ナタリー PowerPush - 椎名林檎

濃密な15年の軌跡

1998年にシングル「幸福論」で鮮烈なデビューを飾った椎名林檎が、今年デビュー15周年を迎えた。

これを記念して、1998年から今年にかけて客演という形で“男性”アーティストと奏でた楽曲より椎名林檎自らが編纂したコラボレーションベストアルバム「浮き名」、そして歴代のライブからの厳選音源を収録したライブベストアルバム「蜜月抄」が同時リリースされた。

今回ナタリーは特集を組み、「浮き名」と「蜜月抄」の2作を軸に“アーティスト椎名林檎”の魅力に迫った。

文 / 内田正樹

 
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コラボレーションベストアルバム「浮き名」 / 2013年11月13日発売 / EMI Records Japan
初回限定盤 [CD] / 3800円 / TYCT-69005
通常盤 [CD] / 3150円 / TYCT-60008
収録曲
  1. やさしい哲学 / 冨田ラボ feat.椎名林檎
  2. CRAZY DAYS CRAZY FEELING / ZAZEN BOYS
  3. ロッキンルーラ / MO'SOME TONEBENDER
  4. IT WAS YOU / 椎名林檎と斎藤ネコカルテット
  5. Rock & Hammer / 谷口崇
  6. You make me feel so bad / ZAZEN BOYS
  7. 熱愛発覚中 / 椎名林檎と中田ヤスタカ(CAPSULE)
  8. MY FOOLISH HEART ~crazy on earth~ / SOIL & "PIMP" SESSIONS×椎名林檎
  9. あまいやまい feat.椎名林檎 / マボロシ
  10. 危険すぎる / 浅井健一
  11. becoming / 谷口崇
  12. きらきら武士 feat.Deyonna / レキシ
  13. 殺し屋危機一髪 / SOIL & "PIMP" SESSIONSと椎名林檎
  14. APPLE / TOWA TEI with Ringo Sheena
  15. Between Today and Tomorrow / 椎名林檎と斎藤ネコカルテット
ボーナス・トラック
  1. MY FOOLISH HEART ~crazy on shibuya~ / SOIL & "PIMP" SESSIONS×椎名林檎

かつて「異論もあるかもしれないが」と前置いて、椎名林檎はこう公言していた時期があった。

「女性は個性を持たないと私は思う。というより、持とうという意識があまりない。そして言葉に変換する前に感じるところがある。(中略)それは恥ずかしくもありながら、およそ女性である限り、否定できないこと」(椎名)

また近年のインタビューで、彼女はよくこう口にしてきた。

「“あるといいな”が“ある”。そういう気持ちで音楽を作ってきた」(椎名)

男性(アーティスト)に求められる“椎名林檎”としての自覚。そして“音楽は常にリスナーからのニーズありき”というモットー。彼女が持つこうした精神性のクロニクルが、この椎名林檎篇による「浮き名」なのである。

「(コラボとは)実地の出会い頭、たったの一音で、相手の生まれた起源までをも遡る神秘的な体験。口では言い表せないほどの大きな悦を覚えられる、特別な瞬間です」(椎名)

主に客演という名のコラボレーションによって彼女が“浮き名”を流した相手は冨田ラボ、ZAZEN BOYS、MO’SOME TONEBENDER、谷口崇、SOIL & "PIMP" SESSIONS、マボロシ、浅井健一、レキシ、TOWA TEIと、紳士録にはいずれ劣らぬ個性派たちが並ぶ。そして逢瀬の作法はボーカル、鍵盤、コーラスに作編曲と、まさに手練手管の四十八手だ。レコーディング時点で相手のニーズ / 楽曲に対して“あるといいな”と思える音色を、あらゆるアプローチを駆使して全てDIYによって添えることが出来る。彼女の音楽家としての高度な汎用性と資質にはただただ驚くばかりである。そして歌姫役を気持ちよく演じることで開放されたボーカリストとしてのポテンシャル。ロックンロールからジャズにヒップホップまで、ジャンルを問わない運動神経の柔軟さなど、相手に対するリスペクトは大前提として、本作からは椎名の持つさまざまな表情が垣間見える。

