ナタリー PowerPush - Hi-STANDARD

東北AIR JAM成功の軌跡とバンドの未来

Hi-STANDARDがライブDVD「Live at TOHOKU AIR JAM 2012」をリリースした。本作には昨年9月15、16日に宮城・国営みちのく杜の湖畔公園みちのく公園北地区風の草原で開催された「AIR JAM 2012」より、Hi-STANDARDのライブの模様を完全収録。「SUMMER OF LOVE」「GROWING UP」「STAY GOLD」「MAXIMUM OVERDRIVE」「MOSH UNDER THE RAINBOW」など2日間で披露された全28曲に加え、「AIR JAM 2012」の裏側を収めた貴重なオフショットを楽しむことができる。

昨年2月に掲載した難波章浩(Vo, B)&横山健(G, Vo)のインタビュー(参照:Hi-STANDARD「Live at AIR JAM 2011」インタビュー)に続いて、今回は難波、横山、そして恒岡章(Dr)の3人にインタビューを実施。再始動のきっかけとなった東北AIR JAM開催までの道のりや、イベントを通じて感じたこと、さらには今後のAIR JAM開催やハイスタの将来についてじっくり語ってもらった。さらに前回のインタビューに不参加だった恒岡には、ハイスタ活動休止中のメンバーとの関係についても話を聞いた。

取材・文 / 西廣智一 撮影 / 福本和洋

 
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活動休止に対してすごくモヤモヤしたものを感じていた

──Hi-STANDARDが活動停止している間、恒岡さんには難波さんと横山さんの関係はどう映ってましたか?

左から難波章浩(Vo, B)、恒岡章(Dr)、横山健(G, Vo)。

横山健(G, Vo) それは俺も聞きたいなあ。

恒岡章(Dr) いきなりきますね(笑)。僕、前回のインタビューをちゃんと読み切れてないので、2人がどこまで話していたのかわかんないんですけど……。

難波章浩(Vo, B) いや、それは関係ない。大丈夫、大丈夫。

恒岡 まあ……仲違いしたということですよね。僕も同じバンドのメンバーだけど、難ちゃんとはよく連絡取って、健くんとはあまり連絡を取ることがなかったし。

横山 そうね。

恒岡 2人をどう見ていたかというよりも、僕としては2人と常に普通に接していたつもりで。3人そろうことはなかったけど、健くんと僕、難ちゃんと僕という形では話してました。

──活動休止中、またHi-STANDARDをやろうという話は出なかったんですか?

恒岡章(Dr)

恒岡 特には……うん。個人的には自分の中で、活動休止に対してすごくモヤモヤしたものを感じていたので。最初の5年くらいは本当に「もう解散しました」と言い切ったほうがいいんじゃないかと思ってましたしね。でもその5年を過ぎてからは自分の活動も忙しくなって、「まあ、このままでいいのかな?」っていうふうに、そこまで深く考えなくてもいいのかなと思うようになったんです。

──そして2011年3月に東日本大震災があって、3人で集まって「AIR JAM」をやろう、Hi-STANDARDを再始動させようという話になったわけですね。

恒岡 はい。そもそも最初は健くんと難ちゃんがTwitterでやり取りをしていて、僕はそこには絡んでなかったから、ちょっとニヤニヤしながら見てたんです(笑)。「えっ、俺、何も言われてないよ?」みたいに。

横山難波 あははは(笑)。

恒岡 震災を受けてとはいえ、健くんと難ちゃんが一緒になって前向きに動いていることがうれしくて。そのあとで、3人だけで話そうということになったんです。

活動を止めたのも、再開させることも初めての経験

──ちょうど去年の暮れにNHKでハイスタとAIR JAMに関するドキュメント番組が放送されましたが(参照:NHK「ETV特集」で「AIR JAM 2012」のハイスタに密着)、そこで恒岡さんの倉庫で3人がじっくり話し合ったことが紹介されてましたよね。

難波 相当話したよね。

横山健(G, Vo)

横山 かなり長時間でしたよ。別にハイスタの話だけじゃなくて、倉庫にあるツネのLPコレクションを見てギャーギャー言ったり。

難波 思い出話をたくさんしたり。

横山 そう。そういう……すごく長かったけど、いい時間だったと思います。

──空白の10数年を埋めるのに十分な時間だったと。

難波 そうですね、うん。ただ、空白の何年と言われるけど、僕ら的には空白じゃないわけですよ。みんなそれぞれ一生懸命生きてきたわけだから。でも3人の間にできた溝を“埋める”という作業は、確かにあのときの僕たちには必要でした。結果、その場で「じゃあライブをやろう」「どういう感じでやろうかね?」みたいな話も出たし。活動を止めたのも初めての経験だったし、止めていた活動をまた再開させることも初めての経験だったわけで。とはいえミーティング自体は和気あいあいとしたものでしたよ。

横山 バンドっていう集団は、本当に難しくて不思議なものだなって思いますね。なんかね、活動してるときは次から次へとやること出てきて、メンバーと一緒にいるのが当たり前になって、活動を止めることなんて想像できない。たぶん今の若い子たちで、バンドをいい調子でやってる子たちもそんな感覚だと思うんですよ。でもね、1回止まっちゃうと本当にどう動かしていいかわからない。「別に3人で集まって、また動かしゃいいでしょ。簡単でしょ?」って周りは言うかもしれないけど、僕ら3人にとってはそんな簡単なことじゃなかったんです。

