「僕はこうやって生きてきました」「僕はこういうふうに生きていきます」
──歌詞についてはどうでしょうか? 書くにあたっての最初の手がかりになったのはどういうものでしたか。
歌詞が一番悩みましたね。どこから始めるべきかっていう。これは「君たちはどう生きるか」という映画を観た人間であればみんなわかってくれるとは思うんですけど、およそ物語に対して当てはめるような作り方では成立しない。今でも覚えているのは、ある程度できあがったラッシュ映像を観せてもらって。そのときに思ったのが象牙の塔ですね。
──というと?
ある程度、観る人のことを考えていないというか、彼が最初のほうの打ち合わせで言った「蓋を開けて、後ろ暗いドロドロしたものを出す」っていう、そこにすべての焦点が当たっている映画だと思いました。だから、この物語自体を要約して曲を作ることは、もう土台不可能だなって。それは最初のうちからわかりきっていたことなんで、じゃあどういうふうに作ればいいのかを考えると、幼少期から彼の映画を観て育って、その映画自体や、それを作る後ろ姿を享受しながら生きてきた自分と宮﨑駿という、この2軸の関係性の曲を作ることでしか成立しないだろう、と。なので「君たちはどう生きるか」というタイトルでもありますけれども、自分が曲を作るスタンスとしては「僕はこうやって生きてきました」で「僕はこういうふうに生きていきます」だという。そういう感覚で宮﨑駿というものを捉え直して音楽にすることでしか作れなかったですね。なので、歌詞もそういう感じにはなっています。もちろん、この曲は決して自分のことを歌ったわけではないんですけれど。映画のために作った曲であるし、主人公のことや物語の中で巻き起こったことを投影した曲ではありますが、それと同時に、宮﨑さん自身や、宮﨑映画を観て育ってきた自分、そういういろんなものが、混濁したまま、紐解かれていて。生まれたところからさかのぼっていって、どういうふうに生きていくかっていう、そういう歌詞になりました。最後の最後まで悩んだのが歌詞で。「僕が生まれた日の空は」で始まる歌詞だから、本当は死ぬところまで入れたかったんです。「僕が死んでいくときの空は」って。そういう言葉も入れたかったんですけど、それをするにはあまりにも不穏なものが残るし、「君たちはどう生きるか」というタイトルの映画に対して、それは蛇足であろうと。なので削ったという経緯はあります。
──この曲は「僕が生まれた日の空は」という歌い出しですが、そこは米津さんがこういう指針で曲を作ろう、歌詞を書こうとなってからはスッと出てきた言葉だった?
そこから始まりました。圧倒的に祝福を感じるようなところから始めたいと思ったんですよね。宮﨑さんが、「この世は生きるに値する」と子供たちに伝えるために、今まで映画を作り続けてきたことも踏まえると「あなたはここで望まれて生まれてきたんだ」というところから出発しないことには曲が成立しないだろうなという確信がありました。
──歌詞を見て個人的に一番グッときたところが「この道が続くのは続けと願ったから」という一節でした。ここに関してはどうでしょうか。「道」という言葉に込めたものは?
