ナタリー PowerPush - Twilight Shower

Mummy-D×田我流「B-BOYイズム対談」

生活の機微を表現していきたい

──田我流さんから見て、RHYMESTERのすごいところはどんな部分ですか?

田我流 ひとつはさっき言ったようなライブでの対応力ですよね。オプションを無数に持っているというか。あと基礎的なことなんですが、ラップの一語一句をお客さんにちゃんと届けることができるスキルです。しかも歌詞が理路整然としているから、お客さんはヒップホップやラップの面白さを体験しながら盛り上がることができる。俺には全然足りてない部分です。

Mummy-D でも、田我流の曲も歌詞カードなしで全部わかるよ。そこは意識してんでしょ?

田我流 意識してるんですけど「洗練さが足りん、これじゃあまだダメだー」と思ってて。

Mummy-D

Mummy-D 確かに田我流はまだ洗練されてないかもしれないけど、洗練されることで失われちゃうものもまたいっぱいあるんだよ。俺が思うに、田我流のいいところはバランスのよさ。アツいメッセージもある一方で、stillichimiyaを交えたアホアホな側面もある。あとアメリカのラッパー然としたアティテュードを示すけど、すごく日本人的なマインドも持っていることとか。そういう相反するものが行ったり来たりするところが田我流の面白いとこだと思うな。

田我流 ありがとうございます! 俺は活動の中で衣食住や喜怒哀楽といった毎日の営みの中にある生活の機微をもっと表現していきたいんですよ。馬鹿な部分も真面目な部分も悲しい部分も、全部ぐちゃぐちゃに。

──他流試合では、そのぐちゃぐちゃしたものをどうやって相手に伝えるか、いろいろ試行錯誤しながらやっていると。

田我流 はい。そんなぐちゃぐちゃしたものを表現しても、最後まで観るとまとまっている、っていうのが理想です。

それはまさに「B-BOYイズム」っすね

──Dさんが今の田我流さんくらいの立ち位置にいた頃、RHYMESTERはどんなモチベーションで活動していたんですか?

Mummy-D 難しいなそれ(笑)。……俺らが今の田我流くらいっていうと、野音でやったイベント「さんピンCAMP」の前後くらいだから、1990年代後半になるのかな。その頃から自分たちの活動がだんだんと世の中に認められるようになってきてね。しかもラッキーなことに、ちょうどその頃日本のヒップホップシーン自体もすごくエネルギッシュな状態だったのよ。だから、俺らはなんの迷いもなくヒップホップで日本の音楽シーンを変えてやると思っていたし、そのために活動してた。いい曲を作れば、それでシーンが広がっていくような感覚すらあったな。

──アルバムをリリースするたびに?

Mummy-D いやアナログだね。12inchのシングルを出すごとに、世の中が変わっていくような印象があった。あの頃は役者も揃ってたしね。BUDDHA BRAND、キングギドラ、カミナリ(KAMINARI-KAZOKU.)……。当時は「あいつらが次何を出してくるか?」みたいなことをすごく意識してたんだよ。でも、アルバム「ウワサの伴奏~And The Band Played On~」で初めてバンドと絡んでさ。その制作過程でプレイヤーの人たちと接して、世界が開けたというか、違う世界を見ることができたような気がしたんだよね。

──初めてヒップホップシーンの外に出た、と。

田我流

Mummy-D そうそうそう。うん。

田我流 大体どのへんの人たちと絡んでたんですか?

Mummy-D 「ウワサの伴奏」はね、クレイジーケンバンド、SUPER BUTTER DOG、BRAHMANとか。プレイヤーの人たちって楽器でつながってるから、みんなすごい仲がよくて。当時の俺らからすれば、そういうのも新鮮だったんだよね。彼らには「ヒップホップにはシーンとかあってうらやましい」とか言われたけど、その頃の俺らは逆にヒップホップシーンだけにいることになんとなく居心地の悪さを感じ始めてて。

──具体的にどういう部分に違和感を感じていたんですか?

