上原ひろみ×石塚真一|真摯に音と向き合う2人のジャズ対談

「BLUE GIANT」は架け橋になる力を持った作品

──そして「Spectrum」のリリース翌日には、「BLUE GIANT」のスピリットを伝えるイベント「BLUE GIANT NIGHTS 2019」も始まります。昨年に引き続き、上原さんは2年連続の参加ですね。

石塚 本当にありがたいです。というのも、僕が「BLUE GIANT」というマンガを描いている究極のモチベーションは“ジャズという音楽の魅力を1人でも多くの読者に知ってもらうこと”この1点に尽きるんですね。若い読者からの「どんなライブを観ればいいですか?」という質問にどう返したらいいか考えたとき、僕にとって去年の「BLUE GIANT NIGHTS」がまさにその答えだったんです。

上原 そうですよね。

石塚 第1回にはオーディションを勝ち抜いた高校生バンドのJAMM、現代ジャズの最先端を走るドラマーであるケンドリック・スコット・オラクルさん、そして上原さんとタップダンサーの熊谷和徳さんが参加してくださいました。ジャズが持っている熱量と奥深さ、可能性をたったひと晩で感じられるライブなんてそう出会えるものじゃないし、それを「BLUE GIANT」の名前を冠したイベントとして開いてもらえるなんて、がんばってマンガを描いてきてよかったと心から思いました。マンガ家としては本当に夢ですよ! だから去年の打ち上げでも出演者の皆さんを前に「夢を叶えてくれてありがとうございます」って挨拶をしたんですけど、実はそのときに大変な失態をおかしてしまいまして……。

上原 失態ってなんでしたっけ?

石塚 よりにもよって上原さんにお渡しする花束を忘れるという……。まだ怒ってるでしょ?

上原 最初から怒ってないですよ(笑)。

BLUE GIANT NIGHTS 2019

石塚 いやー、改めてあのときはすみませんでした(笑)。上原さんには冗談抜きでめちゃくちゃお世話になったから。ご自身のステージで最高のパフォーマンスを見せてくれたのはもちろん、ラストに出演者全員でセッションするパートでも「じゃあ、この曲を演ろう」「テーマのつなぎ方はこう」「演奏する順番はこうで」と完璧に仕切ってくれたんです。あのケンドリックさんも「先生、わかりました!」という感じであっという間に形にしてくれて、あの日のセッションは本当に感動的でした。高校生と世界のトッププレイヤーが一心不乱に、でも楽しそうに演奏していて。こういう光景もまた「BLUE GIANT NIGHTS」でしか観られないものだなって。

上原 本当に楽しかったです。ちなみにあれは別に私が出しゃばって仕切ったわけじゃなくて……。

石塚 わかってます、わかってます(笑)。

上原 石塚さんが「BLUE GIANT NIGHTS」を通じて何を伝えたいのか、昨年の出演者の中では私が一番理解していたつもりでした。マンガのすごいところは、自分が興味がなかった知らない世界への入り口になってくれるところだと感じていて。実際、ジャズが好きで「BLUE GIANT」を読み始めた人より、石塚さんのマンガが好きで「BLUE GIANT」と出会って、その結果ジャズに興味を持った人のほうが何倍も多いと思うんです。そういう読者の方は、作中に描かれた主人公・宮本大くんやバンド仲間の姿を見て、もしかしたら初めて「彼らが人生を賭けているジャズのライブって、一体どんなものなんだろう」と思ってくださったかもしれない。それがライブに足を運ぶきっかけになれば、私たち演奏家にとってもこんな幸せなことはないですし、「BLUE GIANT」はその架け橋になる力を持った作品だと思うんです。

石塚 うう……ありがとう!

上原 だからこそ初めてジャズを聴きに来てくださった「BLUE GIANT」ファンの方にも、問答無用で伝わる何かが絶対に必要だなと。そう考えたとき、自分が一期一会の演奏をするのは当然だけど、オーディションを勝ち抜いて出場した若い子たちに光を当てたかったんです。「BLUE GIANT」も前半は高校生がプロを目指す物語なので、お客さんは作品の世界を目の当たりにしている気分になるでしょうし。何より後先考えず一心不乱にがんばっている演奏というのは、問答無用で胸を打つんです。それを表現しているのが「BLUE GIANT」というマンガのよさだと思うので。ちなみに去年一緒に出演したケンドリックは、たまたま私のバークリー時代の同期なんですね。

──そうだったんですか。

上原 そうなんです。気心の知れた間柄なので、リハでは彼に「このセッションではとにかくオーディションウィナーの子たちを全面に出そう。私たちはサポートに回りつつ、全員が混ざりあう演奏にしようよ」と話をしました。ケンドリックもよく理解してくれたんですが、傍目には私が仕切ってるように見えたんじゃないかと(笑)。

どこまでも真摯であること

──今年の「BLUE GIANT NIGHTS 2019」でもオーディションを勝ち抜いた若きバンドがオープニングアクトを務める予定です。上原さんは2017年に共作アルバムを発表したエドマール・カスタネーダさんとデュオでの出演ですね。

石塚 エドマール・カスタネーダは上原さんとのデュオライブを何度か観ましたが、この人もすさまじいミュージシャンですよね。昨年の熊谷さんとの共演も素晴らしかったけど、それに負けず劣らずのエキサイティングな演奏を見せてくれると思う。めっちゃ楽しみにしています!