いろんなものの連続の上で自分が生きているわけで。それこそ宮﨑駿という人の作ったものを受け取りながら自分は大きくなってきたし、また、それを受け取った自分が作るものに対して、何かを感じてくれていろんなものを作る若い人たちがいて。近年はそういう若い人たちと話す機会も増えたりしていて、自分はそういう連続の上に成り立っているんだなというのを実感できる機会がどんどん増えてきているんです。で、何かものを作ったりするときに、最終的に何が大事なんだろうかと考えたところ、もちろん才覚とか適性とかそういうものも大事だけど、それ以上に、やっぱり熱意とか、意志とか、あとは仲間とか。それがないと始まらないということが、歳をとればとるほど、痛いほどによくわかってくるんですよね。何かを成そう、こうしたい、ああしたいという、そういう意志がまず最初にないと、いくら未曾有の才覚、とんでもない適正や才能みたいなものがあったとしても、始まるものも始まらない。それがなくて崩れていった人たちもたくさん見てきましたし。やっぱり熱意、意志、ある種の祈りみたいなものが根本にある。だからこそ、1つひとつ、ゆっくりと歩くように前に進んでいくことができる。「何かについて願う」ということが、ものすごく本質的な、普遍的な行為なんじゃないか。そういった思いがこのフレーズに色濃く出たんだと思います。
いろんな歴史や文脈の上に自分が今生きている
──歌詞には「小さな自分の 正しい願いから始まるもの ひとつ寂しさを抱え 僕は道を曲がる」という一節があります。これは宮沢賢治の「春と修羅」にある「小岩井農場」の一節との関連性を感じるフレーズになっていますが、ここに関してはどういう由来や意図があったんでしょうか。
まず大前提として、「小岩井農場」のその一節がずっと好きなんですよね。10代の頃、自分の目の前に転がっている小さな石につまずいて頭を打って死んじゃうんじゃないかとか、それくらい神経過敏になって衰弱していた頃に、自分を救ってくれる一節だったんです。同時に、宮﨑さん自身も宮沢賢治に対していろいろ思い入れがあり、自分と宮﨑さんの間にある大きな共通点だと思ったんです。これはもう入れないことには成立しないなって。自分の人生というものがあって、その中でいろんなことを経てきた結果、この映画にたどり着いた。それも自分にとって大きな祝福だし、光栄なことであって。じゃあ、なぜ幸運なことになったのかと考えていくと、やっぱりいろんなものに救われて生きてきたという実感があって。特に宮沢賢治の「小岩井農場」の一節があったのとなかったのでは、大きく自分の人生は違っていただろうと思います。あるいはもしかすると、この世に生きていなかったかもしれない。それくらい自分の中で本当に大きなもので。それを無視して曲を作ることは自分にとって不可能でした。最初からここに当てはめるために、この曲を作るために、自分はその一節のことを大事に思って生きてきたんだろうなという、そういうある種の必然的なものを作りながら感じていたのは覚えていますね。
──これは受け取った側の解釈で、「君たちはどう生きるか」は観た人によって何百通りも解釈できる作品ではあると思うんですけど、自分の印象としては、何かを受け渡す、継承するということがテーマの1つになっている映画だと思ったんです。宮﨑監督があとの世代に自分のやってきたことを受け渡すということだけじゃなく、彼自身もまた先人から何かを受け継いだという、ある種の創作にまつわるバトンのようなものが描かれているように感じました。で、この「地球儀」という曲の中に宮沢賢治の一節が入っていることは、宮﨑駿作品に対しての米津玄師による主題歌というだけではなく、もっとその先人からの影響も曲の中に封じ込められてるということを意味するわけで。そういう意味で、映画の主題歌としての強度がさらに増していると思いました。
いろんな歴史や文脈の上に自分が今生きているということはすごく思います。僕はパウル・クレーがすごく好きなんですよ。パウル・クレーが描いた「新しい天使」という絵があって、それについてのヴァルター・ベンヤミンの言葉も。
「新しい天使」と題されたクレーの絵がある。そこには一人の天使が描かれていて、その姿は、じっと見つめている何かから今にも遠ざかろうとしているかのようだ。その眼はかっと開き、口は開いていて、翼は広げられている。歴史の天使は、このような姿をしているにちがいない。彼は顔を過去へ向けている。私たちには出来事の連鎖が見えるところに、彼はひたすら破局だけを見るのだ。その破局は、瓦礫の上に瓦礫をひっきりなしに積み重ね、それを彼の足元に投げつけている。彼はきっと、なろうことならそこに留まり、死者たちを目覚めさせ、破壊されたものを寄せ集めて繋ぎ合わせたいのだろう。だが、楽園からは嵐が吹きつけていて、その風が彼の翼に孕まれている。しかも、嵐のあまりの激しさに、天使はもう翼を閉じることができない。この嵐が彼を、彼が背を向けている未来へと抗いがたく追い立てていき、そのあいだにも彼の眼の前では、瓦礫が積み上がって天にも届かんばかりだ。私たちが進歩と呼んでいるのは、この嵐である。(ヴァルター・ベンヤミン「歴史の概念について」より)
そういう言葉があって、それもすごく好きなんです。自分もそれなりに長く生きてきて、年が経っていくにつれて、やっぱり懐かしいものや、自分が見て育ってきたものや、感受性が今より豊かだった時代に過ごしてきたことを思い返しながら日々を生きていくことが増えてきて。そのうちに、今となってはもう取り返しがつかないことや、いなくなってしまった人のことも同時に思い返します。そういう言葉の影響もこの曲にはありますね。
小さな地球を作っているような、世界を作っているような感じがした
──「地球儀」という曲名はどういうところから出てきた言葉だったんでしょうか?
