普通、歌詞でゲロって使う?
──歌詞についても聞かせてください。アルバムの世界観が統一されている印象を受けたのですが、もともと全体的な物語性も意識していたんでしょうか?
智 全体のストーリーは考えていなくて、曲ごとにいろんな世界やイメージがある。それぞれのシチュエーションを大事にしつつ、「この場所では、こんなことが起きている」というものを入れ込みたかったんです。冒頭のインスト(「Port Dorothy(Instrumental)」)には航海が始まるイメージがあって、そこからいろんなことを経て、最後のインスト(「左目から零れ落ちる涙。」)で主人公が涙を流すというストーリーはあるんですけどね。そういった流れはvistlipのお決まりの手法で、これまでの作品でもけっこう取り入れていて。今回もその“らしさ”を踏襲しています。
──各楽曲で描かれている風景や感情は、智さん自身の体験ともつながっているんですか?
智 そうですね。自分が見てきたものを歌詞にしています。想像だけで歌詞が書けるタイプではないので、味わってきた感情や「あのときの現場、こんな感じだったよな」ということもしっかり入れ込んでます。
──どの曲もそうですが、すごく生々しいですよね。
智 今回は特にそうかもしれないです。テーマがテーマだったので、シチュエーションが聴き手に伝わらないと意味がないだろうなと。物語性が強くなると、聴き手が希望をリアルに感じられないと思ったし、結果として現実的なものが多くなった気がします。
──メンバーの皆さんは「THESEUS」の歌詞についてどんな印象を持ってますか?
Yuh 僕は基本的に中二感が強い人なので(笑)、「THESEUS」というタイトルの時点で心をくすぐられました。例えば「Fafrotzkies」というワードも、日常ではあまり使わないですよね?
智 そうだね(笑)。
Yuh 一生この言葉を知らないままの人のほうが多いんじゃないかなって。そういう言葉が曲のタイトルに入っているのもいいと思うし、遊び心もあって。楽しいという言い方が合ってるかわからないけど、読んでいてそういう気持ちになるし、トータルの世界観としてもすごく好きですね。
瑠伊 毎度毎度そうなんですが、智の歌詞は読めば読むほど味があるんですよ。ファンタジックなところもあるし、そうじゃないところもあるし、とにかく面白くて。あと音源を一聴するだけでは、ほぼ何を歌ってるかわからないというか、聴き取れない。
智 ハハハ。
瑠伊 だけど、歌詞を読んでから聴き直すと、内容がゴン!と自分の中に入ってくる。その点で毎回驚かされますね。同じメンバーでありながら、今回も楽しませてもらいました。
海 智の歌録りには基本立ち会うようにしているんですよ。歌い回しだったり、そこに込める感情もそうだけど、いろいろ試行錯誤しながら歌を録っていて。その最中に僕も「これはこういう意味なのか」と勝手に解釈しながら聴いてるんです。さっきも話に出てましたけど、今回はかなりリアルというか、直接的なワードが多いような気がしますね。それに、聴く人によって捉え方がだいぶ変わるだろうし、いろんな聴き方ができるのも面白いなと。「すごいこと歌うな」というのは、いつも通りなんですけど。だって「ゲロ」って普通歌詞で使います?
──あんまり使わないですね。
海 ですよね。あと、アニメやマンガのキャラクターの名前が出てきたり。わかる人はわかるけど、わからない人は「なんのこっちゃ」っていう歌詞もあって、そこは今までと違うところなのかも。リスナーを突き放しているわけではないんだけど、「刺さる人にだけ刺さればいい」という感じもあるのかなと勝手に思ってます。
智 せっかく環境が変わったんだし(vistlipは2023年に所属事務所から独立)、好きなことをやりたいと思うようになって。ワード選びにしても、「しがらみを気にしなくてもいいじゃん」というところもあったりするんですよ。
海 前はいろいろあったからね。
智 「この歌詞はやめて」みたいなことを言われたり。「歌詞カードのデザインで歌詞を隠してもいい?」と言われたこともあるんですよ。
海 「読みづらくしておかないとまずいかも」って意味でね。
智 コンプラですよね。今回はそういうのを一切気にせず、自分のありのままを表現できてるのかなと。本来ミュージシャンにはそういう役割があるというか、伝道師的なものでもあると思うんですよ。知ってること、経験したことを伝えて、さっきYuhが言ってたように「こんな言葉があるんだ」という発見につながったらいいなと。
──知らない価値観に出会ったり、「こんなことやっていいんだ」という衝撃がロックを聴く醍醐味ですからね。
智 そうそう。せっかくなら誰もやってないことをやりたいので。
Tohya 智の歌詞に関しては、ずっと「すごいな」と思っていて。決められた音の数に対する言葉のハメ方がすごいし、今回のアルバムでさらにスキルアップしてるんですよ。「どうしてこんなにうまくハマるんだよ?」というのが疑問ですらあるし、知らない言葉や「こんな言い方があるんだ?」みたいな発見もあって。遊び心もありつつ、より洗練された表現になっていると思います。バンドの友達と話してるときも、だいたい最後は「うちのボーカル、天才だから」で締めてるんですよ(笑)。
智 人の話で締めるなよ(笑)。
──(笑)。智さん自身も、歌詞の表現が広がっている実感があるのでは?
智 はい。ラップも楽しんでやってたし、「こんな言葉もハマるな。じゃあ使うか」と思って歌詞を書いた部分もあって。なので変わった言葉が入ってたりもするし、それが僕のオリジナリティでもあるのかなと思ってます。例えば「Matrioshka」も、デモ音源を聴いたときに「マトリョーシカ」ってワードが聞こえちゃったんですよ。そこから「マトリョーシカにつながる歌詞は……」と書いていって。そういう感覚的なところも大事にしながら作っていきました。