Mummy-D 自分たちのやってるスタイルがもう王道でもメインストリームでもない独自のものになってきているという思いがあって。だからといって、自分たちのやりたいことを曲げてまで流行りのヒップホップサウンドを取り入れるつもりもなかった。そしたら、ヒップホップシーンの中で、ちょっと違和感を感じるようになったんだ。それが2000年代の前半くらいかな。

──2000年代の前半というと、アメリカでティンバランドやスウィズ・ビーツとかがでてきて、ヒップホップのサウンドが劇的に変化した時期でもありますね。サンプリングよりも打ち込みが多用されるようになり、トラックが構築的になりました。

Mummy-D 「ダーティーサイエンス」でも歌っているけど、俺たちが感じているヒップホップの美学というのはラフネスなんだよね。それは、例えばとんでもないサンプリングの仕方だったり、アナログのノイズが混じったような音の汚さだったりさ。事故ってる感じというのかな(笑)。そういう意識があったから、その時期は自然とヒップホップシーンと距離を置くようになっていったの。それで「ウワサの伴奏」でつながった人脈から普通のロックフェスにも呼ばれるようになったんだよ。そこからは、今の田我流と一緒で他流試合の嵐でさ。もう海外にも参考になるアーティストはいないから、自分たちの感覚だけを頼りにやってきたよ。「これでいいや」というか「これでやるしかない」というか。先を走ってるやつはもういないし、横にいたと思ってたやつらも違う方向に行っちゃったから。

田我流 それはまさに「B-BOYイズム」のリリック「決してゆずれないぜこの美学 何者にも媚びず己を磨く」っすね(笑)。でも、なんかその感覚はわかるかもしれないす。実は俺も「B級映画のように2」を出したあと「このままやってけんのかなあ」とかいろいろ考えちゃってて。1回1回のライブに関しても「ここでダメだったら……」みたいなプレッシャーや不安がいっぱいだったんです。

Mummy-D そうなんだ。

田我流 はい。で、俺最近cro-magnonだったり色々なジャンルのバンドの人たちともつながるようになったんです。あの人たちって録音とかリハとかライブとかで、だいたい毎日セッションあるじゃないですか。ほぼ毎日音楽やってるんですよ。そういう先輩方を見てたら「深く考える必要ねえな」って。その日その日で限界まで音楽に集中して、終わったら酒飲んで「あとのことは知らない」みたいな(笑)。また明日は明日で自分のベストを目指そう、というか。そういうのを目の当たりにして「あ、これでいいんだ」ってふと思えたんですよね。

Mummy-D やっぱり外に出ればそれだけいろんなものが見られるっていうのはあるよね。

スペースシャワーTV「Twilight Shower」
スペースシャワーTV「Twilight Shower」
<出演者>

SUMMIT(PUNPEE, GAPPER, SIMI LAB, THE OTOGIBANASHI'S)、SOIL & "PIMP"SESSIONS、DJみそしるとMCごはん、田我流 feat. Stillichimiya、toe、七尾旅人、やけのはら+ドリアン+VIDEOTAPEMUSIC、RHYMESTER

  • SUMMIT(PUNPEE, GAPPER, SIMI LAB, THE OTOGIBANASHI'S)
  • SOIL & "PIMP"SESSIONS
  • DJみそしるとMCごはん
  • 田我流 feat. Stillichimiya
  • toe
  • 七尾旅人
  • やけのはら+ドリアン+VIDEOTAPEMUSIC
  • RHYMESTER
<放送日時>
  • 2013年10月18日(金)
    24:00~25:30(初回放送)
  • 2013年11月14日(木)
    26:00~27:30(リピート)
  • 2013年11月25日(月)
    25:00~26:30(リピート)
Mummy-D(まみーでぃー)

日本を代表するヒップホップグループ・RHYMESTERのラッパー / プロデューサーで、グループのトータルディレクションを担う司令塔。ジャンル外からの信望も厚く、椎名林檎、スガシカオなど多くのアーティストの作品にラッパー、プロデューサーとして参加している。2004年にはSUPER BUTTER DOGのギタリスト・竹内朋康とラップ&ギターという変わった編成のユニットマボロシを結成し、3枚のアルバムをリリース。最近ではテレビのクイズ番組で活躍するなどといった一面も見せる才人。

田我流(でんがりゅう)

山梨を中心に全国的に活躍するラッパー。2011年に公開された富田克也監督の映画「サウダーヂ」で主演を務めたことをきっかけに名前が広がり、2012年4月に発表したアルバム「B級映画のように2」でその評価を確固たるものにする。その後eastern youthの企画イベント「極東最前線」にヒップホップアーティストとして初めて出演し、さらにフラワーカンパニーズとのツーマンライブも実施。ヒップホップというジャンルを超えて、さまざまな音楽シーンで活躍している。最新作はライブDVD「B級TOUR -日本編-」。