これができるのは僕たちがパンクスだからだ

──離れてる間もそれぞれの生活があって、その間に歳も重ねて大人になって、活動を止めた当時とは環境などすべてが異なってるわけですものね。

横山 そうなんですよね。それまではみんな、本当にハイスタを生活の中心に置いて同じような体験をして過ごしたものが、パッと散り散りになって、お互い家庭を持って子供も生まれたら、もうどこを取っ掛かりにして動かしていいかわかんなくなっちゃうんだよね。

難波章浩(Vo, B)

難波 あ、思い出したよ。3人で集まったときに話したのは……まあ言ってもハイスタなんで、自分で言うのもなんですけど……ビッグバンドだしねって。

横山 口にするのも恥ずかしいですけどね(笑)。

難波 うん(笑)。そんなビッグバンドなら普通は大人を介在して会うんだろうけど、俺らはこうやって3人だけで会って「これからどうする?」なんて相談してる。これはすごいねって話したことを思い出しました。

横山 これができるのはなんでだ、それは僕たちがパンクスだからだ、パンクスでよかったなっていう話をして。

難波 誰かに指図されて「こうしろ」って言われてるわけじゃないから。そういう意味でもハイスタはすげえなと思いましたよ。

──それにしても、1回止めた活動をまた再始動させることって相当大変なことですよね。

横山 しかも、ものすごいエネルギーが必要ですし。

難波 震災を受けて「みんなに光をあげたい、そのためにやろう」ってことになっても、やっぱり大変でしたからね。

横山 逆に言うと、本当に震災がなかったらこんな大変なことはできなかったかもしれないよね。

ライブDVD「Live at TOHOKU AIR JAM 2012」/ 2013年9月11日発売 / PIZZA OF DEATH RECORDS / PZBA-8
[DVD] 3915円 / PZBA-8
収録曲
DAY 1
  1. TURNING BACK
  2. STANDING STILL
  3. SUMMER OF LOVE
  4. DEAR MY FRIEND
  5. SUNNY DAY
  6. CALIFORNIA DREAMIN'
  7. CLOSE TO ME
  8. TEENAGERS ARE ALL ASSHOLES
  9. FIGHTING FISTS, ANGRY SOUL
  10. ENDLESS TRIP
  11. SATURDAY NIGHT
  12. BRAND NEW SUNSET
  13. STAY GOLD
  14. MOSH UNDER THE RAINBOW
DAY 2
  1. GROWING UP
  2. STAY GOLD
  3. WHO'LL BE THE NEXT
  4. MY FIRST KISS
  5. STOP THE TIME
  6. MY HEART FEELS SO FREE
  7. NEW LIFE
  8. MAKING THE ROAD BLUES
  9. MAXIMUM OVERDRIVE
  10. THE SOUND OF SECRET MINDS
  11. STARRY NIGHT
  12. CAN'T HELP FALLING IN LOVE
  13. BRAND NEW SUNSET
  14. MOSH UNDER THE RAINBOW
Hi-STANDARD(はいすたんだーど)
Hi-STANDARD

難波章浩(Vo, B)、横山健(G, Vo)、恒岡章(Dr)からなるパンクロックバンド。1991年から活動を開始し、都内を中心にライブ活動を展開。1994年にミニアルバム「LAST OF SUNNY DAY」をリリースし、知名度を高める。1995年に「GROWING UP」、1997年には「ANGRY FIST」という2枚のフルアルバムをメジャーレーベルから発表。これらの作品は海外でもリリースされ、好セールスを記録した。また、この時期から海外でのライブ活動も開始。1997年には主催フェス「AIR JAM」をスタートさせ、日本のパンクロックシーンに大きな影響を与えた。1999年に自主レーベル「PIZZA OF DEATH RECORDS」がメジャーから独立し、第1弾作品としてアルバム「MAKING THE ROAD」をリリース。本作はインディーズとしては当時異例のミリオンヒットを達成した。その後も国内外で精力的なライブ活動を続けたが、2000年の「AIR JAM 2000」を最後に活動休止。メンバーはそれぞれソロやバンドで音楽活動を続けた。

約11年におよぶ空白の時間を経て、2011年4月に難波、横山、恒岡がTwitter上で3人同時に「9.18 ハイ・スタンダード AIR JAM。届け!!!」とツイート。そして翌5月には、9月18日に横浜スタジアムで東日本大震災の復興支援を目的とした「AIR JAM 2011」の開催と、Hi-STANDARDがライブを行うことが明らかになる。国内外15組のアーティストが出演したこのフェスで、ハイスタはヘッドライナーとして11年ぶりにライブを敢行した。2012年2月にはこの日のライブを収めたライブDVD「Live at AIR JAM 2011」を発売。同年9月には宮城・国営みちのく杜の湖畔公園みちのく公園北地区風の草原で「AIR JAM 2012」を2日間にわたり行った。そして2013年9月、「AIR JAM 2012」でのハイスタのライブを完全収録したライブDVD「Live at TOHOKU AIR JAM 2012」をリリース。