ナタリー PowerPush - 水樹奈々
サービス過剰な特盛りライブとその舞台裏
2万7000人の前で見せた痛恨のミス
──今回どうしてもお話を聞きたかったのが、アンコール最後に披露された、ラテン系の民族音楽で多用されるハープ・アルパの弾き語りです。水樹さんが演奏をミスされたシーンについて。
うふふふ(笑)。はい。
──多くのファンもそうだったんじゃないかと思うんですけど、僕は水樹さんのことを“パーフェクト超人”として見てたんですよ。どんな場面でも120点を叩き出す、パーフェクト超人のパーフェクトな世界。今回のライブだって終盤まで、最高得点を更新するパーフェクトショーだったと思うんですけど、その最後の最後に初めて見るような水樹さんのうろたえる姿があって。実際「あっ……」という声まで場内に響いてしまいましたよね。
私……あのときはもう素になってて、完全に無意識だったんです。あとで「あっ……すいません」って言ってたよ、って言われて「私そんなこと言ってましたか!?」って聞き返したぐらい(笑)。一番練習した間奏でまさかのミスをして、ショックすぎて頭が真っ白になっちゃってたんですよ。
──ご本人を前に申し訳ないですけど、あの瞬間にはこれまでにないドラマを感じたんですね。パーフェクト超人が初めて見せたほころびというか。水樹さん自身はどういう心境だったのかなと。
まずはアルパを教えてくれた先生であり親友の上松美香ちゃんの顔が浮かんで「美香ちゃんごめん!」(笑)。そのあと「みんなごめん!」って、とにかく申し訳ない気持ちでいっぱい。……で、これは間奏は飛ばしてサビから歌うべきか、いや、せっかく作ってくれたこのきれいなアレンジをみんなに聴いてもらうためには最初からやり直すべきじゃないか……みたいなことをグルグルグルグル考えて、結局間奏の頭からやり直す、という結論に落ち着いて。実際はほんの何秒かだけど、すごく長い時間に感じました。それを初めて映像で客観的に観たときは……もうまともに観てられなくて!
──もしかしたら「これはきっと映像化されるだろう。さあどうする?」というところまで考えたんじゃないかなって(笑)。実際パッケージ化されるにあたって、そこはどういう扱いになるのかという心配があったんですが、ミスしたところもそのまま収録されるんですね。
はい。オーディオコメンタリーではずっと「あー恥ずかしい。あーあーあー。ホントにごめんなさいごめんなさい」って(笑)。
──とはいえ、今までやったこともなかったアルパの弾き語りというだけで大きな挑戦なのに、2万7000人対1、っていう極限の状態で緊張しないほうがおかしい状況ですから。普通の人間の心臓なら、ただ立つことすらままならないですよ。もし何事もなく完走してたら「ああ今日もパーフェクト超人のパーフェクトなショーだった」で終わってたかもしれないですけど、あの瞬間に漏れ出た人間味みたいなものが、あの1日をより特別なものにしたんじゃないかなと。
ありがとうございます……。今回は「LIVE GRACE」の第2弾ということで、どうしても新しいことに挑戦したくて。守りに入らず、積極的に攻めの姿勢で行きたいという気持ちを、言葉じゃなくて体ごと表現したいと考えたときに、ずっと好きで身近にあったアルパという楽器に挑戦しようと思ったんです。それで美香ちゃんに相談したら「えっ? アルパを弾きながら歌う人なんて見たことないよ!」って(笑)。「まず弾くことですら難しいのに、弾きながら歌うなんてすごいこと考えるね」って言われたら、ハードルが高ければ高いほど燃えるこのアスリート体質に火が着いてしまって(笑)。
アルパ弾き語りの意外な舞台裏
──その道のプロですら驚くようなチャレンジとなると、ハードルの高さもケタ違いですよね。
アルパは最初どこがなんの音かわからなくて、探すだけで精一杯で。美香ちゃんも「初心者が3カ月半という準備期間で1曲マスターするのも難しいし、人前で5分以上の曲を集中して弾くのは相当難しいことだと思う」って。おうちでリラックスして弾くならともかく……。
──2万7000人の観客の前だなんて(笑)。
あと、きれいな照明が当たると弦が光って見えなくなるという問題もあるんです。いつも皆さんが青いサイリウムを振ってくださるんですけど、アルパってドの音の弦がブルーに色付けされているんです。目印として。だから本番では「ドの音がいっぱいある!」という感じになっちゃうんじゃないかって。それで練習のときはみんなに近くで青いサイリウムを振ってもらってシミュレーションしてたんです、実は(笑)。
──うわー。それは客席からは絶対わからない難関ですね。
実際ステージに立つまではわからないことがいっぱいあって。緊張で手が冷えると指が固まって動かしにくくなったり、冷や汗で手がすべったりとか。未知の世界へのチャレンジは、いろんな感情がうずまくものなんだなと改めて感じました。
──裏話を聞くとなおさらですけど、きっとあのミスをした瞬間って、水樹さんの性格的に「恥ずかしい」とか「悲しい」という気持ちより「くやしい」が前に来てしまうんじゃないかなって。
そうそう! そうなんです! 一発勝負だからこそ、そこで決められなかった自分の不甲斐なさというか情けなさというか……。とにかく最後まで弾き切りたい、っていう思いがありました。
──スクリーンに大映しになった水樹さんの表情や、つまづきながらも最後まで弾き終えたときの会場の一体感まで含めて、そこにいた全員が共有したドキュメントだったなと。
みんな息を止めて「んんーっ」って一点集中で見守ってくれているみたいな(笑)、いつものライブとは違った一体感が生まれた感じはありましたね。
“変態曲”の再現とリクエストに応えたアコースティック編成
──そのほか、演奏ですごく苦労した曲を挙げるとしたら?