加えて本作では白眉な新曲が聴ける。まず「IT WAS YOU」はアメリカンポップスの巨人、バート・バカラック(!)からの提供曲だ。感情を吐露するように語りかけるボーカルと共に聴こえてくる、心許なさを繊細に積み重ねたようなピアノの旋律は、椎名自身のプレイによるもの。静謐から荘厳へと様変わりする楽曲のスケールは、静かに、強く、深い余韻をリスナーに与えるだろう。

さらにもう一曲の「熱愛発覚中」は、椎名発信のニーズに応える形で、中田ヤスタカ(CAPSULE)が編曲を手掛けている。「国家復興途中」や「ε(イプシロン)」といった2013年的なワードを散りばめた椎名のキュートなポップセンスと、中田のエレクトロマナーが挑発的な火花を散らす、殺傷力と中毒性を兼ね備えた注目のデジタルポップだ。

ここまで書き連ねてなんだけれど、端的に言ってしまえば、全曲やたらと色っぽくて、ともかくカッコいい。かつて「スカートに導かれて魂に到達した」と書いたのはフランスの作家ブレーズ・サンドラールだったが、本作の中の椎名は男性アーティストへの恋慕に導かれて、女性として自らの手を相手に添えるように“音楽”へと到達しているようだ。しかし見方を変えれば、従順なパートナーを全うすることで女っぷりを上げながら、実は数々のエクスタシーを得ているのは他でもない椎名の方かも、と考えると、そのアプローチはむしろ男性的であるとさえ言えるのかもしれないが。

やはり、あらゆる意味で魅惑のコラボレーションベストアルバムである。


ライブベストアルバム「蜜月抄」 / 2013年11月13日発売 / EMI Records Japan
初回限定盤 [CD] / 3800円 / TYCT-69006
通常盤 [CD] / 3150円 / TYCT-60009
収録曲
  1. 本能 [“下剋上エクスタシー”2000.4.26 NHKホール]
  2. 歌舞伎町の女王[“座禅エクスタシー”2000.7.30 飯塚嘉穂劇場]
  3. ありあまる富[NHK「SONGS」2009.6.24 放送]
  4. 迷彩[“第一回林檎班大会の模様”2005.12.13 恵比寿ガーデンホール]
  5. 今夜だふ[発育ステータス"御起立ジャポン"2000.7.8 新宿リキッドルーム]
  6. 茜さす帰路照らされど…[“座禅エクスタシー”2000.7.30 飯塚嘉穂劇場]
  7. 積木遊び[“下剋上エクスタシー”2000.4.26 NHKホール]
  8. 浴室[“座禅エクスタシー”2000.7.30 飯塚嘉穂劇場]
  9. 茎(STEM)[“Ringo EXPo 08”2008.11.30さいたまスーパーアリーナ]
  10. りんごのうた[“第一回林檎班大会の模様”2005.12.20 代官山UNIT]
  11. 罪と罰[“Electric Mole”2003.9.27 日本武道館]
  12. 丸ノ内サディスティック[“Electric Mole”2003.9.27 日本武道館]
  13. 密偵物語[NHK「SONGS」2009.7.1 放送]
  14. あおぞら[“下剋上エクスタシー”2000.4.26 NHKホール]
  15. ポルターガイスト[“賣笑エクスタシー”2003.5.27 九段会館]
  16. この世の限り[“Ringo EXPo 08”2008.11.30さいたまスーパーアリーナ]

本作の発売に先駆けて、筆者は周囲で多くの悲鳴を聞いた。本作発売直後にデビュー15周年を記念したライブ「椎名林檎十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会」が開催されるのだが、そのチケット争奪戦が熾烈を極めていたからである。そりゃそうだ。横浜アリーナや武道館が埋まるアーティストなのに(全5日間あるとは言え)Bunkamuraオーチャードホールなのだから。

