原作の大きさで海坊主を描くと、コマに収まらない
──実際に海坊主を描いてみてどうでしたか?
私は普段マッチョってなかなか描く機会がないので、後頭部から首、肩にかけてのラインなんかは絵的に描いていて楽しいです。筋肉があってスッとつながっているでしょう? 描いていて気持ちいい。最初の頃に出したラフだと、今よりさらに原作寄りで首が太かったです。(俳優でプロレスラーの)ドゥエイン・ジョンソンっぽくしたくて。ただ、絵柄については相当私の絵でやっているというか、北条先生の絵は意識せずにやっているので、そこに違和感をもたれないかなというのはけっこう心配です。
──ゲストキャラなどは普段のえすとえむさんの絵柄という感じですよね。でも海坊主は「まさに海坊主」という印象で、彼がいるだけで「シティーハンター」の世界なんだと感じます。
海坊主は形からして強いキャラクターですから(笑)。でも実は海坊主にも作画的にちょっとアレンジを加えていて、ヒゲを増やしているんです。原作でもヒゲはあるんですが、この作品ではより多くしていて。あんまり言及されないですけど(笑)。
──あ、本当だ。違和感ないから気付かれてないんだと思います。
サイズ感も少し原作より小さいんです。原作だと相当でかいんですけど、画面配置上コマに収めるのが難しいので調整が必要で。
──ああ、確かに。原作だとミニクーパーに乗ろうとして入り切らず車の天井を突き破ったりしてますよね。
見た感じだと軽く2mは超えてますよね。ロングのコマにいても海坊主だけでかいですし。(海坊主と美樹が経営する喫茶店)キャッツアイのカウンター内で美樹と並んで話しているイメージがあるんですが、そういうときにコマに収めるために、身長差20~30cmでとどめたいというところがあって。それで原作ファンの方には申し訳ないんですが、えすとえむサイズにしています。
──そう考えると、原作ではよくコマに収まっていましたね。
そうですよね。やっぱり北条先生のカットって引きの使い方が上手ですし、画面構成も素晴らしいんです。大先輩ですから勉強になります。ただ、原作のコマ割りや画面構成を意識しすぎると私のテイストとは変わってしまうので、あまり縛られずにやろうかなと思ってます。
──北条先生のコマ割りって特殊ですよね。引きのカットが多いのに、1ページあたりのコマ数も多くて小さいコマが多い。
そうなんですよね。すごく引きが多い。セリフももちろん魅力的なんですけど、場面をかなり大事に描かれていて、絵でいろんなことを説明しているんです。
──ほかに、ここを気を付けないと海坊主にならない、ただのスキンヘッドのマッチョになってしまうというような作画上のポイントはありますか?
もともとキャラクターとして強いですからね。スキンヘッドにサングラスでヒゲが生えてたらほぼ海坊主という感じなんですが……あるとしたら眉間の周りだと思います。眉上の筋肉が発達しているので、そこを描いておけば海坊主っぽくなるんじゃないかなと。
──その海坊主とセットになる、パートナーの美樹について気を付けていることは。
美樹は絵柄として少し大人っぽくしました。老けない程度に大人感、落ち着いた感は出そうかなと思って。でも、ちょっと(「キャッツ♥アイ」の)泪姉さんに近くなってしまったかも(笑)。
キャラクターと同じくらい大事に描きたい、新宿という街
──原作からの時代の変化の話が出ましたが、今回の舞台は1980年代ではなく、今の新宿という感じになっていますよね。
私には、80年代をリアリティを持って描けないと思ったんです。新宿は馴染みのある街ではあったんですが、当時はまだ子供で、バブルの空気も体験してはいないですから。取材するにしても、かつての新宿というのはもうどこにもないし、写真資料も自分で撮れないですし。歌舞伎町にしても、もうコマ劇場もなくなって、かなり変わっていて。そう考えると、読者さんも、昔よりは現代にしてしまったほうが楽しめるかもな、と。海坊主のキャラクターなら、どの時代に置いても楽しめるだろうという思いもありました。
──この作品では、かなり新宿の具体的な風景が出てきますもんね。
今回は新宿という街を描いていこうというのも、1つテーマとして掲げています。あの時代のどこか黒いイメージ、危ないイメージもありつつ、キラキラしているあの時代の新宿という街が、「シティーハンター」の魅力のひとつだと思うんです。今はだいぶきれいになってますけど、それこそ80年代なんかの歌舞伎町はもっと猥雑な感じだったでしょうし、人が溢れる雑踏にはどんな人でも受け入れてくれるイメージがあったんですよね。だから今回のマンガを描くに当たって、新宿が当時とは少し変わったという部分も含めて「街を描く」という意識をエピソードに入れています。
──第1話では、まさにそんな時代の変遷が描かれています。
違和感なく今の新宿に海坊主がいるという設定をプレゼンするのに、もう思い切ってバブルを生きた人を出してしまおうというのを考えました。背景としても「新宿といえば」という場所である都庁とかアルタを出して。
──都庁は「シティーハンター」の連載が終盤に差し掛かってから新宿に移転してきた建物なので、描かれていると原作の風景よりも今感が出ますね。あと、第3話では東口のルミネが描かれているのが印象的でした。
そう、MY CITYじゃないんですよね(笑)。「シティーハンター」の新宿駅東口はMY CITYですよね。
──この辺は実際に写真を撮りにいっているんですか?
新宿は母の職場があったこともあって、小さい頃からよく行く機会があったんです。中学生になってからは1人で映画を観に行き、新宿3丁目とかをフラフラするようになって。新宿西口のビル群なんかも好きなんです。三井ビルとか。三井ビルの写真だけめちゃくちゃ撮りに行ったりとかしてました(笑)。だから、舞台としてなじみもあるので「じゃあ、ここの景色を出そう」というのも考えやすいです。
──エピソードは、原作で出てきた小ネタも多いですね。
各エピソードはどんな依頼人を出そうか、というところから考えることもあれば、原作の小ネタから発想していくことも多いです。第2話なんかはまさに「海坊主は猫と子供が苦手」というところから考えた話で、じゃあ両方出そう、と。
──女の子に頼まれて猫を探す話ですね。海坊主が煮干しを弾丸ベルトに詰めてるところはすごく好きです(笑)。
猫探しにもフル装備ですね(笑)。あらゆる場面できちんと最良の、万全を尽くしていくタイプだと思うんです。そんな格好までしなくても猫探しはできるんですが、海坊主なら自分の決めた装備でがっちり臨むだろう、と思いながらこのシーンは描きました。
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海坊主はまず私の話を聞け
2019年2月7日更新