女王蜂のニューアルバム「悪」が3月5日にリリースされた。
前作「十二次元」から2年ぶりのアルバムとなる今作には「狂詩曲」「メフィスト」「首のない天使」「01」といった既発曲、昨年行われた結成15周年ライヴに合わせて発表された「超メモリアル」のアルバムバージョン、「ヒプノシスマイク」に提供された楽曲「おままごと」のセルフカバーに加え、バンドの新境地を感じさせる新曲5曲を収録。結成15周年を迎えた女王蜂が、さまざまな苦闘を経て到達した高みを聴き手にアピールする、充実の作品となっている。
今回の特集では音楽ライター天野史彬による全曲レビューを掲載。それぞれの楽曲の魅力を噛み締めつつ、女王蜂の新たな世界に浸ってもらいたい。
文 / 天野史彬
激動の2年間を経て届けられた「生きてきてよかった」というメッセージ
3月5日にリリースされる、女王蜂のフルアルバム「悪」。「十二次元」から2年ぶりのオリジナルアルバムとなる本作だが、この2年の間に、女王蜂にはさまざまなことがあった。「十二次元」リリース後の2023年5月、アニメ「【推しの子】」のエンディング主題歌に提供した「メフィスト」の広がりは女王蜂の名をさらに広く知らしめたが、その直後、バンドの結成メンバーであるルリちゃん(Dr)が卒業を発表する。それでも、翌2024年4月20日には、東京・国立代々木競技場第一体育館にて結成15周年を記念する単独公演「女王蜂 結成15周年単独公演『正正正(15)』」を行い、女王蜂がまだまだ続いていくことを宣誓したが、6月に入ると、アヴちゃん(Vo)が体調不良により休養することを発表。当初予定されていた全国ツアーも中止となった。
「悪」は、そんな激動の2年間の果てに届けられたアルバムである。タイトルの「悪」という1文字、その簡潔でシンボリックな佇まいの奥にも、数多の感情や実感が刻まれていることを感じさせる。生きていること、生きてきたこと。湧き上がる祝福、消えることのない痛みと迷い、静かな決意。本作では色とりどりのサウンドの中に、「生きてきてよかった」という力強い気持ちと、「今この瞬間にも、自分の内側と外側で何かが失われているのかもしれない」という予感が重なる。柔らかな肉体の奥で、強さも弱さも抱えた思いと、記憶と刹那が目まぐるしく渦巻く。まるで人間そのもののような音楽である。
この2年間、いろいろなことがあった。それは女王蜂だけでなく、あなたや私も同じだろう。だからこのアルバム「悪」は、私たちと指を絡ませ、手をつないでくれる。恐ろしく違う人生を生きる私たちが、それでも同じように「生きてきた」ということを思い出させ、「これから一緒に生きていこう」と告げる。切なくて、優しくて、美しいアルバムだ。
2025年に入り、1月にアヴちゃんが活動を再開。1月から2月にかけて「全国ホールツアー2025『狂詩曲~ギャル爆誕~』」も開催された。筆者は2月18日に行われた東京・LINE CUBE SHIBUYA公演を観たが、息をのむほどに素晴らしいライヴだった。ステージ上の女王蜂の激しくも静謐な立ち姿は、喜びも悲しみも引き連れて歩んでいこうとする深い覚悟を感じさせた。本作「悪」は、そんな今の女王蜂の覚悟を、世界中のより多くの人々に伝えるだろう。
1. 紫
「あなたたちに出会えてほんとうによかった」──アルバムの始まりを告げる「紫」で、アヴちゃんはそう歌う。透明感のあるサウンドと美麗なメロディに乗せて、アヴちゃんは、まるでこれまでの人生を振り返り、これから先に何が起こるかわからない未来を、それでも見つめるように、言葉を紡いでいく。「ねえ、どんな酷いことが起こり得るの?」。そんな問いかけに、アヴちゃんは自らこう答える。「どんな酷いことも起こり得るよ」。しかし、その言葉の響きの奥から、この曲が絶望に沈むための歌ではないことをあなたは感じるだろう。
2. 狂詩曲
読み方は「ラプソディ」。昨年配信リリースされたシングル曲であり、映画「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」の主題歌でもあった1曲である。メロディアスでありながらダンスミュージック的なダイナミズムも持った、女王蜂らしいハイブリッド感が美しく華やかに響く。「わたしは初めてあなたのことを忘れたわ」──この歌い出しが聞こえてきた瞬間、きっとあなたは思い出す。孤独は今も変わらずあなたの中にあることを。その悲しみの清々しさに、思わず笑みがこぼれるかもしれない。
3. 超メモリアル(悪 ver.)
