「衛宮さんちの今日のごはん」TAa×只野まこと(料理監修)対談|Fate/stay nightならぬFate/stay home? おうちごはんのお供に「衛宮ごはん」レシピ本

「衛宮さんちの今日のごはん」

衛宮士郎が自慢の手料理を友人やサーヴァントたちに振る舞う、「Fate/stay night」のパラレルストーリー「衛宮さんちの今日のごはん」。争いのない優しい世界と美味しそうな料理の数々を描いた同作は「Fate」シリーズの中でも異色のスピンオフながら、アニメ化もされた人気作だ。単行本6巻には通常版に加え、同作に登場した料理の作り方をまとめた「衛宮さんちのレシピ本」付きの特装版が用意されている。

「衛宮ごはん」制作チームのこだわりが詰まった一冊だという「衛宮さんちのレシピ本」について話を聞くべく、コミックナタリーではマンガを執筆するTAaと料理監修を務める只野まことを取材。レシピ本に収録されている料理からオススメのものやお気に入りを聞き、なぜ「Fate」で料理マンガを描こうと思ったのかという作品の誕生秘話も語ってもらった。

取材・文 / 三木美波

TAa(マンガ家)×只野まこと(料理監修)対談

只野さんがいなかったら「衛宮ごはん」は成り立っていない

──TAaさんは「衛宮さんちの今日のごはん」が初連載作ですよね。

TAa そうです。もともとは「Fate」で同人活動をしていたところ、今の担当編集さんが声をかけてくださって。2014年に「Fate/stay night コミックアラカルト 剣の章」というアンソロジーに「アーチャーさん」という4ページのショートを描いて、商業デビューしました。

──「アーチャーさん」は「衛宮ごはん」にも通じる、ほんわかした優しい作品でした。このデビュー作の時点で、すでにアーチャーがご飯を作っている(笑)。

TAa そうでしたね(笑)。商業のアンソロジーで描かせていただくのは初めてなのでコミカルなのがいいのかな?と、そんな話にした記憶があります。「アーチャーさん」の後にアンソロジーを2本描いてから、TYPE-MOONエース(KADOKAWA)に掲載される読み切りのお話をいただきまして、「衛宮ごはん」が生まれました。ありがたいことにその読み切りが読者さんに喜んでもらえたみたいで、2016年1月に創刊直後のヤングエースUPで連載がスタートしたんです。

只野まこと 読み切り、最高でした!

「こだわりのふっくらおにぎり」より。

──あはは、読者サイドのご意見が(笑)。只野さんは読み切りのときはいち読者で、連載版から料理監修として参加しているんですよね。読み切りは1巻に収録されている「こだわりのふっくらおにぎり」と「野菜と海鮮のサクサクかきあげ」ですが、これはTAaさんが料理をお考えに?

TAa はい。メニューは私が、細かいレシピは編集さんと考えました。でも連載になったら詳しい人がいないと続けていけないだろうと、編集さんに探していただきました。そうしたら飲食関係のお仕事の経験があって、「Fate」もお好きな只野さんという素晴らしい方がいらっしゃって。只野さんがいなかったら「衛宮ごはん」は成り立ってないです、本当に。

只野 お話を最初にいただいたときは「私でいいんですか?」という気持ちもあったんですが、「すごくうれしい!」が先行して、料理関係であれば経験もありますのでご協力できるかなと思って、二つ返事で「ぜひ!」と。

──そこから二人三脚で「衛宮ごはん」を作っているんですね。おふたりは何をきっかけに、ストーリーとレシピを膨らませるんですか?

「はじめてのハンバーグ」より。

TAa なんパターンかあるんですが、まず1つ目は「このキャラクターを描きたい」というパターンです。キャラに合わせて料理を決める。例えば、ちび士郎と切嗣が描きたくて6話のハンバーグ回が生まれました。それから2話では「hollow」(「Fate/hollow ataraxia」のこと。「Fate/stay night」の続編にあたる作品)から着想を得て「ランサーを魚屋さんのバイトとして出したい」となり、魚料理にしたいと。ケルトだったら鮭がいいかなと、鮭のホイル焼きになりました。

──ランサーと同じくケルトの英雄フィン・マックールの逸話にもありますが、アイルランドは鮭(サーモン)が有名ですからね。

TAa はい。2つ目は「季節に合わせた料理を出したい」というパターンです。桃の節句にちらし寿司(3話)とか、春に菜の花サンドイッチ(4話)とか、クリスマスにローストビーフ(11話)とか。只野さんに料理の候補を出していただいて、その中からストーリーを膨らませます。ほかにもいろいろなきっかけからエピソードを捻り出しています。

料理中に本を開くのは大変……だからこその“コデックス装”

──1巻のあとがきにTYPE-MOON代表の武内崇さんと打ち合わせした描写がありましたが、どんなお話をされたんですか?

