松任谷由実|音楽で刻んだ2020年の記録

負けん気に火が付いた

──続く「What to do ? waa woo」は自転車をモチーフにした楽曲です。

私は自動車の運転免許を持っていないので、電動自転車が重要なライフラインなんですよ。でも自粛期間明けに乗ろうとしたら、干からびたような状態でパンクしていたの。それで新しい1台を買ったら、プロデューサーが「自転車の歌にすれば?」と。私のソングライティングは昔からメロディ先行型だけど、この曲と「REBORN ~ 太陽よ止まって」を構成している要素のほとんどはプロデューサーが打ち込んだループのトラック。サビの「What to do? waa woo waa woo waa」というコーラスも、トラックのみの時点から入っていましたね。

──ユニット的な制作というか、当世で言えばコライト的な作り方でしょうか。

そうそう。“トラックありき”という作り方が本当にできるのかどうか、最初はかなり不安だったんだけど、それをできる回路もつかみ取りたかったから。松任谷由実名義からはずっとそういうスタイルでやってきたとも言えるけど、完全にユニットというわけでもないし、今回は特にコライトっぽいのかもしれない。もっとも、私たちはアーティストとプロデューサー同士でもあるから互いに意見も言い合うけど、大抵は「ああ、そうですか」と私が直すことの方が多いんですよ。でも自分で書いた曲にはプライドもあるし、もし音楽面で袂を分けたら、曲の権利をどう主張し合えばいいのかしら(笑)。

──何の話ですか(笑)。ちなみに会心の出来に達した際、プロデューサーからはお褒めの言葉がかかったりするのですか?

一切ないですね。ただオッケーだったときの彼は、よりスイートニングに執念を燃やし、曲を映像化する方向に向かいますね。仲良しこよしじゃないんですよ(笑)。

──失礼しました(笑)。ドラマ主題歌の「知らないどうし」はラテン+歌謡のアプローチですね。

自分の中にラテンの引き出しは相当数あるんだけど、強いて言えば「マシュ・ケ・ナダ」(セルジオ・メンデス)のような温度感とイヴァン・リンスのような転調ですかね。

──「降り止まぬ 雨の中」からのパッセージに情感が引き立てられます。

「あの日にかえりたい」でも用いているスケールです。当初、このパッセージのないバージョンを提出したら、ドラマのプロデューサーさんから「ちょっと地味かも?」という意見が返ってきて(笑)。それで松任谷共々、「なにくそ、それなら」と負けん気に火が付いて。

──しかしユーミンともなれば、別にそうしたリクエストにノーを出しても許されると思うのですが、本当にどんな商業的なリクエストも打ち返しますよね。

それは、そんなところで妥協をしても妥協のうちには入らないし、根本が揺るがないという自信があるからですよ。コマーシャルとアートをどのくらい高いレベルで一致させられるか。それが私と松任谷の挑戦の歴史ですから。

──そのテレビドラマ「恋する母たち」は言わば不倫の物語です。不倫を肯定云々ではなく、近年はフィクションを描くにあたってもコンプライアンスが付いて回りがちです。そうした環境にやりづらさを感じたりするような局面はありますか?

私は特にないですね。そもそもそうした抑制とか縛りが存在することって、ある意味、本来とても日本的なことだと思うし。昔だって“夜の生活”とか“肉体関係”っていう言葉って、大したことないんだけど妙にエロくて、なんだか面白かったじゃないですか。英語だと具体的に言わなきゃならないけど、「知らないどうし」という日本語もそれだけで関係性がわかるし、ちょっとエロいのもいいかなって。大サビの歌詞も気に入っているし、情感の表現におけるラテン音楽と日本語の親和性の強さを再認識しました。

約40年ぶりの召集令状

──「あなたと 私と」は、オンラインゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」の主題歌として書き下ろされたナンバーでした。

