この曲を最後に入れるのが据わりがいい
──ラストの20曲目「おはよう」はツアーのオープニングで使われていたSEが元になっているわけですが、これを最後に置こうと思ったのは?
据わりがよかったという感じですね。「がらくた」とか「ジャンク品」とか、「壊れていてもかまいません」とか、そういう1つの理念みたいなものに乗って進んでいった結果「LOST CORNER」という曲ができあがったあとに、「『おはよう』ってもしかしたらここに据えるために作ったのかな」という感じが自分の中にあった。ボコーダー的な声とか、ガチャガチャ鳴っている感じとか、このアルバムのトーンとして一貫したものがある感じがして。この曲を最後に入れるのが据わりがいいなと思った感じです。
──聴いた印象では、最後に「おはよう」という曲を置いた効果として、視点が主観から客観に切り替わって終わるというか、最後にカメラが引いていって終わるような、そういうような感覚もありました。
わかります。この曲を作っていた頃のことはあんまり覚えていないんですけれど、ボコーダーとかデジタルクワイア的なものをなんの気なしにやっていたときに、なんかこう、壊れかけ感というか。そういうものを出したいという感覚がすごくあったんです。壊れかけて命からがら、最後の力を振り絞るようなニュアンスという。それに合わせるためにピアノの音色とかも壊れかけの感じにしたりとか。そういうふうに微調整をして最後に据えたという。なので、このアルバムの最後のために作ったような感じはありますね。
奪われない領域を持つこと
──全体についての話を改めて聞かせてください。アルバムが完成して、アートワークやパッケージングも含めて、どんな作品ができあがった感じがありますか?
「STRAY SHEEP」から4年かかりましたけど、ジブリ映画の主題歌を依頼されたのも、だいたい前のアルバムを作り終わった直後くらいだったんですね。だから、既存曲はほぼ「地球儀」と向き合う時間の中で作り上げたもので。さっきもさんざん話しましたけど、ほとほと疲れ果てたというか、音楽家人生も危ぶむような感覚になっていた。けれど、その先のいろんな経験を経て「しょうがないよな」というあきらめを得た。これはネガティブな意味ではなく、いろんなものを失っていくということに対する許容であって。「こんなもんだよな、でもまあしょうがないし、それはそれでいいことだよな、悪いことばっかりでもないよな」という感じになった。自分の実像と虚像に対しても、いい具合に距離を取れるようになった感じがあるんですよ。いろんな人に届けば届くほど、やっぱりそこには誤解というものも、雨後の筍のように湧いて出てくる。1つひとつ潰したとしても到底追いつかないような作業になるわけで、付き合っていてもしょうがない。そうなったときに、じゃあ自分にとって大事なのは何なんだろう?と考えてみたところ、それは“奪われない領域を持つこと”だっていう。どれだけ悪意にさらされたとしても絶対に奪われない領域をどこかに確保しておくという。
──奪われない領域を持つ。
人それぞれ、どんなものでもいいと思います。それが何かは言語化したくないんですけど、自分自身の中にもある。その領域は、もしかしたら自分で思っている以上に狭い、大したことのない、小さなものかもしれない。でも、それを1つ強固に持っていれば、どれだけ自分の実態と乖離していくイメージがあったとしても、別に大きく崩れることはない。そういうふうに思えるようになったというのが大きくて。だから今回、アルバムのジャケットも自画像のつもりで描いたんです。昔だったらおよそできなかったというか、自分の神経症的な部分が拒否する感覚があったんだけど、今は別に構わないというか。どれだけ世に晒されたとしても、私には奪われないものがありますからという。そういう腹のくくり方ができるようになった。そういう変遷を記録するアルバムになったのかなという気はします。
──今おっしゃった「奪われない領域を持つ」という感覚は、米津さん自身にとって大事なものであると思いますし、アルバムを聴いた人にも、それぞれの生活や価値観の中で伝わるものがあるな、という感じがしました。だから最初に言ったように、ヒット曲たくさんのアルバムだけど聴き手に1対1で届くような作品になっている。歌われるのは失うことや、取り返しのつかないことや、道を外れるようなことで、それを肯定するようなアルバムである。なぜ肯定できるかというと、奪われないものがあるからである。そこも含めて伝わる人にはきっと伝わるんじゃないかな、という気もします。
そうであるといいですね。今回のアルバムの曲は全部自分1人で作ったんですよ。今まで表題曲はけっこうな割合で誰かと共同編曲をしていたんですけど、それはひとまずアルバム曲ではやめようと思って。相対化しないようにした。音楽としては非効果的な形になるかもしれないけど、でもこっちのほうが気持ちよくない?という思いがどうしても強くあって。それを相対化したくなかったんです。別に壊れていてもいいじゃん、気持ちいいと思ってるんだからという。今回のアルバムはその感覚で突っ走れるところまで突っ走ろうというマインドがあった。だから作っていてめちゃくちゃ楽しかったんです。
ツアー情報
米津玄師 2025 TOUR / JUNK
- 2025年1月9日(木)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2025年1月10日(金)宮城県 セキスイハイムスーパーアリーナ
- 2025年1月17日(金)新潟県 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
- 2025年1月18日(土)新潟県 朱鷺メッセ・新潟コンベンションセンター
- 2025年1月22日(水)神奈川県 横浜アリーナ
- 2025年1月23日(木)神奈川県 横浜アリーナ
- 2025年1月28日(火)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年1月29日(水)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年1月30日(木)愛知県 Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
- 2025年2月8日(土)福岡県 みずほPayPayドーム福岡
- 2025年2月9日(日)福岡県 みずほPayPayドーム福岡
- 2025年2月15日(土)大阪府 京セラドーム大阪
- 2025年2月16日(日)大阪府 京セラドーム大阪
- 2025年2月21日(金)北海道 大和ハウス プレミストドーム(札幌ドーム)
- 2025年2月26日(水)東京都 東京ドーム
- 2025年2月27日(木)東京都 東京ドーム
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表し、日本語楽曲としては史上初となるアメリカ「RIAA Gold Disk」を記録。2023年4月からは全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。6月に「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」、7月にスタジオジブリ宮﨑駿監督作「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」をリリースした。2024年4月、NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌として書き下ろした「さよーならまたいつか!」を配信リリース。8月公開の映画「ラストマイル」主題歌として「がらくた」を書き下ろす。同月、6枚目のアルバムとなる「LOST CORNER」をリリースした。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」
米津玄師 kenshi yonezu (@hachi_08) | Instagram
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2024年8月27日更新