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萩本欽一、コサキン、キャイ~ンら浅井企画・浅井良二氏お別れ会で笑い話たっぷり

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囲み取材に出席した(左から)関根勤、萩本欽一、小堺一機。

囲み取材に出席した(左から)関根勤、萩本欽一、小堺一機。

去る10月9日に83歳で永眠した浅井企画の前社長・浅井良二氏のお別れ会が、本日11月26日に東京・グランドプリンスホテル高輪で行われ、萩本欽一関根勤小堺一機ら多くの芸能人が出席した。

浅井氏はコント55号のマネジメントを行うため、1968年に浅井企画を設立。同事務所からは関根、小堺、ずんキャイ~ン、流れ星、ANZEN漫才、どぶろっく、イワイガワら多くの人気芸人が誕生している。

囲み取材では浅井氏がせっかちだったというエピソードが続出。ずん飯尾は「誕生日プレゼントは1カ月前に届きます」「こういう会では社長が裏方に徹して集合写真とかを担当していた。でも全員が集合しきっていない状態ですぐシャッターを押しちゃってました。みんな目が半開きの写真が名物」と思い出を振り返る。一方、やすは「社長が番組を観てくださった感想は大体『がんばりなさい』だった。1回でも『よかった』を聞いてみたかったなあ」としみじみ語った。

キャイ~ンのウド鈴木は天に向かって「社長ー!」と絶叫し、天野から「『ミキティー!』の言い方になってんじゃねえかよ!」とツッコまれる。また天野は「ウドちゃんは社長宅のトイレを詰まらせてじゅうたんを全面張り替えにさせた」とウドの失敗談を暴露するが、本人は「リフォームできてよかったんじゃないかな」「学習能力がないもので2回詰まらせてしまったんですけど、2回目(のリフォーム代)は割引されたと思います」と語って取材陣の笑いを誘っていた。

関根は「『ぎんざNOW!』というオーディション番組で審査員に浅井さんがいたのが最初の出会い。喫茶店に呼ばれて芸能界入りを勧められたんですけど、最初は『クラスで人気あるだけの僕が通用しないと思います』と断ったんです。でも『コント55号を育てた僕が言う! うちに来なさい!』と言われたら、その言葉に舞い上がっちゃって次の日すぐに(契約書に)サインしちゃった(笑)」とデビュー当時を懐かしむ。また小堺は「ようやく売れてきたとき、楽屋に浅井社長がやってきて『調子に乗って独立したらぶっ潰すからね!』と言われた(笑)。社長なりの激励の言葉だと思うんですけど、それ以来、独立という言葉を聞くとビクッとするようになりましたね」と話していた。

萩本は「しんみりした話が聞けるかと思ったけどないのね! 笑い話ばっかり! いい会でした」とコメント。記者から「若い頃、社長からの教えみたいなものはありましたか?」と聞かれると「『車の免許を早く取れ! 運転する役が来たらどうするんだ?』と言われたので『後部座席に乗る役をやります』と返したら、『よくわからないなあ』と言いながらどっか行っちゃった(笑)」とゆるいエピソードを明かして関根らを笑わせる。そして最後は「浅井さんとお会いして50年、あの人から『できない』という言葉を聞いたことがなかった。わがままな欽ちゃんをありがとうございました」とお別れ会を締めくくった。

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