“普通”のありがたみ
──お二人は2020年8月に「やのとあがつま」名義でのアルバム「Asteroid and Butterfly」を携えたツアーの開催を予定されていましたが、コロナ禍の影響で残念ながらツアーは中止となりました。思うような活動ができない1年だったかと思いますが、どう過ごされていました?
矢野顕子 (上妻に)どうでした?
上妻宏光 いろんなシステムが変わる、という感覚が自分にはありました。普通にできていたことができなくなって“普通”への感謝をすごく感じましたし、テーマや目標を設定することの大切さにも改めて気付かされました。それに3、4月頃は公演がなかったので、新しい曲を覚えるとか、何かを練習するとか、そういうモチベーションを維持するのが大変でした。たぶん人間というのは何か目標を持つことで、希望や未来が開けていくものなんだな……ということを痛烈に感じた年でしたね。
矢野 こんなことがあるんだなあ、っていう。家から出られないというだけで、何年かかけて自分の中で作り上げてきたスケジュールや生活のリズムが1回なくなっちゃって、そうすると体の調子も悪くなるし、どんどん自分が小さーくなって……私だけじゃないと思いますけど、人と触れ合えないことがこんなにも人間を不安にさせるのか、というのを十分に味わいました。
──コンサートというのはまさに人と触れ合える機会だと思うのですが、それができない状態が続きましたよね。今日は少しお客さんがいらっしゃいましたけど、基本的にテレビ用の収録でした。こういうセッティングでの演奏はいかがでしたか?
矢野 まったくの無観客というのは私はまだやったことがなくて、自分の家でピアノを弾いて配信でみんなに観てもらうというのは何回かやりましたけど、目の前のお客さんのためにやるライブとは根本的な違いがあると思います。でも今日出られた田島さんみたいに、定期的にそういうこともやってちゃんと自分を維持しているのは本当に偉いなあと思います。たぶんこの機会にたくさんギターも練習されたと思うんですよ。うまくなってましたもんね。……あ、ちょっと上から目線?
上妻 (笑)。いやいや、素晴らしかったですよね。僕はまずアッコさんと一緒にライブができたことがうれしかったし、楽しかったです。ツアーの中止もあって、本当にひさしぶりに一緒のステージで演奏したので。今日は少数ではありますけど観に来てくださった客席の方、会場のスタッフの方、そしてカメラの向こうにいる視聴者の皆さんのことを想像しながら、喜びや楽しさ、音楽の持つ力が少しでも伝わればいいなという思いで演奏させていただきました。
さすが私たち
──お二人でステージに立つのは何回目なんですか?
上妻 リモートは別として、実際に顔を合わせての演奏は……。
矢野 2回目だっけ? そんなことない? まあ本当に数回にも満たないですよ。とにかく2020年のツアーでお披露目するつもりだったのが、あらあらあら……ということだったので。だから2021年から始動ですね。
上妻 1年くらいやってなかったかもしれないですね。
矢野 でも全然ブランクないよね。
上妻 まあ、やのとあがつまですから(笑)。
矢野 そう、私たちだからね。さすが私たち(笑)。
──お二人はお互いの音楽のどういった部分に惹かれたのでしょうか。
上妻 矢野さんはやっぱり唯一無二というか、矢野顕子でなければ出せない世界というものを持ってらっしゃる。即興であるんだけども書き譜のような世界観もあるし、自分が歌って矢野さんにピアノを演奏してもらったときも、やっぱり歌心を感じるんですよね。(歌との)ひっつき方というか、テンポやコードのあて方とかそういうものが、ナチュラルな方なので全然そんなことも考えてないのかもしれないですけど、ハマりどころが素晴らしいんですよ。僕が言うのも生意気ですけど、そこが大好きなところです。
矢野 私は……津軽三味線やってる人ってどれぐらいいるんだろう。1万5千人ぐらいいる?
上妻 わかりませんけど、そこまで多くはないんじゃないですか(笑)。
矢野 彼はその中でも本当にうまくて、柔軟性がすごくあって、私のような音楽にもちゃんと合わせられる。そしてこの声も魅力的ですよね。だから2人だったらなんでもできるし、いくらでも新しい作品が作れる、そういう可能性がある。そういう人に出会えて、一緒に音楽を作れるというのは本当に幸せなことだと思います。
奇跡の出会いっていうの?
──民謡とポップスという畑違いのルーツを持つお二人ですが、どういう部分が重なったのでしょうか。
上妻 どういうところなんでしょうね。
矢野 どんな音楽にも美しさや力があるんですよ。それを全部分析して取り入れことはできるかもしれないけど、その音楽を持ってるのは結局人間なので、人間と人間が出会った美しさがないとね。「音楽は素晴らしいんだけど、むっちゃくちゃ嫌な人なのよ」っていう人だと一緒にできないもんね。
上妻 そうですね(笑)。
矢野 実際できないですよ。一緒にやろうと思わないもの(笑)。
──音楽には技術だけじゃなくて人間性も関係あるということですね。
矢野 うん。100パーセントじゃないけど、どこかで関係ありますね。だから、こういう人同士が出会ったこと、音楽と人がちゃんと結びついたことは、なんていうの、奇跡の出会いっていうの?
上妻 (笑)。気持ちいいと思える周波数というか、感覚ですよね。なかなか文字とかでは表すことができない、デジタルじゃないアナログなものですけど、そういうのが人間にはあるのかなと。音楽を生で聴くっていうことは、やっぱり耳とか目とか肌とか、いろんなもので振動を感じたり、温度や匂いを感じたりするわけですよね。矢野さんの持ってる感覚と自分の持ってる感覚がどこかで結びついて、そこから自分らしかできない音楽、サウンドというものが作っていけるのかなと思います。
2人の化学変化を楽しんでもらいたい
──視聴者へのメッセージや、ここに注目してほしいというポイントはありますか?
上妻 僕は三味線を演奏する人間なので、三味線のよさや面白さがより多くの方に伝わったらいいなと思います。三味線はポップスとかジャズには合わないという固定観念がありましたけど、やのとあがつまの音楽はカッコいいと思うので「こういうふうに混ざることもできるんだな」ということを感じてもらえたらいいですね。この世界観はなかなかないですし、2人の化学変化みたいなものを楽しんでいただければなと。
──では最後に。「FUJI & SUN」をはじめとする野外フェスに何か思うことはありますか?
矢野 なんかほら、虫がいるじゃない? あれがちょっとね……。夜の出番とかだと、小さい虫が来てね、口を開けて歌ってると入ってくるんですよ(笑)。フェスだと、やのとあがつまのライブを初めて観るとか、お目当てのステージまでちょっと時間があるから覗いてみようかみたいなことがあるから、そこで「いいじゃーん!」みたいな、そういう出会いをしてほしいですね。
上妻 僕は普段はホールやライブハウスでやっているので、野外ならではの解放感というか……地球と1つになれると言うと大げさかもしれないですけど、空とか風とか空気を感じることができることや、お酒や食べ物があったりといったお祭り的な部分というのがフェスの好きなところです。自分もお客さんとして遊びに行ったこともありますよ。
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「FUJI & SUN '20 LIVE」レポート