女王蜂ニューアルバム「十二次元」特集|次元を超えて自らを追い求める、女王蜂が新作で表現したリアリティと物語性

女王蜂のニューアルバム「十二次元」が2月1日にリリースされた。

前作「BL」以来3年ぶりのアルバムとなる本作には、シングル曲「夜天」のアナザーバージョン「堕天」、同じくシングル曲「KING BITCH」にフィーチャリングゲストとして歌代ニーナを迎えた「KING BITCH(feat. 歌代ニーナ)」、テレビアニメのテーマ曲として話題を呼んだ「MYSTERIOUS」「バイオレンス」といった楽曲に新録曲を加えた全12曲を収録。3年間でさらに豊かさを増した女王蜂の音楽性を存分に味わえる、充実した作品に仕上がっている。

この3年間で女王蜂が手に入れたもの、そして聴く側に提示しようとしているものはいったいなんなのか。今回の特集ではアルバムレビューを通じ、女王蜂が展開する新たな次元に迫る。

文 / 天野史彬

このバンドが生きている世界は三次元や四次元で収まらない

女王蜂のアヴちゃん(Vo)は、2022年に公開されたアニメーション映画「犬王」において、南北朝から室町期にかけて活動し、「風姿花伝」でも知られる世阿弥と人気を二分していたという能楽師・犬王の役を演じた。この経験は恐らく、女王蜂の約3年ぶりの新作フルアルバム「十二次元」に大きな影響を与えている。アルバムの冒頭を飾る「油」、そして、続く2曲目に配された「犬姫(12D ver.)」で印象的に聞こえてくる和楽器の響き(両曲とも和楽器編曲には、ながしまみのりがクレジットされている)は、本作「十二次元」の制作において、女王蜂の関心が時代を大きくさかのぼる壮大なスケール感を持って日本の芸能に向けられていたことを感じさせるのである。

前作「BL」(2020年)や前々作「十」(2019年)ではトラップなども消化し、サウンド面において世界的なポップスの潮流に接近していたことを考えれば、この「十二次元」が冒頭から見せる極めて「日本的」といえる響きは大きな変化といえる。しかし、この変化をトレンドの推移的なものとして消費的に見ることは、個人的には、いささかつまらない。強烈に「私」を生きるバンド・女王蜂の、そして、その中心にいるアヴちゃんという存在の、「私」を突き詰めるがゆえに、ときに時空すら超えた外側にも拡張していくその眼差しの在りようにこそ、私は興味をそそられる。

神戸のドープなライブハウスシーンから発生した獰猛なバンドサウンドは、洗練と野性を兼ね備えたワールドワイドなポップサウンドへと変化し、ここにきて、日本の古典的な芸能の響きをも自分たちの血肉として消化している。女王蜂の歴史を振り返れば、そこにはいくつものダイナミックな融合や変化が起こってきたことがわかる。その融合や変化の奥には常に、アヴちゃんの「内」と「外」を往還し続ける冷静な眼差しがある。きっとアヴちゃんは、室町時代の能楽師にすら「私」を発見したことだろう。簡単に捏造可能な感情や薄い言葉を塗りたくるのではなく、体や魂の動きに導かれるように。悶々と内面を掘るだけでは発見できない、地域性や時空をも超えたさまざまな外部との接触を通じて、「私」を発見し続けること──それが女王蜂の道なのだと考えれば、本作に付けられた「十二次元」というタイトルは秀逸である。このバンドが生きている世界は、もはや三次元や四次元で収まるものではないのだ。

アヴちゃん(Vo)(撮影:森好弘)

アヴちゃん(Vo)(撮影:森好弘)

リアルに、華やかに、神秘的に存在する女王蜂

超然としながら、それでいて、どこまでもポップ。女王蜂の魅力は、そういうところにもある。女王蜂は、私たちの前に現れた頃から謎に満ちた神秘的な存在感を放ち続けているが、彼女たち自身は自らを「神秘」のベールに包み隠して見るものを煙に巻くようなセコいことはしない。彼女たちは、とてもリアルに、そして華やかに、存在している。リアルだからこそ神秘的であり続けているのが女王蜂である。この数年間、ファンならずともきっと多くの人が、女王蜂やアヴちゃんの名前をさまざまなメディアを通して目にしてきただろう。前作「BL」リリース以降のアクションにおいても、冒頭に書いた「犬王」への出演のみならず、Hey! Say! JUMP「狼青年」(2020年)や、LiSA「GL」(2021年)といった楽曲提供、オーディション番組「0年0組」のプロデュースなど、アヴちゃんによる課外活動は多岐にわたっている。

