ナタリー PowerPush - キリンジ

堀込兄弟 17年目の転機

自分の子供に「がんばるな」とは言えない

──それではここからはアルバム収録曲について詳しく聞かせてください。先ほど今作には先行シングルがないとおっしゃっていましたが、2曲目の「ナイーヴな人々」はビデオクリップも制作されてひと足早く公開されましたし、リード曲という扱いになるのでしょうか。この曲はもともとバラードとして作られていたとか。

高樹 これは「SUPER VIEW」の制作と同時進行で作ったんですけど、最初はTHE BANDみたいなアレンジを考えてたんですよ。それがなんかしっくりこなくて。まずサビのフレーズが決まってたから、あまりウエットになりすぎるのも違うかなと。そうするうちに「次のアルバムは小気味よいものにしよう」という話になって、だったらバラードにするよりも、ってちょっとシャッフルにしてみたんですね。カントリー調にしてみたら、むしろ明るさの中にちょっと悲しみが見えるようなちょうどいい感じになったので。

──サウンドやメロディよりも、まず言いたいことありきの曲なのかなと感じたのですが。

高樹 最初にサビの言葉があったんですよ。育児書を書かれている松田道雄さんという方の本を知り合いからもらって。それは友達とうまく遊べないとかバス酔いするとか、臭いのある野菜が食べられないとか、おたくのお子さんがそういうナイーブな子でも、いずれ治るから気にしなくてもいいよって内容なんです。「感じやすい子」って表現だったと思うんですけど、そういう子が世界を美しくしていくんだから気長に待ちなさいよっていう。これは素晴らしい考えだなと。トイレで読みながら感動したんです。

泰行 トイレで(笑)。

──大枠で言えば“がんばれソング”なんですけど、応援の仕方が新しい曲ですよね。

高樹 今は「がんばらないブーム」みたいなところも多少ありますけど、「がんばらなくて結局ダメでした」みたいなのはちょっとゾッとするでしょ(笑)。自分の子供に「がんばるな」とは言えないなと思って、自分なりに考えたのがこれですね。

──さっきの「キリンジらしさ」という話で言うと、「医者が言ったよ」で始まるポップソングというのはいかにもキリンジだなと(笑)。歴代のがんばれソングで応援の対象外だった人への応援ソングというか。

高樹 がんばれソングが苦手だけど、もうちょっとがんばったほうがいいんじゃないの?みたいな人への応援歌(笑)。

意気込んだからっていい曲ができるわけじゃない

──個人的に今作のベストトラックを挙げるとしたら「ビリー」なんですが、こちらは泰行さんの作詞・作曲ですね。なんとも言えない中毒性のある曲で。

堀込泰行(Vo, G)

泰行 この曲は「SUPER VIEW」のときから一応あったんですよ。曲出しの段階で僕の曲数が少ないって言われて、ふてくされて数だけ増やそうと思って作った曲なんです(笑)。ドラムパターンも別の曲から持ってきて、ベースも鍵盤をこう、ふてくされながらドッドッドッドッって。これ適当に繰り返しといて適当にメロディ付ければいいやっつって。そういうきっかけでできたんですけど、やってくうちに「面白いな」っていうふうに変わってきて。

──ちょっと聴いただけだと単純なようでいて……。

泰行 単純な繰り返しなんだけど、コードを拾ってみると実はけっこう変わってたりする……っていうのを、コード楽器を鳴らさずにやってるから、ちょっと「しめしめ」みたいな気持ちもあるんですよ。「シンプルすぎるってみんな言うだろうけど、実はそうでもないんだよ」っていうのを楽しみながら作りましたね。

──冒頭で「キリンジがこんなシンプルなベースを当てるはずがない」みたいな不思議な気持ちを味わいつつ、コーラスが重なった瞬間の“キリンジっぽさ”にハッとするというか。

泰行 ふてくされて作り始めたんだけど、結果的にはかなり気に入ってますね。あんまり「すごい曲を作るぞ」って意気込んだからっていい曲ができるわけじゃないというかね。今回は特にそう思いました。

──「dusty spring field」は泰行さんにとって、キリンジ名義では初のインスト楽曲ですが、ここでなぜ歌モノではなくあえてインストを?

泰行 この曲はけっこう前からあって。原型は「7 -seven-」(2008年3月発売の7thアルバム)の頃にはあったのかな。ずっと形になんないまま放ってあって。今回やるにあたって、最初は冨田(恵一)さんにストリングスアレンジをお願いしようと思ってたんですね。前回のアルバムでは兄の曲(「早春」)をやってもらったんで、今回は僕のをと思ったんですが、スケジュールがどうしても合わなくて。じゃあ僕らができるやり方で、とイギリスのトラッドみたいな手法で作ってみました。

──初めからインスト曲にしようと思って作った曲なんですか?