──そういえば上原さんは2016年の「モントリオール国際ジャズフェスティバル」で初めてエドマールさんのハープを聴いたとき、「頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた」と仰ってましたね。

石塚 え、鈍器で?

上原 そうです(笑)。実演を見ても何がどうなっているのか、まったくわかりませんでした。それまでハープというのは流麗でたおやかな音のする楽器と思い込んでいたんですけど、エドマールの弾くジャズハープはギターとベースと打楽器の音が一気に鳴り響くというか……とても1人の人間が演奏してるとは信じられなかった。松田優作さんじゃないけど「なんじゃ、こりゃ!」って感じで(笑)。今年の「BLUE GIANT NIGHTS」で彼を目撃するお客さんも、たぶん最初の数分は驚愕して言葉を失うと思います。

──しかもハープは全音階だけの楽器なんですよね。

石塚 え、どういうことですか?

上原 ハープが出せる音階は、ピアノで言うと白鍵の音だけなんです。エドマールに限っては弦をぐいっと曲げたり、早業でレバーを操作したりして半音を出すこともあるんですが、基本は黒鍵に相当する音が出ない。なので彼と共演する楽曲を書くときには、自分のパートは全音階と半音階の両方を使っても、相手パートは白鍵だけで成立するように工夫しているんです。

石塚 そうだったんだ! 今の今までまったく気付かなかった!

上原 してやったり(笑)。

左から上原ひろみ、石塚真一。

──では最後にイベントに向けた抱負をお願いします。

石塚 僕はこれまで「BLUE GIANT」というマンガを描いてきて、読者の方からよく「音が聞こえてくる感じがする」と言っていただくんです。

上原 私も心からそう思います。

石塚 ありがとう。そう言ってもらえるのは一番うれしいし、自分でも真剣に「ここは音が鳴ってるぞ!」という気持ちで1枚ずつ描いてきました。でも実は「いやいや、1度ライブに行ってみて! 本物のジャズライブを観たら人生変わるから」っていう思いを伝えるためにがんばってきた部分が大きいですね。自分がその媒介になれれば最高だと思って。

上原 うんうん。

石塚 僕が言うのもなんですが、「BLUE GIANT NIGHTS」は本当にそういうイベントになっていると思うんです。上原ひろみという「BLUE GIANT」に多大なインスピレーションをもたらしてくれている最高のピアニストが最大限に協力してくれて。こんなぜいたくな催しはなかなか観られないと思うので、ぜひ楽しんでいただきたいですね。

──上原さんはいかがですか?

上原 私自身が石塚さんに共鳴するのは、とにかく一生懸命なところなんですね。すごく単純なことですが、自分のなすべき仕事に対してどこまでも真摯であること。これはソロピアノにも通じると思うんです。1人で紡ぐ仕事っていくらでも手が抜けるし嘘も付ける。でも石塚さんの描くページからは絶対にそうできない生真面目さが伝わってくるし、だからこそ読む人を惹き付けるんだと思います。その熱にしっかり応えられるようなイベントを、今年も一緒に作れればいいなと思っています。

石塚 ありがとう! 今年は絶対花束を忘れないようにします!

ライブ情報

BLUE GIANT NIGHTS 2019
  • 2019年9月19日(木) 宮城県 仙台電力ホール OPEN 18:00 / START 18:30
  • 2019年9月21日(土)~2019年9月23日(月・祝) 東京都 ブルーノート東京 [1st]OPEN 15:00 / START 16:00 [2nd]OPEN 18:45 / START 19:30 <出演者> 上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ / ブルーノート・レコード・スペシャル・バンド(ジェイムズ・フランシーズ、ケイシー・ベンジャミン、チャールズ・アルトゥラ、ジェレミー・ダットン) <Opening Act> Ascension(オーディション優勝バンド)

ツアー情報

上原ひろみ「JAPAN TOUR 2019 "SPECTRUM"」
  • 2019年11月17日(日)東京都 サントリーホール
  • 2019年11月19日(火)広島県 広島国際会議場 フェニックスホール
  • 2019年11月21日(木)北海道 札幌文化芸術劇場hitaru
  • 2019年11月23日(土・祝)茨城県 水戸芸術館
  • 2019年11月24日(日)大阪府 ザ・シンフォニーホール
  • 2019年11月26日(火)石川県 金沢市文化ホール
  • 2019年11月27日(水)長野県 長野市芸術館
  • 2019年11月29日(金)三重県 四日市市文化会館 第1ホール
  • 2019年11月30日(土)静岡県 静岡市清水文化会館(マリナート)大ホール
  • 2019年12月1日(日)大阪府 ザ・シンフォニーホール
  • 2019年12月3日(火)愛知県 愛知県芸術劇場
  • 2019年12月6日(金)香川県 サンポートホール高松 大ホール
  • 2019年12月7日(土)岡山県 岡山市民会館
  • 2019年12月8日(日)静岡県 アクトシティ浜松 大ホール
  • 2019年12月10日(火)新潟県 新潟県民会館
  • 2019年12月11日(水)宮城県 日立システムズホール仙台
  • 2019年12月13日(金)東京都 サントリーホール
  • 2019年12月14日(土)東京都 すみだトリフォニーホール
  • 2019年12月15日(日)神奈川県 横浜みなとみらいホール
  • 2019年12月17日(火)福岡県 福岡シンフォニーホール
  • 2019年12月18日(水)大分県 別府国際コンベンションセンター ビーコンプラザ フィルハーモニアホール
  • 2019年12月19日(木)山口県 山口市民会館 大ホール