音楽ナタリー PowerPush - やなぎなぎ

「春」ではなく「春擬き」「モドキ」ではなく「擬き」

やなぎなぎがニューシングル「春擬き」(はるもどき)をリリースした。

やなぎ11枚目のシングルの表題曲は現在放送中のテレビアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」のオープニングテーマ。彼女はこのアニメの前シリーズのテーマソングも担当しており、その楽曲「ユキトキ」同様、今回の「春擬き」でも作曲・編曲に北川勝利(ROUND TABLE)を迎えている。

この曲でやなぎは、スタイリッシュながらもエモーショナルなバンドサウンドと、北川ならではの流麗なメロディに乗せて、ストレートで力強い言葉の数々を歌い上げている。これまで文学的ともとれる抽象性の高い歌詞を紡いできた彼女はなぜ直截な言葉を選び取ったのか。話を聞いた。

取材・文 / 成松哲

「ユキトキ」と同じ系譜の違う曲

──やなぎさんの単独ライブではもちろん、アニメソング系のフェスでも「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」(「俺ガイル」)の前シリーズのオープニングテーマ「ユキトキ」ってものすごく支持されてますよね。

本当にありがたいことに、好きでいていただいている実感はあります。

──そして今回のシングル曲にして「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」のオープニングテーマ「春擬き」も制作陣は「ユキトキ」と同じ。作詞はやなぎさんで、作曲・編曲はROUND TABLEの北川勝利さんが手がけています。

確かに「『俺ガイル』の続編のオープニングテーマを」というお話をいただいたときから、聴いてくださる皆さんの中に「『俺ガイル』といえば北川さんのメロディ」っていうイメージがあるんだろうな、という意識はありました。私自身「ユキトキ」からの流れを大切にしたかったから「『俺ガイル』のオープニングならやっぱり北川さん」とも思っていましたし。

──で、その「春擬き」なんですけど、攻めましたね(笑)。

ふふふふふ(笑)。

──「ユキトキ」もスタイリッシュなポップチューンだと思いきや、エモーショナルなギターソロが飛び込んできたりと、実は熱い曲だったんだけど、「春擬き」は「ユキトキ」よりもBPMは速いし、いわゆるバンド的カッコよさを強調した1曲になっています。

最初にいただいたデモはメロディとコードバッキングだけで構成されたホントにラフなものだったので、「あっ、ちょっと『ユキトキ』っぽいな」って思っていたんですけど……。

──北川メロディだけあって、やっぱりスタイリッシュですもんね。

そうなんですよね。でもそのとき「このメロディに攻めたギターが乗ったら面白いかな」っていうアイデアが浮かんできて。プリプロのときに北川さんにそのお話をして「『ユキトキ』と同じ流れにはあるんだけど、ちょっと違うアプローチにしたほうが面白いよね」っていうイメージを共有しつつ、実際にメロディを歌いながら、このアレンジに仕上げていった感じなんです。

「スムーズに作詞せざるをえない?」「制作期間的な意味で」

──そしてやなぎさんの詞も……。

攻めてみました(笑)。

──「僅かな亀裂から いくらでも縒れて」「ぬるま湯が すっと冷めていく音がしてた」。いつも以上に言葉が強いし、みんながみんな、よかれと思って利他的な行動に出た結果、なぜか人間関係に悩む結果に陥っている、今の「俺ガイル」の展開にも寄り添っています。

だから詞の書き方自体はいつも通りなんです。アニメを観たり、原作小説を読んだりしながらそのスピンオフ的な物語を作りつつ、その上で自分にも心当たりのある部分を探していくっていう書き方をしている。私にも「周りがよければそれでいいんじゃないか?」って思う瞬間はありますし、でもそれでいて、その「よければ」っていうのは本当にいいことなのか? 私にとっては“本物”のいいことなんだけど、周りの人たちにとっては“本物”のいいことなのか?って考えることもありますし。作中にも「本物がほしい」っていうフレーズが出てくることだし、今回はその“本物”に特化して詞を書きたかったんです。

──ただ、やなぎさんは、求めれば必ず“本物”が手に入るとも思ってないですよね。「こんなレプリカは いらない 本物と呼べるものだけでいい」と歌っておきながら、直後には「でもそれは 良く出来たフェアリーテールみたい。」と続けている。本物が手に入るなんてのはおとぎ話なんじゃないか、と歌っているわけですから。

ふふふふふ(笑)。「世の中、やっぱり都合のいいことばっかりじゃないよなあ」っていう気もしてますから。

──この温度感がすごく心地よかったんです。強い言葉も散見されるんだけど「本物を手に入れろ!」とドヤしはしない。だけど「おとぎ話みたいな話かもしれないけど、どこかに本物ってあるかもよ」とちゃんと希望を持たせてくれるから。

ありがとうございます。今回の詞については、スムーズに作詞せざるをえなかったのがよかったのかなって思ってます。

──スムーズに作詞せざるをえない?

制作期間的な意味で(笑)。

──なるほど(笑)。

でも、だからこそ火事場の馬鹿力的な瞬発力が生まれたというか。“本物”をモチーフにしようってバババッと決めて、そこから一気に書き上げられたんです。それにスケジュールの都合があったからストレートな言葉が生まれたのかな、という気もしますし。いつもみたいに天邪鬼なことを考えているヒマがなかったですから(笑)。

──言葉がストレートになったのは、もうひとヒネり加える時間がなかったから(笑)。

「あの制作期間じゃないとこの詞は生まれなかっただろうな」と思うし、それはすごくうれしいことでしたね。

ニューシングル「春擬き」 / 2015年6月3日発売 / NBCユニバーサル・エンターテイメント
初回限定盤 [CD+DVD] / 1944円 / GNCA-0380
通常盤 [CD] / 1296円 / GNCA-0381
収録曲
  1. 春擬き
    [作詞:やなぎなぎ / 作曲・編曲:北川勝利]
  2. 鱗翅目標本
    [作詞・作曲・編曲:やなぎなぎ]
  3. 春擬き(instrumental)
  4. 鱗翅目標本(instrumental)
やなぎなぎ

関西出身の女性シンガーソングライター。2006年からライブハウスやインターネット上で音楽活動を開始するや注目を集め、2009年にはsupercell「君の知らない物語」にnagi名義でゲスト参加。幅広い層の支持を集める。2012年2月、テレビアニメ「あの夏で待ってる」のエンディングテーマ「ビードロ模様」でメジャーデビュー。以来「ヨルムンガンド」のエンディングテーマ「Ambivalentidea」、「AMNESIA」のオープニングテーマ「Zoetrope」、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」のオープニングテーマ「ユキトキ」など、話題のアニメのテーマソングを立て続けに発表し、2013年7月には1stアルバム「エウアル」を発売。以降もアニメ「凪のあすから」の前期エンディングテーマ「アクアテラリウム」、「ブラック・ブレット」のエンディング曲「トコハナ」などを発表し、また2014年12月には2ndアルバム「ポリオミノ」を完成させた。そして2015年6月、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続」のオープニングテーマ「春擬き」を発表した。