「アヴァロンの王冠」(最新アルバム「ROCKBOUND NEIGHBORS」収録曲)です。そもそも「オーケストラとコラボレーションした“変態曲”を作ろう」というアイデアから生まれた曲だったので(笑)。レコーディングなら録り直しもできるのですが、一発勝負のライブで、あのテンポ感で、さらに77人のコーラス隊まで加えて……。一番の大所帯になるシーンだったので、それがバシッと決まったときの鳥肌感はハンパなかったです! すごかった……。
──フルオケライブの直前に出た最新アルバムの楽曲ということで、ファンの間でも「この曲は絶対にやるだろう」と期待値が高まってたと思うんですけど、コーラス隊まで加わって想像以上のスケール感でしたね。
逆にアコースティックコーナーでは、あえてバラードではないものもシンプルなアレンジで歌ってみたりしたんですけど、これもずっとやりたかったことなんです。「LIVE UNION」のほうのセットリストを見ていただくとおわかりの通り、最近のライブはバラードがホントに少ないんですよ(笑)。
──以前からおっしゃっていた「“攻め曲”続きのスパルタ路線」ですよね(笑)。
そうなんです。最近はアコースティックコーナーもやっていなかったので、皆さんからも「そろそろ聴きたいです」「バラードを歌ってください」という声があって。今回はそれが実現できてよかったです。あと「恋の抑止力 -type EXCITER-」みたいなバリバリのダンス曲を、オーケストラの皆さんと一緒にできたのも楽しかったですね。ギャップが心地よくハマッて「これはトライしてよかった!」って。
──そういったあたりの裏話は、オーディオコメンタリーでもさらに細かく説明されているわけですね。
今回は「LIVE GRACE」にも「LIVE UNION」にも、どちらにも副音声が入っています。今まで2つのライブをパッケージした作品だと、どちらか一方にしか入っていなかったのですが、今回は皆さんからの熱いリクエストをいただき、初めて両方とも収録しました。キングレコードの三嶋(章夫)プロデューサーと、約7時間しゃべりっぱなし(笑)。
- LIVE Blu-ray / DVD「NANA MIZUKI LIVE GRACE -OPUS II-×UNION」2013年5月1日発売 / KING RECORDS
- Blu-ray Disc [2枚組] / 7777円 / KIXM-81~2
- DVD [4枚組] / 7777円 / KIBM-352~5
水樹奈々(みずきなな)
愛媛県出身の声優アーティスト。1997年に声優としてデビューし、「魔法少女リリカルなのは」「シスター・プリンセス」「NARUTO -ナルト-」といったアニメ作品で人気を集める。2000年にはシングル「想い」で歌手デビュー。2009年6月にリリースされたアルバム「ULTIMATE DIAMOND」で、声優アーティストとして初のオリコンウイークリーチャート1位を獲得した。同年12月には「NHK紅白歌合戦」に初出場。2011年12月には声優アーティスト初の東京ドームコンサートを2日間にわたって開催し、大成功に収めた。2012年12月に通算9枚目のオリジナルアルバム「ROCKBOUND NEIGHBORS」を発表。同年末には4年連続となる「NHK紅白歌合戦」への出場を果たした。2013年5月1日にはライブBlu-ray / DVD「NANA MIZUKI LIVE GRACE -OPUS II-×UNION」をリリース。