コミックナタリー Power Push - 「アマイタマシイ~懐かし横丁洋菓子伝説~」 作者・杉本亜未×お菓子研究家・福田里香対談

スイーツよ、永遠に! 未来へ引き継ぐ幸福感

少女マンガに出てくるケーキを真似して描いていた幼少期

──杉本さんは、もともとお菓子を題材にしたマンガを描きたいと思っていたんですか?

杉本亜未

杉本 憧れはずっとありました。小さいときに里中満智子先生の「Pinkyピンク」という、ミンクを飼っている少女がパティシエを目指すマンガを読んだときに、そこに出てくるケーキがすごく美味しそうに感じて。よく真似して描いたりしていたんです。

──ヒロインの女の子を真似して描いてみる、とかではなくケーキを。

杉本 なんでこんなに美味しそうに見えるのかなと思って。松苗あけみ先生の描くケーキも異常なほど美味しそうに見えて、よく真似してました。みんなしませんかね?

福田 私はしました。

杉本 しましたよね!

パティスリーパクタージュのケーキ。

福田 私がお菓子を好きになったきっかけもマンガの影響がすごく大きくって。萩尾望都先生のデビュー作の「ルルとミミ」という作品は、姉妹がケーキを作ってコンクールに出展するお話なんです。だけど姉妹は優勝もしなければ成功もしない。2人の作ったケーキをきっかけにギャングをやっつけるというストーリーで。萩尾先生のマンガだと「ケーキケーキケーキ」という作品も好きなんですけど……。

杉本 名作ですよね。

福田 その作品も、主人公の女の子がケーキのコンクールに出場するんだけど、ライバルに負けちゃうんです。だけど、大事なのは勝ち負けじゃないよねっていうことを感じて。「ルルとミミ」も「ケーキケーキケーキ」もすごく感動したんです。

──勝ち負けよりも、もっと大事なものがあると。

福田 そこに感銘を受けました。料理研究家になる人って、祖母や母も料理が好きでっていう人が多いんですけど、私は完璧にマンガからで。やっぱり、大島弓子と萩尾望都のマンガの中に出てきたお菓子の刷り込みがすごく強いですね。

お前はもう食べている

杉本 「ケーキケーキケーキ」はグッと来ますよね。私は子供のころ、内田善美先生のマンガに出てきたスミレの花びらの砂糖漬けをずっと「どんな味がするのかな?」と夢見ていて。だけど、大人になって食べてみたら、思っていたほどのものではなかったんですよね。私の中で内田先生が描いたスミレの花びらの砂糖漬けは、もっと芳しいものだったんですけど……。

福田里香

福田 わかります。要は2次元と3次元を混同しちゃいけないんですよね。結局、マンガに出てきたものを実際に食べることができても、もうその感動は味わえないんですよ。(「北斗の拳」の)ケンシロウ風に言うと「お前はすでに食べている」状態で。

──「死んでいる」ならぬ(笑)。

福田 味わうっていうことはそういうことで。脳が一番美味しいと思った瞬間にもう味わってるんですよ。だから実際に食べたいと思うのは、コンプリート欲で。その作品を愛してるから、食べることでコンプリートしたいと思ってるという。

杉本 ああ、わかります……。

福田 モデルになったものを知ったら、行って食べてみたくなるんだけど、食べられたとしてもそれは裏取りでしかなくって。マンガを読んだときに、すでに美味しさのピークは超えてるんですよ。だけどそういうビジュアルや物語として脳に入ってきたものを「美味しい」と感じちゃうのは、人間特有ですよね。だって猿に見せてもわからないでしょ、本物じゃないと。だけど人間の頭はそうじゃないんですよね。

ケーキの中身や、香りまで想像して描く

福田 「アマイタマシイ」にジャニーヌというケーキが出てくるじゃないですか。これをスミレ色のケーキにしたのは、内田善美先生の影響ですか?

「アマイタマシイ~懐かし横丁洋菓子伝説~」より。

杉本 ええ、やっぱり子供のときからすごくドリームを感じていたので。最近になってイスパハンなどのバラのフレーバーのケーキって出始めましたけど、スミレのフレーバーって実はそんなにはなくて。

福田 日本にはないですよね。

杉本 なので、スミレの香りのお菓子があったらどうかなと。紫色のケーキって、優雅でスペシャルな感じもするじゃないですか。作品に出すケーキを考えるときは、中に何が入っているかとか、どういう香りがするかまで考えて描くんです。

──ジャニーヌはシェフの娘の名前、という設定も描かれていました。

杉本 ええ。お店のスペシャリテ(※1)として、シェフの気持ちが込められたオリジナルのケーキがあったらすごく素敵だなと思ったんです。あとはショートケーキならショートケーキ、チーズケーキならチーズケーキで、自分で一番美味しいと思ったケーキを想像しながら描いていました。

パティスリーをきっかけに街おこしを

──杉本さんが「アマイタマシイ」を描くうえで、特にこだわりを持った部分はどこですか?

