ウォルピスカーター×Orangestar|歌い手人生の始まりを作った恩人との邂逅

ウォルピスカーターの新作「Overseas Highway」が5月26日にリリースされた。

「Overseas Highway」は昨年3月に発表されたアルバム「40果実の木」から1年2カ月ぶりの新作音源。今作にはフジテレビ系テレビアニメ「デジモンアドベンチャー:」のエンディングテーマとしてOrangestarが作曲、Orangestarとウォルピスカーターが作詞した「オーバーシーズ・ハイウェイ」、ウォルピスカーターの盟友・神谷志龍が作曲した「口なしの黒百合」、気鋭のボカロP・YASUHIRO(康寛)が作曲した「シ・シ・シ」など計6曲が収録される。

音楽ナタリーでは「Overseas Highway」のリリースを記念してウォルピスカーターとOrangestarの対談を実施。ウォルピスカーターが2016年に発表した「時ノ雨、最終戦争」以来約5年ぶりにタッグを組んだ2人に、コラボ曲「オーバーシーズ・ハイウェイ」の制作の経緯や互いの存在について思うことを語ってもらった。

取材・文 / 倉嶌孝彦

ウォルピスカーターの「アスノヨゾラ哨戒班」はしっくりきた

──お二人の対談がメディアに載るのは今回が初めてのようなので、お二人が作品を通じて最初につながったところから話を伺えればと思います。ウォルピスカーターさんがOrangestarさんの楽曲を初めて歌ったのは、2015年4月に投稿した「アスノヨゾラ哨戒班」ですよね。数あるボカロ曲の中からこの曲を選んだのはなぜですか?

ウォルピスカーター とにかくメロディに惹かれたのを覚えています。当時Orangestarさんは売れ始めているボカロPというか、絶対に人気が出る“次世代のボカロP”みたいにいろんな人に言われていて。その中でも特に「アスノヨゾラ哨戒班」は僕のキーに合っていたし、メロディも大好きだったので最初に聴いたときから歌おうと心に決めていました。

Orangestar 原曲キーで歌ってくれたんですよね。

ウォルピス はい。

Orangestar 最初に聴いたとき純粋にすごいと思って、確かツイートしたんですよ。男性ボーカリストでこんなに高い声で歌えるのがすごいし、なんかしっくりきたんですよね。

──「アスノヨゾラ哨戒班」の“歌ってみた”動画はニコニコ動画で現在にいたるまで1500万回以上再生されており、“歌ってみた”カテゴリーの歴代1位になったりと、ウォルピスさん自身の代表曲のように語られることも多い楽曲になりましたよね。

ウォルピス 僕はOrangestarさんの曲に歌い手としての人生を1つ上のステージに上げてもらえたと思っています。もちろんいろんな方の力があって僕というボーカリストが存在しているわけですが、Orangestarさんに対する感謝の気持ちは本当に強く持っています。

──ウォルピスカーターさんが2016年にリリースした1stアルバム「ウォルピス社の提供でお送りします。」のインタビューで、Orangestarさんと会ったときのことを語っていて。Orangestarさんに「“歌ってみた”のほうが先に100万再生を達成して悔しい」と言われたことを明かしていました(参照:ウォルピスカーター「ウォルピス社の提供でお送りします。」インタビュー)。

Orangestar もちろん冗談で言ったんですよ(笑)。私は自分で投稿したボカロ曲に関しては歌い手の方々に自由にやってもらっていいと思っているし、そういう二次創作に関しても自分が作ったものを誰かがさらにパワーアップさせてくれているような感覚で見ているんです。だからウォルピスさんの“歌ってみた”が注目されて純粋に「すごいな」と思いました。

ウォルピス 僕ら歌い手は二次創作をしているだけで、1からものを生み出しているわけではないので、原曲を追い抜いてしまうというのは非常に不本意なところではあるんですよ。だから冗談を交えてでも「悔しいです」みたいに言ってもらえて、僕はうれしかったんですよね。ちゃんと認識してもらっていることがわかったし、自分の罪悪感もちょっと軽くなったような気がして。

──先ほどOrangestarさんはウォルピスカーターさんの「アスノヨゾラ哨戒班」を聴いて「しっくりきた」とおっしゃっていました。いろんな方に作った曲がカバーされる中でしっくりくるというのは珍しいことなんですか?

Orangestar そうですね。カバーを聴いて「すごいな」と思うことは多いんですが、しっくりくるというのはあまりないかもしれません。私の中では、自分のボカロ曲はボカロのボーカルで完結しているので、誰かのカバーを聞いて「いいな」と思うことはあっても「しっくりくる」ということはあまりなかったので、それが当時の自分にとっては新しい感覚でした。

ウォルピス うれしいですね。僕は基本的に“歌ってみた”をやるときは原曲の雰囲気を大きく崩しすぎないように意識しているんです。例えば歌い出しや語尾に感情を乗せて歌う方もいると思うんですが、僕は原曲のボカロのボーカルになるべく寄せて、あまり自分なりに脚色しないようにしています。だからOrangestarさんに「しっくりきた」と言ってもらえたのかな。

曲作りのために小説を書く

──お二人がタッグを組んで作り上げたリード曲「オーバーシーズ・ハイウェイ」は、テレビアニメ「デジモンアドベンチャー:」のエンディングテーマ曲でもあります。どういう経緯でタイアップ曲をコラボで作ることになったんですか?

