ナタリー PowerPush - 冨田勲×宇川直宏

電子音楽の巨匠が描く新たな世界

元祖シンセサイザーの通関手続き

手前から宇川直宏、冨田勲。

宇川 冨田先生がシンセサイザーの名器であるモーグ(moog III P)を輸入したときのことを、ナタリーの若い読者にも教えてあげてください。通関で兵器と間違えられたという話がありますよね(笑)。

冨田 そうですね。えらい目に遭いました(笑)。

宇川 シンセサイザーっていう楽器自体が当時は非常に珍しかったわけですよね。

冨田 誰もわからないですからね。通関員に「これはなんなのか説明しろ」と言われても、こっちもこれから研究するわけだから説明のしようがない。それで結局モーグは千葉県の原木にあるJALの倉庫に入れられちゃって。関税は高くてもいいからとにかくなんとか早く出してくれってことで日参しましたよ。でも相手は役人ですからね。なかなか話が通じない。それで本国に連絡して、誰かがモーグの前で演奏してる写真をとにかく送ってくれと。

宇川 そこでキース・エマーソンの演奏写真を郵送してもらい、ようやく理解してもらったと(笑)。これが楽器だということを証明しなければならなかったわけですね。

冨田 そうなんです。1カ月くらい交渉して、関税やら倉庫の保管料やらを言われる通りに払って。それでやっと通関手続きが終わったというね。

宇川 当時の価格で1千万円したと聞きましたが。

冨田 うん。なにしろ1ドルが360円の時代ですから。本来ならばもっと安い金額で買えたはずなんだけど、円の価値が低かったためにそういうことになったんですよ。

宇川 当時のモーグにマニュアルのようなものはあったんですか?

冨田 あることにはありましたけどね、それは1つひとつのモジュールの説明だけなんです。それを総合するとどうなるのかはユーザーが自分で考えなさいっていう代物でしたね。

時間を忘れて没頭する幸せ

宇川 冨田先生がシンセサイザーを個人で購入して日夜機材と格闘していた当時の状況を考えると、先生はある意味デスクトップミュージックの先駆者でもあるわけですよね。

冨田勲

冨田 まあ当時は2インチのこんな太いテープで、16チャンネルとか24チャンネルしかありませんでしたけどね。今は便利になりました。こんな話を今の時代にしても仕方がないですけど(笑)。

宇川 当時モーグを手にした先生の音楽制作環境と、初音ミクを手にした現在の若者の音楽制作環境は近い風景であろうと僕は思うんです。両者とも手探りでマニュピレートし、マニュアルを越えた世界の中で調律・調教して、音を描いていくというイメージがあるのです。

冨田 そうですね。同じだと思いますよ。たぶん今の若い人も興味を持つと時間が経つのを忘れちゃうっていうか、宇川さんもそういうところあるんじゃないですか?

宇川 ありますね。没入するほど意識を注がねば傑作は生まれませんからね。

冨田 やっぱり時間を忘れて没頭しているときってすごく幸せなんですよ。もちろん眠いし、大変なんですけど……。

宇川 当時は先生も徹夜の連続だったと聞いております。

冨田 大変だったけれども、なんだか恍惚とした至福感があってね。この感覚は経験したことのある人ならわかると思うんだけど。

宇川 全知全能感ですね。先生と僕が通じ合えるのは隔世遺伝的に、変性意識状態を共有できているからだと感じています。

音に残る自分の手垢

宇川 最後に、冨田先生から現在の若いミュージシャンに何かアドバイスがあればいただきたいんですけど。

冨田 やはり自らの工夫によってさまざまな音楽を作ることができるわけですから、それを楽しんでほしいですね。シンセサイザーにプリセットされている音だけではどうしても限界があるので、何かそこに新しく自分の音を加えてみたり。そうするとシンセサイザーの中に自分が入り込むんですよね。あれはどうしてなのかな。僕もよくわからないですけど(笑)。

宇川 とても興味深いです。

冨田 今は技術が発達して簡単に音楽が作れるようになっていますから、どんな音であっても自分のイメージに合うものはそのまま使えばいい。それによって個性を表現することもできるので一概にプリセットの音がよくないとは言えないのですが……。ただ、自分で苦心して作り出した音の中には、やはり自分という存在が入り込むのです。僕の場合でも自分らしさが出ているのは初期の頃の作品なんですよ。「月の光」とか「展覧会の絵」とか「惑星(プラネット)」とか。当時使っていたモーグはものすごく不便でしたから、制作は大変苦労しました。でも今になって振り返ってみると、使いやすく簡単になったシンクラヴィアとかは、やっぱりね、それなりの音しか出てないように感じますね。