2024年4月に国立代々木競技場第一体育館で開催された結成15周年単独公演「正正正(15)」の会場、そしてファンクラブ会員のみ通販で限定販売されたシングルの表題曲でもある「超メモリアル」に、インパクト大なイントロが加わったアルバムバージョン。歌詞も含めて、女王蜂というバンドの歴史と空気感そのものをパッケージングしたようなハイテンションな1曲で、女王蜂が大切にしてきたものがあふれ出し、愛おしく爆発している。「ウチらがまだ思うこの気持ち / いい加減な心じゃきっとないよ」──マジで絶対そうだよ。
4. 山狩り
勇猛に疾駆するラテン風味のビートと、その上を流れる流麗なピアノ。そして、アヴちゃんの美しきハイトーンボイス。「血沸き肉躍る」という表現がピッタリな始まりで耳を惹きつけるのは4曲目「山狩り」だ。野性味あふれるサウンドと、どこか語り部に徹しているようなアヴちゃんの歌唱のコントラストも絶妙で、歌詞はファンタジックでありつつ、現代社会の風刺のようにも感じられる。荒々しくもミステリアスな風が颯爽と吹き抜ける、そんな1曲だ。
5. SAILOR
山の次は海へ、景色は急速に展開する。「水夫」を意味するタイトルが掲げられたこの5曲目は、鋭く生々しいバンドサウンドがさまざまなイメージを喚起させる。「山狩り」同様、ファンタジックでありつつもリアルな質感を持った幻惑的な1曲である。女王蜂の表現における幻想とリアルの境界線は、私たちの想像の範疇を遥かに超えた場所にある。「荒れ狂う波に / 生きて死ねるか / 誰に決めれることじゃないの」──ここにもまた、1つの壮絶な「生」が描かれている。
6. 08
特定のジャンルや明解な物語性というより「女王蜂であること」という一点において統一された本作は、楽曲それぞれが異なる世界観や音楽性を持ち、まるで因果や根拠や予定調和をぶっ壊すように1曲1曲が進行していく。「SAILOR」の終盤の静けさから、この「08」の強烈なファンクサウンドが聞こえてくる瞬間のカタルシスがまた強烈だ。「0」を「∞」に。その繰り返し。何度倒れようと何度でも起き上がる女王蜂の尽きぬ闘争心が歌詞に刻まれた、再生の歌。他人の輝きに乗っかる人間には歌えない、自分の人生を生きる人だから歌える、不屈の歌だ。
7. おままごと
7曲目は、アヴちゃんが「ヒプノシスマイク」に提供した楽曲のセルフカバー。「ヒプノシスマイク」版では邪答院仄仄(CV:ファイルーズあい)の歌唱とミニマムなトラックがもたらす緊迫感が魅力的だったが、この女王蜂バージョンではバンドサウンドの重厚なグルーヴ感とダーティさが加わり、より獰猛なヘヴィロックとして聴き手に襲いかかってくる。「ねぇ 絆とやらを見せて頂戴よ」と歌われた「ヒプノシスマイク」版に対し、「さぁ 絆とやらを見せてあげるわよ」と歌う女王蜂バージョン。女王蜂の、バンドの、誇りがここにある。
8. メフィスト
アルバムの終盤は立て続けに強力なシングル曲群が収録され、クライマックスを彩る。まず8曲目は、アニメ「【推しの子】」のエンディング主題歌で、「THE FIRST TAKE」でも歌唱された「メフィスト」。ゲーテの戯曲「ファウスト」にも登場する悪魔メフィストと、「【推しの子】」の世界観が重ねられた歌詞に救済と呼べるような答えはなく、むしろ、アヴちゃんはこう歌う──「どうやら総ては叶わない」。あらゆるものの視界を埋め尽くすほどの強烈な光と、その背後にある影。そのどちらもの強さと儚さを知るアヴちゃんだからこそ生み出し得た1曲だ。