TAa 「衛宮ごはん」の読み切りを描く前に、打ち合わせのためTYPE-MOONさんにお邪魔しました。「Fate」のマンガで、テーマが衛宮家・料理というご依頼だったのですが、打ち合わせの時点では、具体的にどういう料理マンガにするか?という細かいところまでは決まっていなかったと思います。私は「Fate」でマンガを描くんだったら士郎を描きたくて。その場合、「食べる」より「作る」に重点を置いたほうが士郎をたくさん描けるので、そっち用の簡単なプロットを用意しました。「Fate/stay night」で士郎と桜のおにぎりに関するエピソードがあって、それを元ネタにしたものです。

──それが「こだわりのふっくらおにぎり」に繋がったんですね。さて、今お話に出たおにぎりはもちろん、鮭のホイル焼きや菜の花サンドイッチなど1巻から3巻までに出た料理の全レシピが収録された「衛宮さんちの今日のごはん」6巻のレシピ付き特装版が発売されました。実際にレシピ本を手に取ってみると、本としてすごくしっかりした作りですね。A5判で「衛宮ごはん」の単行本より大きい。

TAa レシピ本を出したいとずうっと思ってて、今回やっとできることになったのですごくこだわって作りました!

「衛宮さんちのレシピ本」を開いた様子。

──レシピ本、パカッと180度開くんですね。手を離してもそのまま……。

TAa 料理をすると手が汚れてしまって、その度に手を洗って開くのは大変なので、手で押さえなくても本が開いたままになるコデックス装という製本方法で作っていただきました。手の汚れもですが、普通の綴じ方の本を開いたままにしておきたいとき、ノド元をグッと強く押さえるじゃないですか。私はそれに少し抵抗があるので……。実際にコデックス装でできあがったレシピ本を見ると、やっぱりこうしてよかったなとうれしかったです。それに、只野さんと編集さんが文章にもこだわってくださって。

只野 これまでの各エピソードの終わりにもレシピは付いているんですが、それはマンガありきのレシピなんです。例えば野菜を切るとき、マンガにとうもろこしを包丁でこそげとってる描写があれば、レシピでは「材料は一口大に切る」という一文で紹介していました。でもレシピ本は「レシピ本を読むだけで作れる」を目指したので、ちゃんと「とうもろこしは実をこそげとる」と説明を入れて。そういうふうに、わかりやすくなるよう編集さんと文章を精査して、試行錯誤しました。あとは「たまご問題」とか。

TAa ありましたね。

只野 たまごは個人的に、加熱をすると「玉子」なんですけど生の場合は「卵」と書きたくて。「この場合はどっちだ……!?」とか。

──細かいところにも気を使って作っていると。すべてのレシピには料理のカラー写真が付いていますが、これは只野さんが作った料理を撮影したんですか?

只野 そうです。TAaさん、編集さん、カメラマンさんの誰が欠けてもたぶん完成しなかった。私はひたすら料理を作って、TAaさんが撮影の小道具集めやセッティングをして、カメラマンさんは撮影して、編集さんは全体をまとめてくれて、ガンガン写真を撮っていきました。

「衛宮さんちのレシピ本」の「秋の味覚 ―基本の和食―」より。

TAa 撮影にトータルで5日かかりました。私はランチョンマットやお皿、お箸、箸置きといった小物を買いに走って。「これは合うかな、合わないかな」と考えながら探すの、大変でしたが楽しかったです。只野さんもいい感じの小物やお皿を用意してくださって。

──おふたりの私物のお皿なんかも?

TAa ありますあります。

只野 家族にレシピ本を見せたら、「あ、この箸置き!」って(笑)。

TAa そういう気取ってない、素朴な食卓の感じが衛宮家っぽくて「衛宮ごはん」に合ってるなと思いました。

作った料理の写真をみんながSNSに投稿してくれて感激

──特にこだわりの写真はどれですか?