思えば1998年、初々しくも毒々しい、パンキッシュな魅力を放って登場した自作自演家・椎名林檎の存在は、当時のJ-POPシーンに絶大な変革をもたらした。斬新な言語感覚と叙情的なメロディを駆使して、肉体と精神の全てを音楽に注ぎ、欠落と刹那の物語を引っさげて、彼女は突然姿を現した。ブームと言う名の狂騒の中、リスナーと刺し違えるような覚悟で、まさしく身体を張ってカリスマを体現するアイコンの姿を一目観ようと、多くのファンが実演=ライブのチケットを求めた。

「録音にしろ、実演にしろ、いまやるべきことを探究する純粋さだけは損なわなかったはず。ずっとそうだったし、これからもそう在りたいです」(椎名)

果たして15年の歳月で彼女は常にアーティストとしての実を極めることで好奇の目をふるいにかけ、ピュアに音楽を求める上質なリスナーだけを獲得してきた。そこへさらに東京事変によって椎名を知った新たなリスナーが加わって、現在もチケットの争奪戦が続いているというわけだ。

そんな椎名初のライブベストアルバムである「蜜月抄」は、デビュー初期にあたる2000年から2008年までの実演の中から厳選された14テイクと、2009年放送のNHK「SONGS」における2テイクで構成されている。蜜月とは言い換えればハネムーン。そして“抄”はShowを想起させる。ファンと触れ合う“実演”という時間を、椎名がどう捉えているかが読み取れる。

「ありがたいことに、初期のライブからマルチ(トラックレコーダー)を回してくださっていたそうなので、やはり一度は形に残しておかないと勿体無いなと思いました」(椎名)

1曲目の「本能」と、続いて畳み掛ける様に鳴らされる2曲目「歌舞伎町の女王」のリレーから立ちのぼる尋常ならざる性急なテンションが、本作の持つ規格外な破壊力を冒頭から物語る。あらゆるジャンルを呑み込んだアレンジによる、オルタナティブでラウドな初期のバンドサウンド。楽曲の持つ普遍的なメロディが際立つアコースティック形態。そして、ストリングスをフィーチャーした美しく重層的なアレンジ。多種多様なアプローチで繰り広げられる16曲からは、彼女の持つ音楽への縦横無尽なアプローチと、音楽家としての成長の轍が、むしろ映像作品よりも明確に立ち上ってくる。もっと言えば時系列ではなくスクラッチされた曲順によって、本作は新しい1本のライブとして命を与えられている。

加えて、彼女の“声”についても記しておく。かつて記名性の強い自身の声を評して「カバーを歌ってもオリジナルのようだと言われる」「私の声はゴーヤとかパクチー。料理のメニューが限られる」と苦笑していたが、本作を聴けば彼女がボーカリスト / パフォーマーとして桁違いにタフであることが分かる。異なる年代の音源があたかも一本のライブとして成立しているように見えるのは、15年間ブレの無い、この記名性とタフネスの作用に因るものだ。

与えられた生と性を全力で描き、駆け抜けることで、少女から淑女へと成長を遂げた椎名林檎。その実演に込めた不変の純粋が胸を打つ、奇跡のライブベストアルバムである。


椎名林檎

椎名林檎(しいなりんご)

1978年生まれ、福岡県出身。1998年5月にシングル「幸福論」でメジャーデビュー。1999年に発表した1stアルバム「無罪モラトリアム」が160万枚、2000年リリースの2ndアルバム「勝訴ストリップ」が250万枚を超えるセールスを記録し、トップアーティストとしての地位を確立する。2004~2012年に東京事変のメンバーとしても活躍したほか、2007年公開の映画「さくらん」では音楽監督を務めるなど多角的に活躍。デビュー10周年を迎えた2008年11月には埼玉・さいたまスーパーアリーナにて3日間にわたる「(生)林檎博’08~10周年記念祭」を開催し大成功を収める。2009年3月には文化庁が主催する「平成20年度芸術選奨」大衆芸能部門の芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2013年11月はデビュー15周年を記念してコラボレーションベストアルバム「浮き名」とライブベストアルバム「蜜月抄」を発表。同月に東京・Bunkamuraオーチャードホールにて合計5日間にわたってデビュー15周年ライブを開催する。他の追随を許さない独創的な音楽とスタンスで多くのリスナーを魅了している。