渡辺大知が語る「オン・ザ・ミルキー・ロード」|エミール・クストリッツァ史上最高に自由奔放な9年ぶりの新作!

チャップリンやバスター・キートンを連想させる描写

──主人公のコスタという男も、監督本人が演じていますね。

花嫁役のモニカ・ベルッチ。

たぶんその印象も大きいと思います。しかも相手役は“イタリアの宝石”と呼ばれるモニカ・ベルッチやし。話の内容は思いっきりメロドラマだし。やりたい放題、ですよね(笑)。なのに不思議と、邪念が伝わってこない。おそらく監督は、映画の完成度とかそういうのは後回しで。まず自分という人間の生き様をカメラで映すことが大事やったんと違うかな。あとは絶世の美女がスクリーンに登場しさえすればOKだと、シンプルに確信してたんだと思うんです。たしか、ご本人も言うてはりましたよね。

──はい。パンフレット掲載のインタビューで「僕の映画はいつも、自分がどのように人生を捉えているかを示しているのです。今後は、自分を愛のために捧げたいと思います」と発言しています。

すごいなあ。今回、久々の監督作で主演することを選んだのも、きっと、そういうことなんでしょうね。自分自身が生きてきた道がそのまま映れば、それが説得力になる。要は「俺自身の人生が映画なんだ!」みたいな(笑)。「オン・ザ・ミルキー・ロード」を観て、作家としての野心とかスキルよりいい意味の子供っぽさを感じたのも、そのせいかもしれない。監督本人がもともと持っていた潜在的な憧れが、ストレートに表れてる気がしたんです。よりわかりやすく言うなら、あー、クストリッツァ、こういう映画が好きなんやろうなあって納得できる感覚。

──具体的にはどういう箇所ですか?

渡辺大知

真っ先に思い出したのは、チャップリンでした。パンフレットに映画評論家の森直人さんも書かれていて、そうそう!とめっちゃ共感したんですけど。ちょっとくたびれたオッサンがひと目惚れした美女を連れて、あの手この手で追っ手から逃げ回る設定がそもそもチャップリンっぽいし。でっかい時計の針がすごい速さで回転して、登場人物が痛めつけられるギャグとかもそう(笑)。監督が少年時代に体感していたチャップリンの映画を、ダイナミックに再現している感じがしました。あとは体を張った逃げっぷりとか、愛の営みの最中に小屋が崩壊するベタなギャグなんかは、ちょっとバスター・キートンを連想したりもしましたね。

──60代に入ってのフレッシュな原点回帰を感じた。

ですね。もし仮に20代の美男美女で同じ物語を描いたとしても、絶対こんなには感動しない気がします。やっぱり60代のオッサンと50代のセクシーな女優が懸命に生命を燃やしてる感じにグッとくる。モニカ・ベルッチ演じる“花嫁”が井戸に飛び込んだり、2人して荒野を全力疾走したりで、実際の撮影もハードだったみたいですし。もちろん20代には20代の輝きがあって、それはそれで素晴らしいと思います。でも、人間が生きていて本当に輝く瞬間というのを、やっぱりクストリッツァ監督は知り抜いてるんだと思います。

──ロックですかね(笑)。

思いっきりロックです(笑)。もはや過去のこととか、あまり気にしてないんでしょうね。「オン・ザ・ミルキー・ロード」の主人公とヒロインが体現してる“情けなくも、このうえなく美しい愛”こそが、今のクストリッツァ監督が本気で表現したいものなのかなと。

「余分な説明はいらない、そこは俺の顔の年輪で感じてくれ!」

──ここで改めてストーリーを整理しておくと、今回「オン・ザ・ミルキー・ロード」の舞台は、隣国と交戦中のとある国。1990年代前半のボスニア内戦を強くイメージさせますが、架空の物語という設定になっています。主人公のコスタは毎日ロバにまたがり、銃弾を避けながら前線の兵士にミルクを配達している男。そんな折、彼が雇われている家の“花嫁”として異国の美女が買われてきて……。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

似た者同士の2人が、会った瞬間から惹かれ合うんですよね。モニカ・ベルッチが演じる“花嫁”は、セルビア人のお父さんを探すためにローマからやってきて、戦争に巻き込まれてしまったという設定で。劇中で、彼女にまったく名前が与えられてないところも、すごく印象に残りました。

──主人公コスタの人物造形はいかがでした?

