コミックナタリー PowerPush - 手塚治虫「ブッダ」

仏教の開祖描く巨編ドラマ、雑誌連載版が初復刻 中村光が「聖☆おにいさん」への影響を語る

皆ちゃんと服着てた気がするんですよ

「ブッダ」より、マーラがアナンダを誘惑するシーン。

──徹底的にそういうものが入り口なんですね(笑)。

もちろんそれだけじゃないんですけど(笑)、マーラは好きでしたね。

──マーラは手塚版ではセクシーな女性ですが、「聖☆おにいさん」では男性キャラとして描かれてます。

そうですね。女性にしちゃうとなんだか生々しすぎるので男性にしました。

──生々しい。

手塚先生のマーラはすごく誘惑するっていうキャラクターが全面に出てますよね。でも「おにいさん」だとそういう人がいてもギャグにしづらいし、話が同じ方向にしか進まないんですよ。ブッダがお色気攻撃を受けたとしても、ただただ困って終わりになっちゃう。

──なるほど。

「ブッダ」より、マガダ王国の王妃が身体に塗った蜜を王に食べさせるシーン。

手塚先生の作品では、お色気は大事な要素ですよね。マーラもですが「ブッダ」だと、女性キャラはほとんど上半身裸じゃないですか。当時の衣装が気になって史実を調べてみたことがあるんですけど、皆ちゃんと服着てた気がするんですよ。

──えっ、じゃあおっぱい出してないんですか?

誰も出してないんです!(笑) 手塚先生は過剰にエロく描かれてる気がしますね。マガダ王国の王妃が、幽閉されたビンビサーラ王のために身体に蜜を塗って食べさせるっていうシーンがありましたけど、子供の頃はあのシーンがずっと忘れられなかったです。「これは見ちゃいけないやつだ」って子供ながらに感じてました。

手塚治虫文化賞は心の大きな支え

──「ブッダ」を初めて読んだのは何歳の頃ですか?

小学校低学年かな? 兄が持っていたのを読んだのが最初でした。後は中学校の図書館に手塚作品がほとんど置いてたので、そこで通して読みましたね。「ブラック・ジャック」とかの有名どころから、「アドルフに告ぐ」「奇子」とかまでありました。

──「奇子」まで! 中学生には刺激が強いような……。

いま考えると、中学校には置いちゃいけない気がしますよね。「奇子」が誰の机にあるかって、いつもクラスの中で探り合ってました(笑)。

──じゃあ手塚先生の作品は、子供の頃からたくさん読まれてるんですね。

そうですね、全部というわけではないですが。家族も手塚作品が好きなので実家にもいろんな作品がありました。

──手塚作品の魅力って、ズバリなんだと思います?

うーん……。一番は、読み終わってがっかりするものが絶対ないことですね。好みでここがすごく良かったって思うことはあっても、この巻はハズレだったなって思うことがない。いつ何を読んでも、間違いなく楽しませてくれますよね。

──「聖☆おにいさん」では、2009年に手塚治虫文化賞の短編賞を受賞しました。手塚治虫という名を冠した賞を授与されるって、やっぱりマンガ家としては特別な感慨があるものですか。

中村光

もうとにかく畏れ多くて……。いまだにその話を振られると、(賞を)お返ししたほうがいいですか……? と言いたくなってしまいます。

──(笑)。

あのときは目標をどこに設定したらいいか、マンガ家としてどうがんばっていけばいいかわからなくなりました。「もういっか」って、終わった気持ちになってしまったんです。賞なんてずっと縁遠かったので。

──持て余してしまってた?

そうですね。20代前半でまだ若かったですし、プレッシャーというか、何かの間違いとしか思えなくて。でもいまはもう、「手塚治虫文化賞をもらったこともあるんだし、がんばろう!」って思える、心の大きな支えになってます。

堅苦しい宗教マンガではないので、手にとってみて

──マンガ家として、手塚先生から影響を受けている部分はありますか?