「アマイタマシイ~懐かし横丁洋菓子伝説~」より。

杉本 やっぱりケーキが出てきたときの幸福感を大事にしたいなと。ケーキを目の前にしたら、どんな人でも笑顔になってしまうと思うんですよ。じゃあ、そのケーキが持っている力を何かに利用したらどうなるんだろう、と考えたのがこの物語が生まれたきっかけでした。「ファンタジウム」の取材で故郷の鶴見のほうへ帰ることがあったんですけど、どこか街に寂れた感じがして。パティスリーとかもあるんですけど、栄えてはいない。でもきっと、そこで「バースデーケーキ承ります」なんて書いてあったら、ここにケーキを買いに来て楽しい思いをする家族はいるはずだろうなと想像したんです。

福田 うんうん。

杉本 なので例えば寂れた街にある日素敵なパティスリーができたら、絶対に求心力があるだろうなと思って。そこから街おこしができないかなと考えたのが最初でしたね。美味しいケーキ屋さんがあるって知られ始めたら、私たちのようにどこかからか噂を聞きつけたマニアが遠くからも来るだろうし、そこをきっかけに街が栄えていって、人が集まる場所になっていったら素敵だなと。

杉本亜未

──羽衣も「プチ・セヴェイユが牽引して この街が少しでも息を吹き返すのがわたしの夢なんです」と語っていましたね。

杉本 はい。人々が楽しくて幸せな気持ちになるファクターのひとつとして、ケーキ屋さんがあったらいいなと思ったんです。

福田 何かものを作ってそれを買ってくださる人がいるって、それだけでも幸せなことだと思いますけど、羽衣ちゃんはもっと大きく捉えていて、街づくりを考えている。彼女がそれに誇りを持ってやっていることも素晴らしいですよね。そういう意味では料理マンガとしてだけではなく、お仕事マンガとしても楽しめました。

※1 店の看板料理。[↑戻る

杉本亜未「アマイタマシイ~懐かし横丁洋菓子伝説~」全3巻 / 各1620円 / 復刊ドットコム
全巻購入はこちら
1巻 / 2016年8月中旬配送
2巻 / 2016年10月中旬配送
3巻 / 2016年12月中旬配送
1巻収録エピソード
  • 小さな目覚め
  • スイーツ四天王の挑戦
  • みんなの夢
  • ワイルドサイドを歩け!
  • そして、タマシイの集まるところ
  • 名声と職人
  • 甘き戦いの刻は来れり
  • 描き下ろし18ページ
2巻収録エピソード
  • 運命が強くあれと囁いている
  • ティル・ビクトリー
  • GOGO!サンクチュアリ
  • 美しく甘く愛らしいバベル(*)
  • TO RULE THE NIGHT(*)
  • COLDHEAT(*)
  • Love Jossie アマイタマシイ Rising(*)
  • 描き下ろし8ページ
3巻収録エピソード
  • KEEP ON! 甘い魂!(*)
  • デパート!地下物語!(*)
  • デパ地下と商店街のあいだ(*)
  • MAKE A HAPPY~幸せを作ろう!~(*)
  • デパ地下戦線異状あり?(*)
  • I WILL SURVIVE(*)
  • 物質文明の幻想(*)
  • 甘い魂が自由になる場所を探して(*)
  • 描き下ろし6ページ

*印は初単行本化となるエピソード。

あらすじ

きっかけは、幼い頃に夢中で食べたあのケーキ。
スイーツ好きで意気投合した羽衣と賀句は、天才パティシエ・熊谷周作シェフを口説き落とし、共同で洋菓子店を経営しようと決意した。
しかし、シェフは恐るべき超変人だったのだ…!!
材料費を惜しまぬ熊谷シェフの方針で、店の経営状態がみるみる悪化していく。
そこへTV番組のスイーツ対決出場の話が舞い込む。
店の宣伝を目指し、出場することになるが、対決相手たちは強者揃い!
果たしてスイーツ対決の行方は!?
一方、洋菓子店の繁盛のおかげで活気づいてきた商店街には、不穏な影が忍び寄っていた…。
杉本亜未の傑作コメディ、初の全単行本化!

杉本亜未(スギモトアミ)
杉本亜未

マンガ家。代表作に「Animal X」「ファンタジウム」ほか。

福田里香(フクダリカ)

お菓子研究家。マンガ好き。著書にマンガをイメージしたレシピ&コラム集「まんがキッチン」(アスペクト)、画像の中のフードに関するエッセイ集「ゴロツキはいつも食卓を襲う」(太田出版)がある。