「衛宮さんちのレシピ本」で撮り下ろされたちらし寿司。このレシピは記事の後半に掲載。

TAa どれもすごく大変だったし思い出深いのですが、一番苦戦したのは寄せ鍋でしょうか。煮込みすぎると写真として映えなくなってしまうので、どういう状態で撮るのがいいのかカメラマンさんと相談して。グツグツしている写真も撮ってくださったんですが、盛り付けがすごくきれいな、火を入れる前の写真に落ち着きました。あとはちらし寿司の写真ですね、桜の花の飾りで春っぽい雰囲気を演出したのも気に入ってます。只野さんが桜を用意してくれました。

──ちらし寿司、繊細かつ豪勢で「すごいなー」と思いながら見ていて。マンガで読んだときは「かわいいし美味しそうだけど、私に作れるんだろうか」とハードルが高く感じたんですが、実際に写真で見ると完成イメージが湧きやすくて、挑戦してみたくなりました。

TAa ぜひ作ってみてください。レシピ本では星1から星3まで難易度もつけていて、ちらし寿司は星3で難易度は高いほうなんです。でもちらし寿司のエピソードが公開されたとき、実際に作ってSNSに写真をアップしてくださる方がけっこういらして。

只野 感動しましたよね。作ってもらえるのは、本当にうれしいです。読者さんのSNSの投稿はとても励みになっています。

TAa ね、本当にその通りです。

──只野さんはどのカットがお気に入りですか?

只野 年越しそばは、えびの天ぷらがドドン!としてて好きです。自画自賛になってしまうんですが、けっこう上手に揚げられたと思います。

TAa えびがおっきくて、天ぷらもサクサクで。撮影後は作った料理の食事タイムだったんですが、本当に美味しくて役得でした!

──只野さんの手料理、うらやましいです。一番美味しかったのはどれですか?

TAa 年越しそばは格別でした。つゆがすっごく美味しいんですよ。出汁をきちんと取ると、こんなに風味豊かになるのか!と驚きました。料理は全部美味しかったですが、出汁が効いてる料理は特に好きですね。調理中に、出汁のいい匂いが漂ってきて……。

只野 和食が専門なので、そう言っていただけるとうれしいです。3巻の「キャスターの和食応用編」に出てくる「太刀魚の柚庵焼き」は会心のレシピなので、ぜひ作っていただけたらうれしいです。

──レシピ本に出てくる料理の中で、初心者におすすめのものはどれですか?

「遠坂さんの五目炒飯」より。凛が桜に得意の中華料理を教える。このレシピは記事後半に掲載。

只野 チャーハンが意外とおすすめかもしれません。

──意外です! チャーハンは火加減やパラパラにするのが難しいイメージがあるんですが……。

只野 チャーハンって料理の基本が全部詰まっているんです。食材の大きさを全部揃えて切るとか、調味料を準備しておくとか、炒めるときの火加減とか。初心者の方には練習がてらって感じではあるんですが、チャーハンが上手に作れるようになったら、たぶん料理の腕は上達しています。

TAa 私はホイル焼きがおすすめです。普段はあまり料理をしないんですが、そんな私でも作れるくらい超簡単で美味しい。ほぼ包んで蒸すだけなんですよ。読者さんもホイル焼きを作ってくださる方がすごく多くて。たぶん一番作ってもらえてる料理、ホイル焼きなんじゃないかなと思います。ランサーが2話で出てきてびっくりして読んでくれた方が多いのかもしれません、反響がすごかったので。

──実は私も「衛宮ごはん」で最初に作ったのはホイル焼きでした。レシピを眺めていたら、最初に鮭に振る塩について「塩は味付けではなく生臭みを取るためのもの」とか、「塩鮭は中まで塩が回っている分、生臭みも奥まで回っている。蒸すとその生臭さが表に出てくるので蒸し料理には不向き」とか、補足がしっかりしていて。「なぜここで塩を振るのか」という理由まで書かれているので「自分でも作れるかも、やってみようかな」という気になりやすいというか。ランサーが美味しそうに食べた料理を自分も食べたいという理由もあるのですが(笑)。

ランサーも大満足の「鮭ときのこのバターホイル焼き」。TAaの手書きで「味付けではなく生臭みをとるためのもの」と説明されている。

TAa (笑)。そうなんです、補足の説明部分については、ためになったという読者さんがけっこういたらしくて。只野さんはレシピを作ってくださる際に、「ホイル焼きで生鮭をすすめる理由」みたいな補足の説明をたくさんつけてくださるんですよ。私自身もすごく勉強になっていて。「どうしてこの工程が必要なのか」と理解をしたうえで作ると、全然違うんですよね。

只野 そこをきちんと書かないと、TAaさんがマンガにするときにも疑問が出て本領を発揮できないかもしれないと思って。それに実際に料理を作るとき、工程の理由を知っておくと応用が利くんです。逆に、手を抜ける部分もだんだんわかってくる。そういう料理の上達の助けになれたらなと思いながらレシピを書いてます。ちょっと、料理の専門学校の授業みたいなイメージですね。

TAa 補足を入れると長くなるので驚かれるかもしれないんですが、ここは外せないと思ってなるべくマンガにも全部入れるようにしています。