ナタリー PowerPush - 矢野顕子、忌野清志郎を歌う

矢野顕子のニューアルバム「矢野顕子、忌野清志郎を歌う」がリリースされた。これは2009年5月に亡くなった忌野清志郎の楽曲10曲を矢野が歌ったカバーアルバム。11曲目には矢野と清志郎がデュエットした「ひとつだけ」のリマスタリング音源も収められている。

ナタリーではこのアルバムについて、そして清志郎との思い出について、矢野顕子本人に話を訊いた。

取材・文 / 大山卓也 インタビュー撮影 / 福岡諒祠

詞と曲だけを引っ剥がして歌った

矢野顕子

──アルバム聴かせていただきました。清志郎さんの曲は個性が強いからどんな作品になるかと思っていたんですが、実際聴いてみたら……。

矢野顕子のアルバムでしょ?

──でした。すごく。

そうなんですよ。

──故人に捧げる“トリビュートアルバム”ではなく、楽曲自体に向き合って作られた“カバーアルバム”ということですよね。まずは今このアルバムを作ろうと思った理由から伺えますか?

まあ、思いつきなんですけれども(笑)。ただ彼の曲はなかなか、曲だけを抽出して考えることは難しくて、どうしてもああいう歌い方、ああいう声とかっていうのがね、ついてきてしまう。曲だけを引っ剥がすのが難しいんですね。全部トータルで忌野清志郎ですから。

──そう思います。

だから今回はそこからあえて詞曲だけを取り出して、こんなに素晴らしい作品があるっていうことを皆さんに知っていただきたいっていう。それが動機です。

──矢野さんから見て、清志郎さんの詞曲の優れたところ、好きなところというのは?

いろんな時期がありますけども、私は後期の、晩年のほうが好きですね。本気でものを言う、本気で愛を歌う、本気で人の幸せを願うという姿勢がそのまま歌に出ているので。それでもまあ本当にね、長いキャリアでたくさんのいい曲があるので。歌う曲を選ぶのは大変でしたけどね。

彼が生きていてもこのアルバムを作っていた

──選曲はどういう基準で行ったんでしょうか?

私が歌いたい曲というのが一番の基準になってます。「雨あがりの夜空に」や「スローバラード」は有名ですけど、別に私が歌う必要はないと思いました。それよりもあまり知られてない中にも、宝石のような曲があるので。

──清志郎さんの曲を歌うのは難しかったですか?

はい、とても難しかったです。

──矢野さんはいろんな方の曲をカバーしていますが、今回特に難しかった点というのは?

やっぱり今回のように1人の作品をCD1枚分取り上げるっていうことはやったことがないので、その中で変化を持たせるということ。そして元々の曲がそれほど複雑な構造ではないので、それをどうやって飽きさせずに皆さんに最後まで聴いてもらうかっていうのは考えましたね。

──清志郎さんが亡くなってからまだ3年半ほどですが、制作にあたって特別な思い入れや感傷もありましたか?

そういうのは全然ないですね。別にトリビュートアルバムじゃないし。私のアルバムですから。私が彼の歌を歌ったらこうなったっていうだけですね。

──じゃあ例えば清志郎さんがご存命でも……。

そうそう。生きててもやってると思います。やっぱりね、彼の歌う姿勢が好きなので。彼は「愛しあってるかい?」って言うけどあれはファッションでなく、みんなが「イエーイ!」って言うためのものではなく、本当に本当に、みんなに愛しあってほしいと思って言ってるわけですよね。

──そうですね。

彼が「ラブ&ピース」「戦争は嫌だ」って言ってるときは本当に嫌だって思ってるわけで。私が彼を一番好きだったのは、その、本気でものを言ってるところでしたから。だから私もそういう気持ちで彼が書いた曲を歌いたい。多分彼が生きてても死んでても私はそうしていたと思います。

一緒に「誇り高く生きよう」って言いたい

──先程「詞曲だけを取り出して歌った」と言われましたが、清志郎さんと同じ気持ちで歌うということは、清志郎さんの精神を矢野さんの歌声で伝えることにもなりますよね。

結果的にそうなると思います。彼がこの曲を書くときに思ったことと、私がこの曲を歌うときに思ってることっていうのはおそらく一緒だと思うんです。それは私がほかの人の曲を歌うときも同じで、奥田民生の歌を歌うときも「多分ここが肝だと思う」「こういう思いで彼は書いたんじゃないか」って思って歌っているので。

──それについて作者本人と話すこともあります?

はい。あとで訊いて合致してることもあるし、全然違う場合もありますね。

──でも今回はその答え合わせができないわけですよね。

ふふ、まあね(笑)。

──でも矢野さん自身は、自分と清志郎さんの思いが一緒だと思っている。

そうですね。つまりあの、トリビュートアルバムじゃないから「私が歌いたい」っていう理由で彼の歌を“題材”として使ってるわけです、悪く言えばね。だけれども、彼と私の人間的な共通点っていうのもあって、それで言えば私たちは同じ船に乗っていたわけです。同じ歌を歌うときはおそらく同じ気持ちで歌ってたんだと思う。だからそういう、ある種共通の土台を持つ2人が一方は死んでて一方は生きていて、私が彼の歌を歌うときにはやっぱりその共通の部分で歌ってるんですね。

──その、矢野さんと清志郎さんの共通の部分というのはどういうものなんでしょうか?

本気でやるっていうことですね。言うべきことを、彼はいつも本気で言って、真正面から「誇り高く生きよう」って歌ってたわけです。私もそこに共感するし、一緒に「誇り高く生きよう」って言える。言いたい。そういう共通の土台があるんですね。

ニューアルバム「矢野顕子、忌野清志郎を歌う」/ 2013年2月6日発売 / 3150円 / YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS / YCCW-10192
ニューアルバム「矢野顕子、忌野清志郎を歌う」
収録曲
  1. 500マイル
  2. 毎日がブランニューデイ
  3. デイ・ドリーム・ビリーバー
  4. 誇り高く生きよう
  5. 雑踏
  6. 多摩蘭坂
  7. 胸が張り裂けそう
  8. 約束
  9. 恩赦
  10. セラピー
  11. ひとつだけ(矢野顕子 with 忌野清志郎)
矢野顕子 (やのあきこ)

1955年東京生まれのシンガーソングライター。幼少からピアノを弾き始め高校時代にはジャズクラブで演奏する。1972年頃からセッション奏者として活躍し、1976年にアルバム「JAPANESE GIRL」でソロデビュー。1979年から1980年にかけては初期YMOのライブメンバーも務めた。近年はrei harakamiとのユニット・yanokamiで新たな一面を見せるなど、そのチャーミングで独創的なスタイルは、後に続く世代のアーティストたちにも絶大な影響力を誇っている。2013年2月にはカバーアルバム「矢野顕子、忌野清志郎を歌う」をリリース。