宇川 なるほど。そう考えると当時のモジュラーシンセサイザーは強い身体性を伴っていると思うんです。今聴いても先生の手垢を感じるといいますか。

冨田 手垢ですか(笑)。

宇川 そう思うんです。今は音楽制作がコンビニエンスに執り行えるぶん、逆に作品に作家の刻印を押すことが難しくなっている。自分の手垢を意識しないと、作品に自身を反映させられないまま自動的に完成に至ってしまう。その反動として現在、世界的にモジュラーシンセブームが起きていますが、それはやはり先生が当時モーグを手に入れて、無意識に音に没入していた、あの身体性を伴ったアナログ世界に電子音楽そのものが回帰してるということだと思うんです。そう考えてみれば先生の当時の作品を改めて捉え直すことが、現在のクリエイターにとっての啓発になるんじゃないかと思います。

冨田 確かに初期の作品は今聴くと音楽的にはちょっと恥ずかしいなと思うところもあるんですが、ただ自分が表現しようとしていた独特な世界であったり、自分なりの個性みたいなものがそこにあるんですよね。当時は本当にね、もう寝袋を部屋に持ち込んで。

宇川 スタジオでキャンプですか?(笑)

冨田 そう。そこで寝るか、あるいは気候のいいときには籐椅子で寝るんですよ。そうすると腰が痛くなってくるので、それが目覚ましになって2時間くらいで起きるという。

宇川 そして起きたらまた電子音の世界に引きこもり……(笑)。今デスクトップで音楽を制作している若者もそんな感じかもしれませんね。

冨田 だからね、超オタクにならんとダメですね。オタクっていうのはいいものなんですよ(笑)。

左から冨田勲、宇川直宏。
ニューアルバム「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」 / 2014年3月19日発売 / 2940円 / 日本コロムビア / COGQ-67
「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
「ISAO TOMITA Pictures at an Exhibition -Ultimate Edition- 冨田勲 展覧会の絵 アルティメット・エディション」
収録曲
  1. プロムナード~こびと
  2. プロムナード~古城
  3. プロムナード~チュイルリーの庭
  4. ビドロ
  5. プロムナード~卵のからをつけたひなの踊り
  6. サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ
  7. リモージュの市場
  8. カタコンブ
  9. 死せる言葉による死者への話しかけ
  10. バーバ・ヤーガの小屋
  11. キエフの大門
  12. シェエラザード(リムスキー=コルサコフ)(ボーナストラック)
  13. ソラリスの海(J.S. バッハ)(ボーナストラック)
ライブBlu-ray「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」2014年3月19日発売 / [Blu-ray Disc] 5040円 / 日本コロムビア / COXO-1074
「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
「ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 冨田勲 イーハトーヴ交響曲」
収録内容
  1. 剣舞 / 星めぐりの歌
  2. 注文の多い料理店
  3. 風の又三郎
  4. 銀河鉄道の夜
  5. 雨にもまけず
  6. 岩手山の大鷲(種山ヶ原の牧歌)
  7. リボンの騎士
  8. 青い地球は誰のもの
特典映像
  • 冨田勲インタビュー~岩手山を背に語る
  • 「リボンの騎士」3D Version
冨田勲(とみたいさお)
冨田勲

1932年生まれ、東京都出身。大学在学中から作曲家として活動を始め、映画やテレビ番組などさまざまな分野で多くの作品を世に送り出す。1971年にモーグシンセサイザーを日本で初めて個人輸入し、新たなスタイルでの音楽制作を開始。1974年に発表した「月の光」が全米ビルボードクラシカルチャートの1位を記録し、日本人として初めてグラミー賞にノミネートされるなど世界的な支持を獲得する。近年は、宮沢賢治の作品世界を題材に初音ミクがボーカルを担当する組曲「イーハトーヴ交響曲」の公演を2012年11月より行ったほか、2013年7月には千葉・幕張メッセで開催された「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」に出演。「ドーンコーラス(暁の合唱)」のパフォーマンスで大きな反響を呼んだ。

宇川直宏(うかわなおひろ)
宇川直宏

1968年生まれ、香川県出身。グラフィックデザイナー、映像作家、ミュージックビデオディレクター、VJ、文筆家、京都造形大学教授、そして“現在美術家”などなど、幅広く極めて多岐にわたる活動を行う全方位的アーティスト。2010年3月に個人で開局したライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」は、開局と同時に記録的なビューアー数を叩き出し、国内外で話題を呼び続ける。現在彼の職業欄には「DOMMUNE」と記載されている。2013年7月には千葉・幕張メッセにおいて東日本大震災被災地支援イベント「FREEDOMMUNE 0<ZERO> ONE THOUSAND 2013」を開催した。