9. 首のない天使
アプリゲーム「勝利の女神:NIKKE」の1.5周年テーマソングとなった1曲。歌詞のモチーフになっているのは、発見されたときから頭部がない状態だったギリシャ彫刻「サモトラケのニケ」だ。勇壮に空を突き進む天使の姿を想起させるスピード感、均整の取れたサウンド、「『わたしが来たならもう大丈夫』」という全能感のあるフレーズと、頭と腕を失った現実の「サモトラケのニケ」の美しくも歪な存在感。それらが聴き手の頭の中で混ざり合い、鮮烈なイメージを呼び起こす。
10. 01
アニメ「アンデッドアンラック」のオープニングテーマであり、本作「悪」のラスト前に力強く肯定的なエネルギーを発する1曲。前述した「08」は「0」と「∞」を大胆な跳躍で往復する楽曲だったが、この「01」には「0」から「1」に向けて足を踏み出す、その瞬間の小さくも膨大な心の動きが、勇気が、刻まれている。喪失感と無力感を抱え、説明書通りのわかりやすい解説や教えやなんかでは救われることのない複雑な心を携えながら、「それでも、生きる」という道を選び取る1人の人間の姿。「ほかにやることがないなら、希望くらい持てよ」。音が、言葉が、そう訴えかけてくるようだ。
11. 悪
最後の審判が下されるその時まで、歩き続けることしかできない。忘れることができてしまう、手放すことができてしまう、そんな自分という生きものの愚かしさや弱々しさや残酷さに嫌気がさしながらも、それでも、「あきらめる」ということができない。どうでもいい連中に磔にされて燃やされる気なんて、さらさらない。それでも、「自分」という鋭い眼差しはレーザーポインターのように自分自身を狙っている。でも、どうしても、あきらめることができない。
アヴちゃんがこのアルバムで「悪」と呼んだものは、どうしようもなく複雑で入り組んだ人間という生きものの在りようだった。自分の中に「悪」を見出した人の作る表現がこんなにも優しいということを、私は本作を聴いて改めて思い出した。
プロフィール
女王蜂(ジョオウバチ)
2009年神戸にて活動開始。アヴちゃん(Vo)の高音と低音を使い分ける個性的なボーカル、作詞作曲やビジュアルを含めたセルフプロデュースによる存在感、独創的なステージが話題となり、2011年にメジャーデビューを果たす。デビュー以降も独自の世界観を貫くライヴパフォーマンスや多数の作品で注目を集め続けている。2021年2月には初の東京・日本武道館での単独公演を2日間にわたり開催。2023年5月にリリースしたシングル「メフィスト」はテレビアニメ「【推しの子】」のエンディング主題歌としてスマッシュヒットを記録した。2024年4月には結成15周年を記念した単独公演「女王蜂 結成15周年単独公演『正正正(15)』」を東京・国立代々木競技場第一体育館で行った。同年6月からはアヴちゃんが休養に入るも、2025年1月にスタートしたホールツアー「狂詩曲~ギャル爆誕~」で復活。3月に2年ぶりのニューアルバム「悪」をリリースした。5月からはアルバムを携えたホールツアー「悪」を開催する。