泰行 僕の曲は主旋律がハッキリしてるのでインストにはあまり向かないんですけど、この曲は最初からインストにするイメージで作りました。歌詞を乗っける気持ちはなく。

お互いの作風について

──お2人それぞれ、お互いの作風、楽曲の特徴をどのようにとらえていますか?

泰行 なんだろうな。兄の場合はハーモニーそのものに個性があるというか。和声にすごくこだわって作ってる感じがあって。初期の頃はジャズっぽかったんですけど、最近は少しフォーキーなものとクラシックっぽいものが合わさったようなものも出てきて、それがここ何作かでグッと自分のものになってきてるのかなと思いますね。

──確かに「手影絵」みたいな曲調は、初期の頃とはまた違った独特の個性ですよね。

泰行 そうですね。「手影絵」なんかだと、昔だったらもっともっと難しくしてたと思うんですよ。これはクラシックっぽくて凝ってはいるんだけど、メロディそのものはシンプルで親しみやすさがあるっていう。それは最近の兄の感じだなあと。

──では逆に高樹さんからみた泰行さんの特徴は? 自分とは違うなと感じるところなど。

高樹 自分と違うところはね、そんなにオールディーズが好きかっていう(笑)。例えば「エイリアンズ」みたいな曲を書けって言われたら……あんないい感じになるかどうかはともかく書けると思うんだけど、オールディーズみたいな曲はよほどノッて書かないとできないですよ。演奏は楽しいけど、自分で曲を作ろうってときにオールディーズっぽいものは出てこないですね。今みんなやらないでしょ? オールディーズって。それは泰行らしいところかなと思います。

──いかにもオールディーズ風みたいな感じじゃなく、サラッと自分の曲として出せる人は確かに珍しいかもですね。

高樹 馬の骨(泰行のソロプロジェクト)もオールディーズっぽい感じがあるし。マージービートみたいな雰囲気とかも。僕も60年代の音楽は好きだけど、ああいう感じは出せないですね。

ニューアルバム「Ten」 / 2013年3月27日発売 / 日本コロムビア
「Ten」
「Ten」初回限定盤[CD+DVD] 3675円 / COZP-759~60
「Ten」通常盤[CD] 3150円 / COCP-37897
CD収録曲
  1. きもだめし
  2. ナイーヴな人々
  3. 夢見て眠りよ
  4. ビリー
  5. 仔狼のバラッド
  6. 黄金の舟
  7. 阿呆
  8. 手影絵
  9. dusty spring field
  10. あたらしい友だち(Album ver.)
初回限定盤DVD収録内容
  • キリンジTV the FINAL
  • 新曲ビデオクリップ

3月27日 iTunes配信開始

ニコニコ生放送「『ニコニコキリンジ。』~アルバム『Ten』発売記念特番~」

2013年3月27日(水)
第1部:キリンジ「アーカイブ一挙放送」11:00~20:00
第2部:KIRINJI TV増刊号「ゴメトーーク!」20:00~22:00(予定)

ニコニコ生放送「『ニコニコキリンジ。』~アルバム『Ten』発売記念特番~」

KIRINJI TOUR 2013
  • 2013年3月30日(土)愛知県 Zepp Nagoya
    OPEN 17:30 / START 18:00
  • 2013年4月5日(金)大阪府 Zepp Namba
    OPEN 18:00 / START 18:30
  • 2013年4月7日(日)福岡県 Zepp Fukuoka
    OPEN 17:30 / START 18:0
  • 2013年4月11日(木)東京都 NHKホール
    OPEN 17:45 / START 18:30
  • 2013年4月12日(金)東京都 NHKホール
    OPEN 17:45 / START 18:30

※全公演SOLD OUT

キリンジ

キリンジ

1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で結成。1997年5月にインディーズデビュー盤「キリンジ」、同年11月にマキシシングル「冬のオルカ」がリリースされると、複雑ながらポップなサウンドと独自の詞世界で大きな注目を集めた。1998年にはシングル「双子座グラフィティ」でメジャーデビュー。2005年には弟の泰行が「馬の骨」としてソロデビューを果たし、同年11月には兄の高樹もソロアルバム「Home Ground」を発表した。それぞれ他のアーティストへの楽曲提供も多く手がけており、作詞家・作曲家としても支持を集める。2012年11月に通算9枚目のアルバム「SUPER VIEW」をリリース。2013年3月27日には10枚目のアルバム「Ten」を発表し、4月12日まで行われるツアー「KIRINJI TOUR 2013」を最後に泰行がグループを脱退する。