コミックバンチKai編集長と井上淳哉が再び語り合う!紙からWebへ、バンチ編集部が見据えるマンガ業界の未来

月刊コミックバンチ(新潮社)が、Web雑誌・コミックバンチKaiとしてリニューアルしてから1年。コミックナタリーでは、1年前のリニューアル時に実施した特集(参照:コミックバンチがWeb雑誌にリニューアル!新編集長×マンガ家・井上淳哉が“継承と革新”のための企画会議)と同じく、編集長の西川有正氏と、「BTOOOM!」「怪獣自衛隊」などを手がけるマンガ家・井上淳哉の対談をセッティングした。

リニューアル発表の際、「今後はWEBの時代に適応していかなければ生き残れない」「SNS時代に合わせた王道ストーリー漫画、骨太漫画制作にチャレンジしていきます」と話していた西川編集長。果たしてこの1年をどのように駆け抜けたのか。編集者から“影の編集長”と呼ばれるほど信頼の厚い井上淳哉との対談は、バンチKaiの話題だけにとどまらず、目まぐるしく移り変わるマンガ業界が抱える課題や未来の出版社・編集部の在り方にまで及んだ。

取材・文 / 小林聖撮影 / 武田真和

じっくり準備した連載陣がスタートする1周年

──バンチKai1周年おめでとうございます。いろいろ変化もあったと思いますが、この1年はいかがでしたか?

井上淳哉 「まだ1年しか経ってないんだ」って感じです。月産ページ数が20ページくらい増えただけで(笑)。やっていること自体は変わりませんが。

──と言っても、井上先生は以前の月刊連載から週刊連載に変わりましたよね。

井上 そうですね。週刊という形で見せていくことに関しては今も試行錯誤中です。僕の場合は今まで月刊でやっていた話を4等分して、それぞれに見せ場を作っていくという感じなんですが、アクションパートなんかは読む側からしたら一瞬なので物足りなさを感じる人もいるようで。起承転結を作りづらいペースでの見せ方にもっと慣れていきたいですね。

左から井上淳哉、西川有正編集長。

左から井上淳哉、西川有正編集長。

西川 僕もあっという間でした。この1年はどうしても準備がメインという感じでしたから。今回、1周年のタイミングでようやく準備してきたものが少しずつ出始める感じです。

──4月からは新連載攻勢も始まりますね。

西川 現在進行形で準備を進めているものもありますし、ここから1年で10本くらい新連載を出せるんじゃないかと思っています。

──じっくり準備しているんですね。

井上 新人を育てるとか新連載の準備とかって、本当に1年や1年半くらいはすぐですからね。

西川 丁寧にやっているほうだとは思います。スピーディにたくさんの作品を出して反応を見ながらやっていくという編集部さんもありますし、それも1つの方法論ですから。そういうところに比べるとうちの場合はじっくり作るスタイルで、連載会議も回数が多かったりします。

井上 すぐ結果を求められる時代に丁寧に作れるというのは贅沢なことですよ。

バンチKaiでスタートする新連載一覧。

バンチKaiでスタートする新連載一覧。

西川 これができるのは月刊バンチという雑誌を引き継いだサイトだからというのもあります。ゼロから立ち上げたサイトだったらすぐに結果を出せないと消えてしまうと思いますが、バンチKaiは紙の雑誌時代の人気作が土台を作ってくれているので。それもあって、1本1本丁寧に作ることができています。去年話したように“骨太”な作品を作っていきたいという狙いがあるので、時間をかけられるのはありがたいですね。

井上 “骨太”な作品はできましたか?

西川 新連載攻勢でも目指す方向性が見える形にできたんじゃないかと思っています。歴史ものが多いですね。童話「シンデレラ」で継母のモデルになったと言われる6世紀フランク王国の悪女・フレデグンドと当時の事件を絡めた「シンデレラの反乱」や、16世紀のオスマン帝国をモデルに描いた「三日月の国」、「三国志」の悪役・董卓を主人公に描いた「暴喰の董卓」など。ほかにもファンタジー作品であったり、“骨太感”を意識したラインナップです。

バンチKaiが目指すのは「興奮の読み応え」がある作品

井上 「骨太な作品」と言ってもいろいろあると思いますけど、作家さんにはどう伝えていったんですか?

西川 はい。実はこの1年、いろんな人に「骨太って何?」と聞かれました(笑)。編集部内でイメージをすり合わせたりもしましたね。“スケール感”なんて言い方もしています。バンチKaiの作品は、“瞬間面白い”というだけではなく、もう少し“持続的な感情を残すものを”を出していこう、ということです。それを言葉にしたのが“骨太”だったり“スケール感”。

西川有正編集長

西川有正編集長

井上 なるほど。確かにくらげバンチなんかは1話8ページとかで面白くて満足できる作品が多いですよね。そういうのと違って、8話とか10話とか一気に読んで「すげえ!」と思わせる作品もある。そういう作品ですかね。

