ナタリー PowerPush - 椎名林檎

ヒャダインとの対談&単独インタビューで明かす 「逆輸入」から「NIPPON」まで

体育の成績はずっと5

──椎名さんはちょうどJ-POPという言葉が世間に定着した1990年代後半にデビューしました。それから15周年を迎えて、当時から今日までをざっくりと振り返って感じることは?

私はJ-POPという言葉が出現したことによって、“誰でも歌っていい時代”が到来したと捉えていて。そして当時から自分の役割として、それとは真逆のことを伝承していかなければという使命感は持っていたような気がします。やっぱり私自身は作家が作った音楽に命を差し出す歌手の素晴らしさに魅了されてきた人間なので、そんなふうに歌って頂ける楽曲をご用意する役を、生涯かけてやっていけたらと思っています。

──では作家業に関して、今後目標にしたいことは?

日本の歴史を紐解いてみると、かつて愛された多くの芝居や歌は、そのほとんどが男による男のためのものでした。ですから私は女のための女による、男なんぞにわかってたまるかという、女の業の専門家としての音楽を書きたいですね。「ライバルはセルジュ・ゲンズブールです」と宣言して(笑)、“大和撫子のデカダン”を鳴らすために、日々奮闘したいと思っています。

──椎名さんの「作家業」と「アイコン業」のハイブリッドな最新ミッションが、NHKサッカー放送のテーマソングに使用されている「NIPPON」です。聴かせていただいて、バシッとシュートが決まったような感じを受けました。

椎名林檎「NIPPON」アーティスト写真

まあ。そう感じていただけるとうれしいです。東京事変では、肉体性を追求するアルバム「スポーツ」を制作しましたし、幼少期はサッカー王国と呼ばれた静岡・清水で過ごし、体育の成績もずっと5で……。

──えっ、そうだったの?

む。そうやって意外がられるとすごく心外ですよ。だって高校時代のマラソン大会では、陸上部の子に次ぐ2位でしたし。そうじゃないとできないようなことだってライブでたくさんやってきたはずなのに。お忘れでしたか?(笑)

──ごめん。確かにおっしゃる通りです。

だから私としては「やった、NHKの人がようやく私の筋肉を見つけてくれた! うれしい!」みたいな気分だったんだけど、世間の方々にとっては私が思っていた以上に意外な人選だったようで、これは手厳しいなあと(笑)。もうプレッシャーがハンパじゃなかった。あまり言いたくないけれど……もう少しで難産になるとこでした。

──そこまでヘビーでしたか。

分娩室に入ってからは早かったのですが、陣痛がなかなか来なくて。今回ばかりは一大事という感じで、周囲の人々がいつも以上に助けてくれました。安産祈願のお守りのごとく、本質的な言葉をくださる方もいらして。実際それでやっと陣痛促進されましたから。もう一生忘れられないだろうと思います。実際にスタジオにいなかった方のエールも、何もかも曲の中にひしめき合って生きています。だからできあがったときは珍しく深い感慨がありましたよ。比喩ではなく、本当にずっとお腹が痛かったから(笑)。

──でもその甲斐あってか「NIPPON」には、限りある生を謳歌せんとする、椎名林檎がこれまでに音楽で描き続けてきたフィロソフィが集約されているようでした。

最終的にはそうなりましたね。答えは最初から自分の中にあったんだなって思います。

“私のスターティングメンバー”を集めたシングル

──これは私感ですが、「NIPPON」を聴いて、解散後初めて東京事変を思い出しました。事変の「新しい文明開化」がなかったら、この楽曲は生まれなかったんじゃないかと。

おっしゃる通りです。「文明開化」だけじゃなく、事変を含む私の可能性のすべてを入れ込みたいと思っていましたので、そこははっきり自覚しています。せっかく事変のみんなから学んだものや受け取ってきたものを、全部入れなきゃ嘘だろって。直接みんなに手伝ってもらわずとも、「あのスピリットだけは」「おダシだけは」みたいな気持ちがありました。

──イントロのタイトなリズムが印象的ですね。

ドラムは河村“カースケ”智康さんです。「正しい街」(※1stアルバム「無罪モラトリアム」の1曲目)同様、このリズムが死ぬ間際に聞こえたらうれしいですね。今回のレコーディングのミュージシャンは、カップリングも含めて今の私にとっての代表選手に集まってもらいました。普段はよそに散り散りなって戦っているけれど、この日のために集まってくれた、私のスターティングメンバーです。“勝ちにいく”曲……というか“勝ちにしかいかない”曲にしようと思ったので。

──カップリングの「逆さに数えて」については?

「NIPPON」が“ハレ”なら「逆さに数えて」は“ケ”。非日常の勝負へ打って出る土壇場で、やっと慌ててもあとの祭りでしょう。日常をどう過ごすかが残酷にも勝敗を決めてしまう。いざ勝負のとき、楽しめるかどうかを我々は日々問われ続けているのではないでしょうか。また、常々ハレの緊張感を持って過ごすのも、ひとつの哲学だとも私は思っています。

──今回のシングル、汎用的な言葉やバイアスをかけずに“NIPPON”と直球勝負的に命名したところに、椎名さんの強い意志を感じます。

この国の、本来の精神性をスケッチしたいと思ったのです。それは大変静かなものだと思います。恥を知る民族だからです。感情が大きく振れたときこそ、隠す。この美徳がそのまま、和を重んじる競技においての大きな強みにもなっているのではないでしょうか。日本人のポーカーフェイスを見抜ける国はどこでしょう。味方同士、秘密のサインを送りあうような、目配せをし合うような、そんな数分間を切り取ろうと努めた1曲です。

──そういう曲になっていると思うし「えっ? 椎名林檎がNHKサッカー放送のテーマ?」と驚いた多くのリスナーにも、きっと納得してもらえる満額解答だと思いますよ。

ありがとうございます。そうなってくれるように、今はただ願っています。

セルフカバーアルバム「逆輸入 ~港湾局~」 / 2014年5月27日発売 / Virgin Music
初回限定盤 [CD] / 3780円 / TYCT-69017 / ケース付きハードカバー・ブック仕様
通常盤 [CD] / 3240円 / TYCT-60035
収録曲
  1. 主演の女 / PUFFY[編曲:大友良英]
  2. 渦中の男 / TOKIO[編曲:上田剛士(AA=)]
  3. プライベイト / 広末涼子[編曲:前山田健一]
  4. 青春の瞬き / 栗山千明[編曲:冨田恵一]
  5. 真夏の脱獄者 / SMAP[編曲:大沢伸一]
  6. 望遠鏡の外の景色 / 野田秀樹[編曲:村田陽一]
  7. 決定的三分間 / 栗山千明[編曲:中山信彦]
  8. カプチーノ / ともさかりえ[編曲:小林武史]
  9. 雨傘 / TOKIO[編曲:根岸孝旨]
  10. 日和姫 / PUFFY[編曲:日高央]
  11. 幸先坂 / 真木よう子[編曲:佐藤芳明]
椎名林檎(シイナリンゴ)

椎名林檎

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には、さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’0~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月はデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催した。2014年には、自身が他アーティストへ提供してきた11曲をセルフカバーしたコンセプトアルバム「逆輸入 ~港湾局~」をリリース。全収録曲で異なるアレンジャーを起用したことも話題を集めている。6月11日にはNHKサッカー放送のために書き下ろした新曲「NIPPON」を発売する。