山本彩|息苦しい時代に鋭い“棘”を

山本彩が9月4日にニューシングル「棘」をリリースした。

このシングルには今の山本だからこそ書けるセンセーショナルな歌詞が印象的な表題曲「棘」、高橋海(LUCKY TAPES)とコライトしたR&B調の「feel the night feat. Kai Takahashi(LUCKY TAPES)」、ツアーを一緒に回ったバンドメンバーと制作した「unreachable」の3曲を収録。音楽ナタリーでは山本にインタビューを行い、彼女の挑戦が詰まった本作の制作の裏側に迫った。

取材・文 / 清本千尋 撮影 / 草場雄介

うれしかった「意外にロックしてるじゃん」の声

──6月から2月まで続いたライブハウスツアーが終わり、今は夏フェスシーズンですね(取材は8月に実施)。先日は「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」でLAKE STAGEに立たれましたが、いかがでしたか?

ステージに立つまですごくビビっていたんです。初めての「ロッキン」で、LAKE STAGEに出させていただいて、ここで結果を出せなかったら次に響いてくるんだろうなって。いざステージに出たら、全員が全員自分目的じゃないかもしれないけれど、LAKE STAGEいっぱいにお客さんがいて気合いが入りました。そこで歌ってすごく達成感もあったし、手応えも感じましたね。

──山本さんのライブを初めて観た方も多かったと思います。

終わってからTwitterでエゴサをしたら、初めての方もけっこういらっしゃって。それに「意外にロックしてるじゃん」みたいな声もあってうれしかったです。出る意味があったなと思いました。

怒りの感情が自分を奮い立たせてくれた

──ツアーの合間に曲作りもしていたそうですが、今回のシングル「棘」もその1つなんでしょうか。

いや、ツアー中に作曲したのは今回のカップリング曲で、「棘」はずっと温めていた曲で、ツアーと並行して制作を行いました。

──ユニバーサルミュージック移籍第1弾シングル「イチリンソウ」では、「一輪草のように ひとりでも 咲ける花になりたい」と歌っていた山本さんでしたが、「棘」では歌い出しの時点で「今日もまた一輪の花が枯れていった」とその“イチリンソウ”を枯らしてしまうんですよね。

山本彩

実はこれ、偶然なんです。たまたま“1人の人”を指す言葉として出てきたのが“一輪の花”だった。さっそく“イチリンソウ”を枯らしてしまったことは、スタッフさんに言われて気付いたんです(笑)。人が何かをあきらめたり、心が折れてしまったりすることを表現しようと思ったときに思いついた言葉が“一輪の花”だったんです。

──「棘」の歌詞では、個性を尊重しようと働きかける人が増えてきた一方で、顔が見えないインターネット上では憎悪が渦巻いている、現代の日本への怒りや、NMB48を卒業した山本さんが置かれている状況などが攻撃的な口調でつづられているのかなと思いました。

そうですね。こういうテーマの曲をいつか歌いたいと思っていたんです。今までにないぐらいむき出しな思いを書かせていただいたので、どんな受け取り方をされるのか少し不安もあったんです。でも「棘」でつづった思いは賞味期限があるなと感じていたのでスタッフさんに背中を押していただいて、勇気を出して今回シングルとしてリリースすることになりました。

──ある種、世間の山本さんへのイメージに対するアンチテーゼなのかなとも思いました。

それは確かにありますね。あと、私のことをグループのときから応援してくださっている方の中には、「どうせグループから出たらうまくいかない」とか「音楽ではどうせ成功しないよ」っておっしゃる方もいて。そういう声を気にしていた時期があったんです。そこで感じた怒りの感情が原動力になって自分を奮い立たせてくれたところもあったので、そういう思いも歌詞に込めています。ここまで強い感情を持って曲を書いたのは「棘」が初めてでした。

──「自分を守る場所を探し今日も歩く」「愛し愛されながら自由に死んでいきたい」と言う歌詞は山本さんを応援するファンへの決意表明にも見えます。

そういう一面ももちろんあります。自分をよく知ってくださっている方はきっと、この曲の歌詞でつづったような刺々しい顔が私にあることはわかってると思うんです。そういう面を出せて、1つ殻を破ることができた感覚もありますね。

私の作る音楽が引き止められるものになり得たら

──「棘」は重厚感のあるロックチューンです。レコーディングには山本さんのほか、真壁陽平さん(G)、本間昭光さん(Key)、飯田高広さん(Programming)、CrossfaithのTatsuyaさん(Dr)といったそうそうたるメンバーが参加しました。レコーディングはいかがでしたか?

私はボーカルとアコースティックギターを担当したんですけど、ギターのフレーズがけっこう難しかったんですよね。でも根岸孝旨さんが自分が想像していたものとはまた違ったアレンジをしてくれて広がったイメージに、息を吹き込んでいく作業はとても楽しかったです。自分で作っておきながら歌もけっこう難しかったんですよね。いつも作っているときは気付かなくて、レコーディングになると「あれ、難しい曲だな」って気付くんです(笑)。この曲もひらめいたメロディがそのまま使われているので、自分のひらめきが自分を苦しめてるなと思います。

──ミュージックビデオでは有刺鉄線に巻かれた山本さんの姿に驚きました。

この曲は自分のことを歌ってもいるんですけど、同世代がきっと感じているセクシャリティやパーソナルな部分での息苦しさについても歌っているので、同世代の男女に出演していただいて。自分はここで描かれる若者たちの代表というか、痛みを感じている姿を象徴するために監督のアイデアで有刺鉄線に巻かれています。「棘」というタイトルにもつながるし、すごくインパクトのあるシーンに仕上がったと思います。

──現代で若者が抱えている問題を山本さんが代弁する理由を教えていただけますか。

この曲はもちろん、私が今まで発表した曲、これからリリースする曲が、誰かを救うまではできなくても、悩みを抱えた誰かに同調することができたらいいなと思っていて。誰かが悪いほうに行ってしまいそうなときに、そうならないように引き止める役というか……そういう存在に私自身ではなくて、私の作る音楽がなり得たらいいなと思います。

──「棘」という言葉はこの曲の歌詞には出てこないですが、なぜ「棘」というタイトルに?

最初にデモを提出したときに付けていた仮タイトルが「棘」だったんです。いつも仮タイトルがあって、そこに向けて歌詞を書いていって、改めてタイトルを付け直すんですけど、今回は「棘」から変えられなかったんですよね。というより、この歌詞すべてを集約する言葉を探したときに「棘」しかなかった。世間にはびこる無数の棘とか、そういうイメージです。