──いわゆる読み応えのある作品というやつですね。ショート作品にはショート作品の魅力がありますが、映画みたいに長い尺でしか描けない題材もあって、目指すのは後者だ、と。

西川 はい。余韻があったり、興奮が続く、感情の持続性がある作品が目指すイメージです。今のSNS時代と逆行する部分もあるかもしれませんが、効率化を求めるのではなく、“マンガの体験”について、改めて考えていきたいな、と。

井上 「興奮の読み応え」ですよね。単純に情報量が多い作品もある意味では読み応えがあるけど、バンチKaiが目指すのは没入感があって、その世界にどっぷりつかる興奮がある作品だ、と。そういう作品は長い尺がないとできない。

井上淳哉

井上淳哉

西川 「興奮の読み応え」っていうのはいい言葉ですね。今度から使っていこうと思います(笑)。

──そういう作品を描きたいという作家さんも絶対いますもんね。

西川 実際に去年、前回の対談を読んで新人賞に応募してきてくれた作家さんもいました。第2回大波賞で準大賞&審査員特別賞を受賞したおゆり。先生がそうです。新連載攻勢でバンチKaiの方向性をより明確に見せて、また新しい作家さんに興味を持ってもらえたらうれしいです。

おゆり。の受賞作「勇者は顔を描かせない」より。

おゆり。の受賞作「勇者は顔を描かせない」より。

おゆり。の受賞作「勇者は顔を描かせない」より。

おゆり。の受賞作「勇者は顔を描かせない」より。

──新連載でも新人の作家さんがいますよね。

西川 はい。新人育成も目標の1つですから。

井上 連載ペースはどんな感じなんですか?

西川 新人の方はさすがにいきなり週刊や隔週は無理ということだったので月刊で始めます。描ける方は隔週以上でお願いしています。そのへんは人に応じてですね。

未来の編集部はマンガのプロダクション化する?

──最初の1年、手応えとしてはどうでしたか?

西川 さっき話したように1年目はまだまだ準備を進めている段階だったのでなんとも言えないところはありますが、逆にそんな段階でも思っていたより反応がありました。特に新人賞の受賞作なんかは、まったく反応がない可能性もあると思っていたんですが、思ったよりちゃんと読んでもらえて、コメントもついていた。だからこそ、今来てくれている人たちをガッカリさせないようにがんばらないとなと思っています。

──新人賞作品もそうですが、読み切り祭りのようなこともやっていましたよね。

西川 はい。読み切りは雑誌とWebでは役割が変わったのかなと感じています。雑誌の場合、特に新人作家さんの読み切りなんかは、正直なところ雑誌の売上なんかには影響しない。

左から井上淳哉、西川有正編集長。

左から井上淳哉、西川有正編集長。

井上 よほどの問題作じゃない限りはそうですよね。

西川 でも、Webでは読み切りで人を呼ぶみたいなところがあります。読み切りが話題になって人が来るということが起こっている。そういう意味で読み切りの重要度は増していると思います。

井上 それってマンガ産業の未来像にも近いようにも感じます。紙の雑誌は雑誌を読んでもらうことでいろんな作品に触れてもらっていたけど、WebやアプリはSNSを通じて作品を知って、その作品だけ読む人も多いわけですよね。読み切りじゃないですけど、作品のバラ売りに近づいていく。僕は、そうなったときに出版社・編集部って、作品をいろんなところに配信していくプロダクションみたいになるんじゃないかと思っているんです。

──実際すでに自社媒体だけじゃなく、外部のアプリやサイトに作品を配信するのは珍しくなくなってはいますね。

井上 作家を集めるという点でいえば、そういうスタイルで新しい契約を結んでいくのもいいんじゃないかと思っています。

──と言うと?

井上 マンガ家の収入って後払いじゃないですか。例えば映画やゲームの場合、最初に制作資金を集めて、働いてくれたスタッフにはすぐにお金が支払われる。でも、マンガ家は打ち合わせをして、ネームを切って、通るかわからない連載会議を経て、原稿を仕上げて、それが掲載されて初めて原稿料が入るし、単行本が出てようやく印税が入る。収入を得るまでが遠いんですよね。だから、映画やゲームみたいにまずギャランティを支払って作るという形を歓迎する作家もいると思います。

井上淳哉

井上淳哉

西川 海外のプロダクションっぽい形ですね。日本の制作環境や文化は特殊だとは思うので、だんだん海外の文化と触れ合うことで変わっていく部分もあると思います。海外の出版社と仕事をする機会もかなり増えてきていますし、マーケットも世界規模になってきていますから。

井上 去年も最初から翻訳版も同時発表できたら、なんて話をしましたよね。

西川 カラー化や翻訳に関しても、今すぐは難しいですが、視野には入っています。10年単位で見れば、マンガを巡る環境もかなり変わっているでしょうしね。それと、作家さんの支援ということでいえば、バンチKaiは今連載会議に出すネームに謝礼をお支払いするようになりました。

──え、ネームにというのは珍しいですね。

西川 金額としてはそれで食べていけるようなものではないですが、少しでもきちんと報酬を出そう、と。