毎日♪ 衛宮さんちの今日のごはん」としてゲーム化を果たした。
TAa 藤原さんは本当にこれ以上ない方を見つけてきてくれれましたね! 料理の知識ももちろんですが、同じ「Fate」シリーズのファンでもあるからシリーズ独特の勘所がわかっていて、かつマンガ家さんでもあるので「マンガ家が欲しい資料」をわかってくれている。マンガ家さんにお料理の監修をお願いするというのは申し訳ないなとも思いつつも、前にもお話ししたのですが、只野さんがいなかったら「衛宮ごはん」は成り立っていないんです。
十駒 本当に「衛宮ごはん」楽しくやらせていただいています!
“歴史料理学習マンガ”へのチャレンジ
──そんな背景があったんですね。只野まことさんが、今度はマンガ担当の十駒マコトさんとして参加される「英霊食聞録」。こちらはどういう経緯で企画が立ち上がったのでしょうか?
- 「Fate/Grand Order 英霊食聞録」とは
- マンガ:十駒マコト 原作:TYPE-MOON 料理監修:遠藤雅司(音食紀行)
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藤丸とマシュが、英霊たちと食文化を紐解く歴史料理学習マンガ「Fate/Grand Order 英霊食聞録」。2018年刊行の「Fate/Grand Order カルデアエース VOL.2」に掲載された「ウルク飯」が好評を博して2019年に新シリーズとして立ち上がり、TYPE-MOONコミックエースで連載中だ。
シャーロック・ホームズが円卓の騎士たちにお手製のカレーを振る舞う「英国式カレー」、征服王イスカンダルの東方遠征に思いを馳せながらローマやマケドニアの料理に舌鼓を打つ「古代オリエンタル料理」など、カルデアに集う数多の時代、数多の英霊たちの“食卓についての物語”が描かれていく。
十駒 企画の話が出てきたのは2018年頃。その前から遠藤さんは古代の料理と音楽を楽しめるイベントを定期的に開催されていたんですよね。私はフォロワーさんに「ギルガメッシュの時代のごはんが食べられるよ!」と教えていただき、古代メソポタミア料理のイベントに参加したことがあったんです。そのイベントがきっかけとなり私と遠藤さんはTwitterで相互フォロー状態になったのですが、担当編集の藤原さんからある日、「遠藤さんの連絡先を教えてくれませんか」というメッセージが届いて。それが始まりでしたね。
遠藤 2017年に「歴メシ!」(柏書房)という、ギルガメシュ(※)、カエサル、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マリー・アントワネットたちの時代の料理、世界の歴史料理を扱った本を出版したんです。執筆当時は「Fate/Grand Order」をプレイしておらず、意識はしていなかったのですが、「FGO」や「Fate」シリーズファンの方に反響をいただいたおかげで重版がかかりました。藤原さんは「歴メシ!」のSNSの反響や記事を読んで、私に声をかけてくれたようです。
※「FGO」ではギルガメッシュ、「歴メシ!」ではギルガメシュ表記。
──おお! 「推しが食べていたかもしれない料理を食べられる」と話題になっていたんですね。「Fate」シリーズはご存じでしたか?
遠藤 もともと「Fate」シリーズは劇場アニメ「Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS」(2010年公開)を観ていて、アニメ「Fate/Zero」(2011年放送)や関連コミカライズなども通っていました。でも「歴メシ!」のときは料理イベントで忙しくしていて、「Fate」関連作を見ていないタイミングだったんです。
十駒 編集の藤原さんが遠藤さんと連絡したいと聞いたときは、「作画誰だろう」なんて他人事みたいに思っていて……。今だから言うんですが、当初は遠藤さんとTAaさんが組んで、もう1本料理マンガを始めるのかなと思っていたんです。なので遠藤さんと連絡を取れた藤原さんとで会話したとき、全然かみ合ってなくて、「いや、まことさんが作画をやるんですよ」と言われて驚いたのを覚えています(笑)。
遠藤 十駒さん、藤原さん、自分の3人で打ち合わせをしたのが2018年の5月から9月にかけてでしたよね。「Fate/Grand Order カルデアエース VOL.2」に「ウルク飯」という読み切りを掲載したら、ありがたいことに好評をいただいて、「TYPE-MOONコミックエースで連載しましょう」と決まっていきました。
──「ウルク飯」のときはアンソロと同じ「まこと」名義ですね。
十駒 はい。連載が決まったのでやっぱり名字を付けたほうがいいな、でも料理監修としての名前とマンガ家としての名前はわけたほうがいいな……と思いまして。「只野以外で名字を何にしようか」と悩んでました。そんな折、目の前にあったのが海苔の山本山で……。よし、トコママコトだ!と決めました。
──上から読んでも山本山。下から読んでも山本山……なるほど! 「ウルク飯」から「英霊食聞録」にかけて、コンセプトはどんなふうに決まっていったのでしょう。
遠藤 「ウルク飯」のときからコンセプトは固まっていました。原作にするのは「stay night」ではなく「FGO」で、“歴史料理学習マンガ”にチャレンジしよう、と。扱う時代は十駒さんに決めてもらっていて、初回(ウルク飯)は「バビロニアが描きたい」というお話を受けてトントン拍子に料理が決まりました。「歴メシ!」でも古代メソポタミアのエピソードはいろいろ書いてるので、こちらとしても資料が出しやすかったです。
十駒 遠藤さんから聞くバビロニアのビールの話が面白くて。私はビールが好きなので、「こんな太古の昔からビールは人類とともにあって愛されていたんだな……」と驚きながらお話を作っていきました。
TAa 「FGO」は山ほどキャラクターがいるので、時代とキャラクターと料理の組み合わせが文字通り無限にある。だからすごく大変だろうなと思うんですが、「英霊食聞録」はみんなの興味のありそうな時代をチョイスして、その時代に生きたキャラクターを魅力的に描きつつ、マコトさんならではの作品の雰囲気と話運びが面白いです。さらにマコトさんがもともと持っている料理の知識と遠藤さんの歴史料理の知識が合わさって、知らなかったことをたくさん教えてくれますよね。組み合わせがすごく巧みで、「マンガがうまいなー!」と尊敬のまなざしです。
十駒 畏れ多い……。こんなにも褒めていただけるとうれしくて気配遮断スキルを使いたくなりますね(笑)。
TAa 気配遮断A(笑)。「英霊食聞録」は、「FGO」のゲーム内での1エピソードを読んでいる気持ちになります。「衛宮ごはん」と「英霊食聞録」は、“Fate×料理もの”ということで近い作品と思う方もいるかもしれないのですが、「衛宮ごはん」の日常料理マンガ、「英霊食聞録」の歴史料理学習マンガと、かなり方向性が違いますよね。
十駒 そういう方向性の違いを出せたらいいねとよく打ち合わせで話していました。
遠藤 「衛宮ごはん」は士郎たちが料理を作る描写がポイントですが、「英霊食聞録」はどちらかというと「料理ができました」からスタートして、料理やキャラクターの歴史に入っていく……というのを基本にしています。ここも「衛宮ごはん」との違いが出すために固めていったところです。
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「英霊食聞録」には「FGO」キャラ同士の化学反応を感じる