コミックナタリー PowerPush - 手塚治虫「ブッダ」

仏教の開祖描く巨編ドラマ、雑誌連載版が初復刻 中村光が「聖☆おにいさん」への影響を語る

巨匠・手塚治虫が、仏教の開祖であるゴータマ・シッダルタの生涯を描いた大河巨編「ブッダ」。潮出版社の月刊誌・希望の友(のちに少年ワールド、コミックトムへと改題)にて1972年から1983年にかけて連載されたが、その単行本化に際しては初出時から大幅な削除と改編が加えられていた。40余年もの間、一度も書籍化されていなかったその貴重な雑誌掲載版が、復刊ドットコムより全10巻で、ついに刊行を果たす。

コミックナタリーではこの発売を記念し、子供の頃から「ブッダ」に慣れ親しんできたという中村光にインタビューを実施。手塚治虫文化賞受賞のヒット作「聖☆おにいさん」にも大きく影響を与えている「ブッダ」の魅力について、存分に語ってもらった。

取材・文/岸野恵加 撮影/安井遼太郎

 
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中村光インタビュー

手塚先生のブッダは、品があってカッコいい

──「聖☆おにいさん」のブッダのビジュアルは、手塚先生の「ブッダ」を参考にして生まれたそうですね。

中村光

はい。手塚先生のブッダが美しくて大好きなんです。ブッダって特殊な外見だからきっと大変なんだけど、手塚先生はしっかり描いてるのにカッコいいからすごいなあと。

──しっかり描く、というと?

白毫とか螺髪とか、仏像でお馴染みのブッダのパーツがちゃんと描かれてますよね。こういうパーツを盛り込むと、ちょっと間違えると面白いビジュアルになっちゃう危険もあると思うんです。省略せずに描いてるのに、品があってちゃんとカッコいいし、肉体も美しくて。

──なるほど。ブッダの虜になる女性キャラもたくさん登場しますし、確かにどこか色気が漂っているというか。

デーパとか苦行者たちがみんなガリガリに痩せ細ってるのに、ブッダだけすごく綺麗で、特別扱いなところがいいですよね。「ドラゴンボール」でいうところの悟空みたいな存在というか、天才キャラを見ていてワクワクするのに近い感じ。出家したばかりのブッダが、いろんな行者のところに教えを請いに行くところも爽快でした。先生も悟れてないのに、ブッダは一瞬で悟って道場破りみたいにささっと出て行っちゃうっていう。「さすが俺たちのブッダさんは違う。超強えー!!」って感動しました。

「ブッダ」より、悟りを開いたシーン。

──あはは(笑)。

なんか極端な部分もあったりして、面白いんですよね。ブッダが悟りを開いて、「わかったぞ~っ」って絶叫しながら疾走するシーンとかおかしくて。マンガ家が脱稿した直後みたいなハイテンションで、山のてっぺんで何叫んでるんだろう? って(笑)。うちのブッダもよく独り言みたいなこと言ってるけど、きっとこういうところから影響を受けてますね。

引っ張られるから、あまり見ないようにしている

──「おにいさん」のブッダを描く際には、いまでも手塚版をよく見返すんですか?

いえ、できるだけ見ないように、自分の記憶を辿って描いてます。手塚先生のブッダが本当に魅力的だから、意識しすぎると引っ張られて、うちのブッダもどんどん美しくなっちゃうので。

──あまりに似すぎちゃう。

アナンダ。上は「ブッダ」、下は「聖☆おにいさん」より。

そうそう、気をつけてないと手塚版のパロディになっちゃうんです。「おにいさん」の中で、ブッダが手塚版のアナンダを好きすぎて、(「おにいさん」の)アナンダがもう少しワイルドだったら……って想像するネタをやろうとしたことがあったんですが、「これはダメだ!」と我に返ったこともあります(笑)。

──「おにいさん」のアナンダは手塚版とは性格もビジュアルもだいぶ違いますね。

元盗賊の殺人鬼っていう手塚先生のアナンダは、史実からだいぶかけ離れてるんですよね。史実のアナンダは結構美男子なので、「おにいさん」のアナンダはそこに忠実に、仏像を見ながら作りました。

──ブッダ以外に好きなキャラクターというと、やはりアナンダですか?