ウォルピス 実は毎回アルバムを作るたびにOrangestarさんには書き下ろし曲のオファーをしていたんです。ただOrangestarさんは僕以外のいろんなアーティストからも依頼が殺到している忙しい作家さんなのでなかなかタイミングが合わず、1stアルバム以降は書き下ろし曲を歌えていなくて。でもちょうどOrangestarさんのタイミングがよさそうなとき、ありがたいことに「デジモン」のアニメタイアップのお話をいただいたんです。

Orangestar 私自身は普段タイアップで曲を作る機会があまりないので、既存の作品と向き合って曲を作るという感覚を持っていないんです。だから曲にどこまで自分のイメージを反映させていいのかわからないし、作りにくいかもしれないなと感じていたんですが、今回のタイアップ先が「デジモン」で、自分が触れたことのあるものだったので受けても大丈夫かなと思って。それに「デジモン」には私の書く曲のイメージと共通する要素があるような気がして、無理にアニメに合わせて作ろうとしなくても成立しそうだったんですよね。

──ウォルピスカーターさんのコメントによると「作詞から制作が始まった」とありますが、楽曲制作はどのように?

Orangestar 引き受けようと決めたところまではよかったんですが、このときは私生活がとても忙しい時期と被ってしまい……。あと私はもともと作詞で詰まると何も出なくなってしまうタイプなので、最初にウォルピスさんにイメージを固めてもらおうと思ったんです。詞先で曲作りをしたことはあまりなかったんですが、今回はコラボでもあったし、ウォルピスさんに先に歌詞を書いてもらおうと。

ウォルピス ただ、僕も詞から書くのは初めてだったんです(笑)。幸い今回は「デジモンアドベンチャー:」という作品が一番にあったので、そこからイメージを膨らませてみて。いきなり歌詞だけ書いてもイメージが伝わりづらいかなと思って、最初に簡単な小説を書いてOrangestarさんに渡したんです。

──どのような小説だったんですか?

ウォルピス まず設定を考えて。「デジモン」の曲なので少年少女を主人公にしてもよかったんですが、それを描くのはオープニングテーマの仕事だよなと思って(笑)、少年少女よりもちょっと上ぐらいの年齢層をイメージして書き始めました。大した内容ではないんですが、登場人物の描写と浮かんできたイメージを原稿用紙1枚くらいにまとめて。小説と、小説をもとに書いてみた歌詞、それと小説と歌詞の狭間で思い付いた言葉を箇条書きにしてOrangestarさんに送りました。

Orangestar あそこまでいろいろ書いてもらえると思っていなかったので驚きましたよ。

ウォルピス どうしていいかわからなかったので、とりあえずやれることを全部やろうと思って。

Orangestar そのおかげで曲のインスピレーションが自然と沸いてきて、急に作曲の作業が進みました。歌詞を書いてもらう前は、私が考えていることとウォルピスさんが考えてることを融合させて曲を作ろうと思っていたんですが、ウォルピスさんにめちゃくちゃいいものを書いてもらったので、この世界に乗っかろうと決めたんです。

──作詞のクレジットにはOrangestarさんとウォルピスカーターさんの名前が連名で書かれていますが、そもそもOrangestarさんが誰かと一緒に歌詞を書いたり、誰かに作詞を委ねることはあまりありませんよね?

Orangestar はい。これまでの人生で3回目かな。なので、すごく新鮮な気持ちで曲作りができました。メロディを作り終えてから、ウォルピスさんの作った世界に入って行って、僕の解釈で少しだけ歌詞を変えて今の形になりました。「人類未踏です」とか「未知上等」とか、一部の言葉はウォルピスさんのアイデアをそのまま使っています。本当は“猫”のくだりとかも使いたかったんですが……。

ウォルピス いやあ、やっぱりキャラクターものの「デジモン」という作品で歌詞に猫を入れるのは際どかったですよね! 実は僕が書いたサビの歌詞には猫を登場させていたんです。

Orangestar 本当は使いたかったんですよ(笑)。泣く泣く削ってしまった要素の1つです。

──「オーバーシーズ・ハイウェイ」という曲名はどちらが生み出したんですか?

ウォルピス これは僕じゃなくてOrangestarさんですね。

Orangestar 最初は「Overseas Highway」という仮タイトルを付けていたんですけど、正式な曲名についてどうしようかとウォルピスさんたちと話し合ったときに、「これでいいじゃん」となって。

ウォルピス 「オーバーシーズ・ハイウェイ」って言葉、天才的だと思ったんですよ。「over」も「sea」も「highway」も、全部Orangestarさんっぽい言葉だと思って、これ以外のアイデアはないなと。「これ以外考えられません!」というくらい曲にもピッタリの言葉だったので、うなずくことしかできませんでした(笑)。