またさらに、アルバム「十二次元」には、アニメ「後宮の烏」のオープニングテーマであった流麗で典雅な「MYSTERIOUS」に、アニメ「チェンソーマン」11話のエンディングテーマであった、本能と慈愛のロックソング「バイオレンス」といったタイアップ曲も収録されている。これらの楽曲は、今の女王蜂がいかに世の中から求められる存在であるかを物語っていると言えるし、また同時に、世の中との交わり合いの中で、女王蜂がその表現の本質を手繰り寄せてきたことの証とも言えるだろう。女王蜂を語るうえで、メインストリームとアンダーグランドの二項対立などは意味を成さない。あらゆる要素は彼女たちの中で混ざり合うし、また、それがどんな歪な形をしていようと、その人が生きる「生」、それこそがその人にとっての「王道」であるという自律した意志が、女王蜂の作品には強く刻まれている。アヴちゃんは、本作のラストを飾るタイトルトラック「十二次元」でこう歌っている──「さあ誰のせいにもせずに 可愛いおばあちゃんになるの 歌い踊り 狙うは九つ先、十二次元」。

生き物のように生まれ変わり続ける既発曲

先に書いた「犬姫」もそうだが、アルバムバージョンになって生まれ変わった既出のシングル曲も、本作「十二次元」の聴きどころだ。生々しいバンドサウンドによって体温と孤独の温かさを伝える「夜天」のアナザーバージョン「堕天」は本作の1つのハイライトと言える。また、編集者やアーティストなどさまざまな顔を持つ才人・歌代ニーナをフィーチャリングに迎えた「KING BITCH(feat. 歌代ニーナ)」は、シングルバージョンよりも日本的なエッセンスが加味された躍動的で生命力あふれるグルーヴィなサウンドに。魂と魂を絡ませるような、あるいは、超人同士のくっちゃべりのような、アヴちゃんと歌代の縦横無尽な歌唱が素晴らしい。これらのリアレンジは、人間の体の細胞が刻一刻と生まれ変わっていくように、女王蜂の楽曲もまた独自の時間軸を抱きながら、生き物のように生まれ変わり続けていることを感じさせるものだ。

歌代ニーナ(左)とアヴちゃん(Vo / 右)。

歌代ニーナ(左)とアヴちゃん(Vo / 右)。

「MYSTERIOUS」の歌詞には「一番いい役をやりましょう」というフレーズもあるが、本作「十二次元」は、女王蜂がこれまでずっと作品に抱いてきた演劇的なエッセンスが過去最高に色濃く出ている1作でもある。そこにも「犬王」などの経験からの影響は感じられるが、それを象徴するように、本作には、最後の「十二次元」の前に「長台詞」という楽曲が収められている。「楽曲」と書いたが、アヴちゃんによる台詞の語りが、その静謐な空間の空気とともに捉えられた、朗読とも言えるし、フィールドレコーディングとも言えるような1曲である。ステージに立つということはどういうことなのか? 「演じる」ということはどういうことなのか? それらはアヴちゃんの中で、「生きる」こととどのように重なり合っているのか?──そうした問いの先にある秘密が、この静かな1曲には込められているような気が、私にはしている。

またアルバムの完全生産限定盤には、2022年3月3日に日本武道館で開催された単独公演「犬姫」の模様を収録したBlu-rayが付属する。女王蜂がステージの上で生き抜く姿が鮮明に捉えられている映像である。生きることの悲しみも喜びも愚かしさも噛み締めながら、より巨大な何かに挑みかかるような女王蜂の姿が、とても美しい。

ライブ情報

全国ホールツアー2022-2023「MYSTERIOUS」(※終了分は割愛)

  • 2023年2月12日(日)大阪府 フェスティバルホール ※SOLD OUT
  • 2023年2月19日(日)宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) ※SOLD OUT

単独公演「バイオレンス」

2023年3月2日(木)東京都 東京ガーデンシアター

プロフィール

女王蜂(ジョオウバチ)

2009年神戸にて活動開始。アヴちゃん(Vo)の高音と低音を使い分ける個性的なボーカル、作詞作曲やビジュアルを含めたセルフプロデュースによる存在感、独創的なステージが話題となり、2011年にメジャーデビューを果たす。デビュー以降も独自の世界観を貫くライブパフォーマンスや多数の作品で注目を集め続けている。2021年2月には初の東京・日本武道館での単独公演を2日間にわたり開催。2022年3月にも2度目の武道館公演を成功させた。2023年2月にニューアルバム「十二次元」をリリースし、3月には東京・東京ガーデンシアターにて単独公演「バイオレンス」を行う。