これは単純なインスピレーションなんですけれど、「崖の上のポニョ」制作に関するドキュメンタリーを観ていたら、宮﨑さんが地球儀に絵を描いていたんですよ。ジブリの周辺の土地を地球儀に水彩画で描いていて、こうすることによって自分の暮らしている土地が立体的に見えて面白いということをしゃべっていて、そのシーンがすごく記憶に残っていたんですよね。地球儀に対して絵の具を乗せた筆を滑らせていくというのがすごく印象的でした。
──その光景に、曲のモチーフの中心になるようなインパクトがあった。
宮﨑さんは映画というフォーマットで架空の世界を作り出してきたわけですけれど、地球儀に筆を滑らせるのを見て、本当に小さな地球を作っているような、世界を作っているような感じがしました。そこに彼が今までやってきたことの本質的な部分が詰まっているんじゃないかと思ったんです。そこから「地球儀を回すように」という言葉が出てきて、それならタイトルも「地球儀」がいいんじゃないかって、直感的に思いました。
──CDシングルのパッケージには楽曲制作を追った写真集も封入されています。これを見ての印象はどうですか?
宮﨑さんと自分が同じようなアングルで写真になっているところもあって。僭越というか、居心地の悪さも感じます。若輩者がすみませんって感じがします。
──完成の打ち上げの風景の写真もありますね。
初号試写のあと、別日に打ち上げがあったんです。最初に宮﨑さんと鈴木さんが挨拶したんですけれど、その次に久石譲さんと自分が呼ばれたんですよ。2人で登壇して、久石さんからもピアノのペダルの軋みに関してお話頂いたりしたのですが、そのあとに鏡開きをする流れになって。宮﨑さんと鈴木さんと久石さんと一緒に呼ばれて。事前に「もしかしたら登壇するかもしれません」と言われていたんで、右往左往せずにどっしり構えようと思ってたんですけれど、まさか鏡開きまで一緒にするとは思わなかったんで「そんなこと、ある?」って思うくらいの状況にオドオドしてしまって。「せーの!」で振りかぶったんですけれど、宮﨑さんと鈴木さんがパワフルなおじいちゃんたちなんで、一瞬早くて、思いっ切り打ち付けたら、飛び散ったお酒を振り遅れた自分がかぶっちゃって。「げへへ、すいません」みたいな感じになって。もっと堂々としていればよかったなっていう記憶がありますね。
プロフィール
米津玄師(ヨネヅケンシ)
1991年3月10日生まれの男性シンガーソングライター。2009年よりハチ名義でニコニコ動画にボーカロイド楽曲を投稿し、2012年5月に本名の米津玄師として初のアルバム「diorama」を発表した。楽曲のみならずアルバムジャケットやブックレット掲載のイラストなども手がけ、マルチな才能を有するクリエイターとして注目を浴びる。2018年3月にリリースしたTBS系金曜ドラマ「アンナチュラル」の主題歌「Lemon」は自身最大のヒット曲に。「Lemon」も収録した2020年8月発売の5thアルバム「STRAY SHEEP」は、200万セールスを突破する大ヒット作品となった。同年の年間ランキングでは46冠を達成し、翌年も2年連続で年間首位を記録。Forbesが選ぶ「アジアのデジタルスター100」に選ばれ、芸術選奨「文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)」も受賞した。デビュー10周年を迎える2022年5月に映画「シン・ウルトラマン」の主題歌「M八七」やPlayStationのCMソング「POP SONG」を収録したシングル「M八七」をリリース。11月にはテレビアニメ「チェンソーマン」のオープニングテーマを表題曲とするシングル「KICK BACK」を発表した。2023年3月に日本コカ・コーラ「ジョージア」のCMソング「LADY」を配信リリースし、4月からは全国ツアー「米津玄師 2023 TOUR / 空想」を開催。6月にPlayStation®5用ゲーム「FINAL FANTASY XVI」のテーマソング「月を見ていた」を配信リリースする。7月に、宮﨑駿監督の最新映画「君たちはどう生きるか」の主題歌「地球儀」を表題曲とするCDをリリースした。
米津玄師 official site「REISSUE RECORDS」