月刊コミックゼノン(徳間書店)の編集・発行を手がけるコアミックスから、女性向けレーベル・コミックタタンが誕生した。“タタン”と心弾む軽やかなネーミングに、「マイガール」の佐原ミズ手がける無垢なイメージキャラ。漢(オトコ)のマンガを作っているあの会社がこれを?と驚きつつ連載作品を眺めると、「シティーハンター」の海坊主を主役にしたスピンオフ作品が目に飛び込んでくる。女性向けで海坊主しかも、作者は「うどんの女」「IPPO」のえすとえむ。……これはどういうことなのか。
その「CITY HUNTER外伝 伊集院隼人氏の平穏ならぬ日常」1巻を含む、レーベル第1弾タイトル計4冊が1月19日に発売される。このタイミングに合わせて、コミックナタリーではコミックタタン特集を展開。作者・えすとえむの海坊主愛を聞くインタビューと、タタン作家たちによる海坊主トリビュートイラスト企画をお届けする。
取材・文 / 小林聖
「シティーハンター」は子供の夕方を支えていた作品
──「伊集院隼人氏の平穏ならぬ日常」は北条司先生の「シティーハンター」を元にしたスピンオフ作品ですが、えすとえむさんと「シティーハンター」の出会いはいつ頃だったのでしょうか?
最初はアニメです。小学生の頃、家に帰ると再放送をやっていた世代だったのでそこで観ていました。当時、夕方5時くらいって「シティーハンター」か「キャッツ♥アイ」、それに「ルパン三世」あたりがずっとループしてましたよね(笑)。
──夕方の再放送がきっかけだったという人は多いですよね。
子供の夕方を支えていた作品だと思います。無意識に接していたようなところがあるので、観た順番はぐちゃぐちゃなんです。でも、基本的に「シティーハンター」のエピソードは1話完結なので途中からでもスッと入っていける。後から原作も読むようになったんですが、アニメで観ている話も多かったので、自然に読めました。
──原作に触れたきっかけは?
近所の児童館にマンガがたくさん置いてあったんです。地域の方の寄贈だと思うんですが、少年マンガから青年マンガまでいろいろあって。「コータローまかりとおる!」(蛭田達也)や「うる星やつら」(高橋留美子)みたいな少年マンガから、「美味しんぼ」(雁屋哲・花咲アキラ)や「人間交差点」(矢島正雄・弘兼憲史)まで。
──児童館に「人間交差点」は置いちゃダメな感じしますね(笑)。
その中に「シティーハンター」も置いてあったんです。その後、高校に入ってからは友達とマンガの貸し借りをしたり、アトリエになっていた実習室に先輩方から代々受け継がれて来たマンガがあってその中にあったり、いろんなところで読んでました。印象的なのは、やっぱりギャグパートですね。香と獠の追いかけっこだったり、獠がいろんな女の人にちょっかいを出しては結局してやられる感じとか。あと、槇村と獠のエピソードはすごく好きです。高校生くらいになると、周りでも突然に槇村派が現れるんです(笑)。
──槇村の大人の魅力がわかってくる年頃と。そんな中で、本作で海坊主にスポットを当てたのはなぜ?
実は最初にお話をいただいたときは、タタンが女性向けのサイトということもあって「野上冴子でスピンオフを」とご提案をいただいていたんです。もちろん冴子さんもクールでカッコよくて好きなキャラクターなんですけど、頭が良すぎるキャラなので私の手に負えないというか……。私自身があまりクレバーではないので、「彼女をカッコよく描き切れるかな?」という不安があったんです。それに話を作るのも難しいなと思って。どっかでカッコ悪い部分を描かないと読者の共感を呼べないんじゃないかという気がするんですが「冴子にカッコ悪いところなんてある?」ってキャラクターじゃないですか(笑)。弱さは描けるかもしれないけど、基本的にはかなり完璧なキャラクターなので、カッコ悪いところを描くのは不可能なんじゃないかなって。
──それで海坊主になったんですね。
はい。「海坊主なら」ということでお返事させていただいたんです。私自身、小学生の頃から獠より海坊主派で、同世代には海坊主ファンの女性ってけっこう多いので。何より私が描いていて楽しい形なんですよね。大きくて塊感があるでしょう?(笑)
──小学生くらいの頃だと、自分の周りの男子はわかりやすく獠に惹かれる子が多かった気がします。海坊主に惹かれたというのは、どの辺りが。
小学生の女子ってどこか潔癖なところがあるので、獠ちゃんが香に追っかけられているのを見て楽しむ反面、女の人にデレデレしている姿はちょっとチャラすぎるというか、憧れる感じではなかったんです。成長するにつれて、獠の香に対する思いというのもなるほど、と理解できるようになりましたが。
──それこそ槇村でのスピンオフという話にはならなかったんですか?
槇村は原作で描かれているエピソードが少ないんですよね。それと、どうしても暗い話になってしまう。原作の世界観を大切にしている人にとっては、あえて触れてほしくない部分かもしれないとも思うので、槇村に関してはファンの妄想にとどめておこうと(笑)。
海坊主のほうが強そう、だけど美樹のほうが尻に敷きそう
──獠の香に対する思いという話が出ましたが、海坊主と美樹も「シティーハンター」を代表するカップルですよね。
獠の香に対する思いって、槇村の妹であるということが前提にあると思うんですよね。槇村の妹である以上、獠は香を守り続けないといけない。でも、それだけじゃない大事な感情があって、“槇村の妹”以上の関係が生まれそうで、それでいて生まれないという、やきもきする感じが原作にある。関係は進まないけど、確固たる信頼関係、人間同士の信頼関係というのはあるというのがすごくいいですよね。海坊主は海坊主で、美樹さんに傭兵稼業を教え込んでしまったという負い目がある。それでいて、美樹はああやって海坊主を追いかけてきたから、もういかんともしがたいという感じですよね(笑)。
──海坊主の不器用な感じが2人の関係に出ていると。
美樹さんのあの押して押してのアプローチがすごくいいなと思うんです。そういう美樹さんの強い部分が好きなんですよ。体格的にはもちろん海坊主のほうが強そうなんですけど、どっかで「美樹さんのほうが尻に敷きそうだぞ」っていう雰囲気があるのが(笑)。
──2人のパワーバランスは面白いですよね。
そういう意味で言えば、獠と香の関係も実は香のほうが主導権を握っていたりする。あの時代の作品でありながら女性が強いんですよね。北条先生の作品って「キャッツ♥アイ」もそうなんですけど、女性の描かれ方が子供心にもフィットするというか、イヤじゃない描かれ方をしているところが好きでした。
──今読んでもあまり違和感がないですよね。
そうなんですよね。もちろんちょっとセクハラまがいというか、獠の追っかけ方自体はさすがに今だとやり過ぎかもしれないと思うんですけど(笑)、レギュラー格の女性の扱い方、描き方は古さを感じないです。バブル的な時代性はあるけど、そういう芯のブレないところ、普遍性を持っているところが今も読まれ続けている理由なんじゃないかと思います。
──海坊主が主人公と決まった段階で、作品の内容もある程度イメージできていたんですか?
編集さんと打ち合わせしながら、依頼者がいて、それを海坊主らしい形で助けていくショートストーリーにしようという形になりました。その中で、海坊主の持つギャップを描いていこうと。やっぱり海坊主ファンって、海坊主のすごく強いところと、なのに女性や子供、猫なんかには弱いというギャップに対してかわいさを感じていると思うんです。だから、とにかくそのかわいさを出していきたいと思っていました。
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原作の大きさで海坊主を描くと、コマに収まらない
2019年2月7日更新