上原ひろみ×石塚真一|真摯に音と向き合う2人のジャズ対談

上原さんとチャップリンは似た者同士

──6曲目の「ミスター・C.C.」もそうですね。喜劇王チャップリンに捧げたこの曲は、まるでサイレント映画における彼の動きを観ているように、曲の中でユーモラスなテンポチェンジを繰り返します。せっかくなので曲を再生してみましょうか。

石塚 (楽曲を聴きながら)うわ、本当だ。小走りにちょこまか走っている感じとか、エレガントを気取っている感じとか(笑)。パートによって異なるチャップリンの姿が浮かんでくるのがすごいですね。この曲のアイデアはどこから?

上原ひろみ

上原 バークリー音楽大学への留学時代、サイレントフィルムに即興で曲を乗せて遊んでいたことがあったんですね。チャップリンの古い映像に合わせてピアノを弾くのが、私にはとても楽しかった。彼の身体表現の能力って本当に素晴らしくて。なんだろう、モノクロの世界でも色彩を表現できる人という感じがするんですよね。ピアノも似ているじゃないですか。白と黒の鍵盤から多彩な音が生まれてくる。それで自分なりに共通点を見出して、今回チャップリンのための曲を1つ書きたいなと思ったんです。

石塚 そうなんだ。僕の勝手な印象だけど、上原さんとチャップリン、どこか似た者同士なんじゃないかな。普通の人よりも回転数が高いっていうか(笑)。映画の中のチャップリンって絶えず動きまわってるじゃない。座っていても目をキョロキョロ動かしたり。ステージ上の上原さんも、ちょっとそういうところがある。特にこういうコミカルな曲を演奏するときは表情も豊かだし。

上原 ふふふ。ちなみにレコーディングのあとにYouTubeでランダムにチャップリンの動画を流してこの曲と一緒に再生してみたんですけど、どの映像を選んでもぴったり合いました(笑)。

石塚 すごいね! 帰ったら試してみます。こういう曲って全体の構成はあらかじめ固めてレコーディングしてるんですか?

上原 パートによりますね。冒頭はストライドっぽいリズムから始めて、途中で3拍子に行ってとかシナリオはあるけど、間間に即興を挟んでいっています。レコーディングのテイクによってもかなり変わります。

石塚 そういうとき、最終的なOKテイクはどうやって選ぶんですか?

上原 うーん……言葉で説明するのは難しいけれど、やっぱり“ノリ”かなあ。演奏にしっかり自分の感情を乗せられたかどうか。あとインプロビゼーションをするとき、私の中に言葉にできない何かをつかみにいく感覚があって。ちゃんとそこまで行ききったかも大事ですね。ただソロアルバムの場合、そのジャッジもすべて自分で下さないといけないのが大変で。

石塚 信頼できるメンバーに相談したりもできないですもんね。

上原 そうです。自分では「もっと行ける!」と思っても、演奏してみたら蛇足にすぎなかったというケースもあるし。無意識に前テイクを意識してしまっていることもある。そういうときはストップするなり、ブレイクを入れなくちゃいけないんだけど、その判断を下すのも1人だから。

石塚 めっちゃ疲れない、それ?

上原 疲れます(笑)。

石塚 変な例えだけど、それは黒澤明監督が自分にカメラを向けて「はい、カーット!」って言ってる感じだもんね。いや、ちょっと違うか(笑)。

「自分、よくやった!」という気持ちになる曲

──本作のもう1つのハイライトが、8曲目の「ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー」。ジョージ・ガーシュウィンの有名な「Rhapsody in Blue」をベースに、「BLUE GIANT」でも何度も描かれたジョン・コルトレーンの「Blue Train」や、The Who「Behind Blue Eyes」のモチーフを織り込んだ22分45秒の大曲です。

石塚 うわー、1曲が22分45秒もあるんだ!

左から石塚真一、上原ひろみ。

上原 最初からその長さを想定して書いたわけじゃなくて、録ってみたらたまたま22分45秒だっただけなんです。実際に弾いている最中は、自分ではまったく長いと感じていなくて。でもスタジオにいたスタッフが、「ストーリーに緩急があるし、この曲自体が長い旅みたい。ひろみと一緒に自分も演奏している気持ちだった」と言っていました。だから最後に「Rhapsody in Blue」の主旋律が再登場したときには、弾いていない人も含めて「自分、よくやった!」という気持ちになるという(笑)。ちょっと不思議な曲かもしれません。

石塚 それ、なんだかわかるなあ。上原さんのライブを観ていると、ある曲の演奏中に突然アドリブで別のモチーフが入ってきたりするでしょう。

上原 うんうん。

石塚 そういうとき、なぜか聴いている自分が「やっぱりそうだよね!」って感じることがあるんですよ。まるで前もって知っていたかのように。

上原 そうなんだ!

石塚 普通に考えれば、そんなわけないんだけど。でも、聴いている人を一緒の船に乗せて共に激流を猛スピードで下っていくような快感も、ピアニスト上原ひろみの真骨頂だと思います。僕自身、そういうマンガが描きたいと思って物語を紡いでいるところは常にありますし。今回それをCDでも味わえるというのは素敵ですね。