謎めいてはいるんだけど、不思議と胸に迫ってきますよね。なぜ彼はロバに乗り、戦場で牛乳を配り歩いているのか。劇中で詳しい事情がほぼ明かされてないじゃないですか。周囲とのやりとりからどうやら彼も昔は兵隊さんで、壮絶なトラウマを背負っていることはわかる。周りの会話から察すると精神病院に入っていた時期もあるらしく、頭がいかれた変人扱いされています。でも僕は、映画を観ていて、たぶん彼は危険な仕事を自らに課すことで、なんとか正気を保ってる男じゃないかと感じました。そこにまず共感した。クストリッツァ監督の「余分な説明はいらない、そこは俺の顔の年輪で感じてくれ!」と言わんばかりのシンプルな演出もカッコよかった。

──そういう、戦火における奇妙にストイックな日々が、“花嫁”の出現によって一気に変化するわけですね。

そのダイナミックさが、まさにクストリッツァ映画の醍醐味だと思いますね。面白かったのは、モニカ・ベルッチが超セクシーなんですけど、でも不思議と存在感がファンタジーっぽいというか……。どこか象徴っぽい感じもあるんですよ。美しい“花嫁”との出会いをきっかけに、コスタは再び愛に生きようと決心する。自分の人生に愛を取り戻す。そのリアリティはめちゃめちゃに伝わってくるんです。その一方で、“花嫁”がどんな背景の人なのかということは、あまり描かれてなくて。ただ圧倒的に魅力的で謎めいた存在として登場するでしょう。たぶんクストリッツァ監督は今回、ただ純粋に人生と愛を描きたかったんだと思う。だからこそあえてヒロインに名前を付けなかったんじゃないかなあ。

豚の血が入ったバスタブにガチョウが飛び込むシーン

──特に鮮烈だったシーンを挙げるとするならば?

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

まず冒頭。画面に「ON THE MILKY ROAD」というタイトルが出るまでの数分間がめっちゃ好きでした。乾いたボスニアの風景をバックに、最初に「3つの実話に基づき / 多くの寓話を織り込んだ物語」という文章がスクリーンに表れて……。ハヤブサとかガチョウとか、豚とかロバとか蛇とか、いろんな動物たちが矢継ぎ早に登場する。で、「おとぎ話みたいな風景やなあ」と思ってたら、いきなりヘリコプターと地上の銃撃戦が始まって……。クストリッツァが日々、頭の中で抱いているイメージを、すごくダイレクトにぶつけられたような感じがしたんですね。

──渡辺さんが最初におっしゃった“生と死”、“牧歌的な日常と血みどろの戦場”が、奇妙に同居している感覚。

そうなんですよね。ただ僕がクストリッツァ作品に惹かれるのは、それが図式的じゃないっていうか、説教っぽさがないんですよ。まず頭の中に伝えたいイメージがあり、それを映画的テクニックを使ってビジュアル化してる感じがする。例えば、豚の血がいっぱい入ったバスタブに、ガチョウがどんどん飛び込んで水浴びしたら、大抵は「うわあ」ってなるじゃないですか(笑)。理屈抜きで。

──なりますね、理屈抜きで(笑)。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」

そうやって人の心が揺れる瞬間というのを、まず大事にしている監督さんだなと。もちろん「この血は戦争のメタファーで」みたいな解釈を、観客がそれぞれするのはいいと思うんですよ。でも最初にあるのはメッセージじゃなくて、あくまで頭の中にあるイメージ。そこには必然的に、クストリッツァの故郷であるボスニアの土の香りも入ってるし。旧ユーゴスラビアの、昨日までは隣人だった住民同士が殺し合ったボスニア内戦の記憶も混ざってくる。だからこそ日本人である僕の心も、こんなにもシンプルに揺さぶられると思うんですね。僕にとってクストリッツァ監督は、単に好きな映画監督というより、表現者にとってそういうイメージがいかに大切かを教えてくれた人でもあるんです。

──それにしてもクストリッツァ監督は、どうしてあんなに巧みに動物たちを演出できるんでしょうね。

ほんま不思議ですよね。冒頭のガチョウなんて、自分から率先してバスタブに飛び込んでるようにしか見えへん(笑)。

「オン・ザ・ミルキー・ロード」
2017年9月15日(金)全国ロードショー
「オン・ザ・ミルキー・ロード」
ストーリー

とある戦時中の国。そこで暮らす男コスタは毎日ロバに乗り、銃弾をかわしながら前線の兵士たちにミルクを届けていた。死と隣り合わせの状況下だが、村人たちに慕われ、戦争が終わったあとの穏やかな将来を思い描きながら暮らすコスタ。そんな中、村で一番の英雄ジャガが花嫁として迎えた謎の美女と出会い、激しい恋に落ちる。しかし“花嫁”の過去によって村は襲撃を食らう羽目に。2人は村を飛び出し、逃避行を始める。

スタッフ

監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ

キャスト

モニカ・ベルッチ、エミール・クストリッツァ、プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ、スロボダ・ミチャロビッチほか

渡辺大知(ワタナベダイチ)
1990年8月8日生まれ、兵庫県出身。ロックバンド・黒猫チェルシーのボーカルとして活動を開始。2009年、みうらじゅん原作・田口トモロヲ監督による「色即ぜねれいしょん」の主役に2000人を超えるオーディションで抜擢され、第33回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。主な出演作に「くちびるに歌を」「LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版」、テレビドラマ「毒島ゆり子のせきらら日記」やNHK連続テレビ小説「カーネーション」「まれ」など。2015年、大学の卒業制作として製作した初監督作「モーターズ」が劇場公開された。渡辺が出演し、黒猫チェルシーが主題歌を書き下ろした「勝手にふるえてろ」は12月23日より全国ロードショー。