先方からのリクエストは、「ゲームの音楽にとどまらない、大きく、博愛的な曲を」というものでした。直接的には描いていないけど、刀剣の美しさにも改めて気付かされましたので、日本の精神性、文化の素晴らしさを大事にしたいという思いも込めていて。その点では「散りてなお」も同じですね。でも、この曲の雰囲気はどちらかと言えば「1920」「ノートルダム」と同じく、ちょっとヨーロッパ風。イギリスのフォーキーな感じかな。歌詞もメロディも去年の秋、コロナ禍の前に書いたものだったんだけど……。

──まさに現在のコロナ禍の状況と一致しますね。

具体的にはコロナめがけて書いたわけじゃなかったしそっちへ誘導したくもないんですが、結果的にはコロナ禍が終わった頃、くぐり抜けた闇を振り返るような曲になってしまった。これまでも曲が予言のように機能したことはあったけど、さすがにこの曲は自分でもちょっと気味が悪くなりましたよ。

──続く「散りてなお」は、映画「みをつくし料理帖」の角川春樹監督から主題歌制作のオファーを受けて、手嶌葵さんのために書き下ろした曲のセルフカバーです。

手嶌さんの声は想像していた通り素晴らしく、独特の質感でした。その特徴が最初から表れるように「さらさらと」というオノマトペを歌い出しにして。

──角川さんとは、81年公開の映画「ねらわれた学園」の主題歌「守ってあげたい」でタッグを組まれた仲で。

約40年ぶりの召集令状!(笑)

──角川さんからのリクエストは「『春よ、来い』を超える1曲を」だったそうで。

そう(笑)。でも、サビのメロディが浮かんだとき「やった!」と思い、その少しあとに「散りてなお」という言葉が浮かんできたので、「ああ、これで大丈夫だ」って。「現し世(うつしよ)に もう無いのに 誰も消し去れはしない」という歌詞が、そのままこの歌のテーマになった。真価はリスナーに届いてから決まるものだとは思いますが、自分では「春よ、来い」を超えられたと思っていて。これも新しい扉を開けてくれた、大事な1曲となりましたね。

ボーカルのテコ入れ

──「REBORN 〜 太陽よ止まって」もラテンなグルーヴです。今作はシーケンシャル、バンド編成、ストリングス、ホーンセクション、パーカッションを巧みに使い分け、主に死の匂いは荘厳なサウンドから、対して生の躍動はラテンやエレクトロのエッセンスから描かれているという印象を受けます。

この期に及んでもなお伸び代を求めますが、そこに進化と姿勢を感じていただきたい(笑)。私は私のファンだけじゃなくて、客観性を持った音楽ファンに広く自分の音楽を届けたいんですよ。この曲ではラテンでよく見られるスキャットの手法も用いながら、コロナ禍を経て「再生する」「生まれ変わる」というイメージで書きました。エレクトロサンバに日本語を乗せることが今カッコいいと私は思っているんですよ。

──と、いうと?

日本語って母音が付いているから喉もすべてその形になるでしょう? 対して英語やポルトガル語は発音の構造からとても音楽的なんですよ。だけどこの曲ではジャムセッションのようなグルーヴのラテンに日本語の歌詞をうまく乗せて歌えたと思う。なかなかやれる人が限られてくるのでは?と自画自賛したくなるほどの手応えを感じています。「黒いオルフェ」と言ってピンときてくれるリスナーには、私が目指した雰囲気をより明快に共有してもらえるのかも。最初、あまりうまく歌えなかったので、ボーカルを徹底的にトレーニングしてね。

──そういえば今作のボーカルは、前作「宇宙図書館」よりも芯が強い気がします。

もっと細かく言うと、強さを抑制できることで細やかなニュアンスを出せるような強化を心がけて、ボーカルを徹底的にテコ入れしたんです。

──着心地のいい楽な服を着るのではなく、流行や先端の服、エッジの効いた服に体のほうを合わせるのがユーミン流とも言える。

そうそう。実際、私は服も本当にそういうスタンスで着ていますからね。


2020年12月2日更新