アナンダは好きですね。最後までブッダと一緒にいますし。でも一番好きなのは……アジャセ王子かな。

「ブッダ」より、アジャセ王子。

──えっ! それは意外です。

父を死に追いやった罪に苦しんでおでこが腫れてしまう姿とか、すごくかわいらしいじゃないですか。あとダイバダッタも好きですね。

──連続して悪役の名前が(笑)。

始めはすごく嫌なやつだけど、最後に「私ァ…あんたになりたくてなれなかった…」ってブッダへの思いを吐露して死んでいくのとか、グッときますね。でも本当に皆好きなんですよ。ミゲーラやタッタとか、史実にないオリジナルキャラもいいですよね。人間らしいキャラクターが周りにたくさんいるので、ブッダも気持ちが揺れざるをえないっていうところがすごくよくて。高尚な存在としてではなく、あくまでひとりの人間として描かれてるというか。

──確かに手塚先生の描くブッダは、感情豊かですね。

「ブッダ」より、ブッダがアナンダに語りかけるシーン。

ひとりでいたらきっとずっとカッコいいままなんだと思うんですけど、だらしない人とか荒くれ者が絡んでくることによって、彼が悩むところがすごくいいと思います。

──ブッダは常に悩み続け、周囲の人に教えを説いていきますが、特に心に残っているフレーズってありますか。

ベタだけど、「世界は美しい」ですね。死期が近づいたブッダが、アナンダに悲観しないようにと思って言ったセリフですが、ここは何度読んでも泣いてしまいます。

現実逃避は宗教書

──中村さんは仏教徒なんですか?

実家は仏教徒ではあると思うんですけど、何宗とかはよくわかってないです。法事のときとか太鼓を叩いたりしてましたが……。

──それが「聖☆おにいさん」の宗教ネタの元に。

いえ、あんまり調べないようにしてるんです。自分が特定の宗派だとはっきり認識してしまうと、無意識のうちにそっちに偏って描いてしまいそうなので……。小さい頃から宗教書を読むのが好きだったので、その記憶を掘り起こしてネタを考えてます。

「聖☆おにいさん」より、天使のラファエルとミカエル。

──子供の頃、自分で宗教書を買ってたんですか。

父が絵を描く仕事をしていたので、実家に資料としてたくさんあったんです。父の仕事部屋でいつもテスト勉強してたんですが、山ほど積まれたそういう本を読んで現実逃避してました。「堕天使超カッコいいなー」って勉強そっちのけで読みふけっちゃって。中ニ病の人って、天使について調べたりするじゃないですか。

──ああ……ガブリエルとかルシファーとか、天使の名前やたら覚えちゃったり。

一番好きだったのはギリシャ神話で、そこから羽が生えてるキリスト教の天使の方に行って。ミカエルが違う名前でほかの宗教にもいるとか、天使のことを調べるうちに数珠つなぎでいろんな宗教にハマりました。仏教のほうにも羽が生えてる天使がいて。

──仏教に天使が?

天狗に近いものなんだけど、すごいカッコいいんですよ。でも仏教にのめりこんだのは手塚先生の「ブッダ」を読んでからですね。マーラを見て、やっぱり悪魔とかカッコいいなあと思って。

手塚治虫「ブッダ 《オリジナル版》 復刻大全集」全10巻
手塚治虫「ブッダ 《オリジナル版》 復刻大全集」全10巻

全10巻/B5判(雑誌原寸大)/フルカラー/ブックケース入り
2014年1月下旬より、毎月1巻ずつ刊行予定
全巻セット 予価 税抜6万3000円
※各巻ごと単品(税抜6300円)でも購入可能
復刊ドットコム通販では3大特典付き

手塚治虫(てづかおさむ)
手塚治虫

1928年11月3日大阪府豊中市生まれ。5歳のとき現兵庫県宝塚市に引越し、少年時代をここで過ごす。1946年、少国民新聞大阪版に掲載された4コマ作品「マアチャンの日記帳」でデビュー。1950年、漫画少年(学童社)にて出世作となる「ジャングル大帝」の連載を開始。以降「火の鳥」「リボンの騎士」といった歴史的ヒット作を連発し、人気マンガ家としての地位を確立した。1963年、自身の設立したアニメスタジオ「虫プロダクション」にて日本初のTVアニメとなる「鉄腕アトム」を制作。現代のマンガ表現における基礎を打ち立てた人物として世界的な知名度を誇り、その偉大な功績から“マンガの神様”と呼ばれ支持されている。1989年2月9日胃癌のため死去、享年60歳。

中村光(なかむらひかる)
中村光

1984年4月21日生まれ、女性。2001年「海里の陶」で月刊ガンガンWING(スクウェア・エニックス)にてデビュー。2002年、同誌にてショートギャグ中心の「中村公房」を連載する。続いて2004年、ヤングガンガン(スクウェア・エニックス)で「荒川アンダー ザ ブリッジ」、2006年には「聖☆おにいさん」をモーニング・ツー(講談社)にて連載開始。シュールさとまったり感をうまく調和させたギャグで注目を得ている。