いやいや、そんなこと私が言うのはおこがましいというか……。マンガの基礎を作った方ですしもちろん影響は受けていると思いますが、具体的にはわからないですね。強いていえば、ベタ塗りの美しさにはとても憧れています。全部真ベタにしたときに、こんなにキレイにできるものかと。どんな美少年でも髪の毛をツヤツヤにしないんですよね。全部先生がやってるのか、アシスタントさんかはわからないですけど。

「ブッダ」より、「キング・コング」のパロディシーン。本全集で初収録される。※画像はデジタルリマスタリング前のものです。

──今回の「ブッダ 《オリジナル版》 復刻大全集」は雑誌と同じB5サイズで発売されるので、そうした作画の細かな部分も堪能できそうです。

手塚先生の絵が大きく見れるの、うれしいですね。細かい描き込みまでじろじろと見てしまいそう。

──それと、単行本収録の際に改稿することが多い手塚先生ですが、「ブッダ」も例外ではなく。今回の全集には雑誌に載っていたバージョンがそのまま載るので、単行本未収録のページもたくさんあります。

ヤタラがエンパイア・ステートビルに登ってる! こんなページ初めて見た気がします。突拍子もないから削ったんでしょうか。私はいまは文庫版しか持ってないんですが、この全集で初めて見るページもたくさんありそうですね。楽しみです。

──最後に、この全集で改めて「ブッダ」を読み直す人や初めて読む人も多いと思うので、コミックナタリー読者に改めて「ブッダ」の魅力を伝えていただけますか。

中村光

1巻の前半では戦争とか身分の差別とか、物語の背景ばっかり描かれてるので、もしかしたらそこで読むのをやめちゃう人がいるかもしれないと思うんですね。ブッダなかなか出てこないし(笑)。でも2、3巻くらいから人間味溢れるキャラクターがいっぱい出てきて、後半になればなるほどブッダの人間味も溢れ出てどんどん面白くなるので、ぜひ読み進めてほしいです。堅苦しい宗教のお話ではまったくないので、お勉強マンガだと敬遠せずに、手に取ってみてほしいですね。

手塚治虫「ブッダ 《オリジナル版》 復刻大全集」全10巻
手塚治虫「ブッダ 《オリジナル版》 復刻大全集」全10巻

全10巻/B5判(雑誌原寸大)/フルカラー/ブックケース入り
2014年1月下旬より、毎月1巻ずつ刊行予定
全巻セット 予価 税抜6万3000円
※各巻ごと単品(税抜6300円)でも購入可能
復刊ドットコム通販では3大特典付き

手塚治虫(てづかおさむ)
手塚治虫

1928年11月3日大阪府豊中市生まれ。5歳のとき現兵庫県宝塚市に引越し、少年時代をここで過ごす。1946年、少国民新聞大阪版に掲載された4コマ作品「マアチャンの日記帳」でデビュー。1950年、漫画少年(学童社)にて出世作となる「ジャングル大帝」の連載を開始。以降「火の鳥」「リボンの騎士」といった歴史的ヒット作を連発し、人気マンガ家としての地位を確立した。1963年、自身の設立したアニメスタジオ「虫プロダクション」にて日本初のTVアニメとなる「鉄腕アトム」を制作。現代のマンガ表現における基礎を打ち立てた人物として世界的な知名度を誇り、その偉大な功績から“マンガの神様”と呼ばれ支持されている。1989年2月9日胃癌のため死去、享年60歳。

中村光(なかむらひかる)
中村光

1984年4月21日生まれ、女性。2001年「海里の陶」で月刊ガンガンWING(スクウェア・エニックス)にてデビュー。2002年、同誌にてショートギャグ中心の「中村公房」を連載する。続いて2004年、ヤングガンガン(スクウェア・エニックス)で「荒川アンダー ザ ブリッジ」、2006年には「聖☆おにいさん」をモーニング・ツー(講談社)にて連載開始。シュールさとまったり感をうまく調和させたギャグで注目を得ている。