映画「月のこおり」今井翼×すみれが演じる9年間の物語、堂野アキノリ監督が語る製作秘話とクリエイティブ論 (2/2)

偶然の雨から生まれた主題歌「雨ノ詩」

──挿入歌の「Before Sunrise」と主題歌の「雨ノ詩」はどちらも堂野さんが手がけた楽曲です。どういう順番で制作されたのでしょう?

まず「Before Sunrise」はすみれちゃんに歌ってもらう曲としてあったもので、そのあと「雨ノ詩」を作りました。僕は普段から楽曲制作をしていて、それとはまた別に映画の脚本を書き続けているわけなんですが、たまたま作っていた楽曲と「月のこおり」の物語が合うなと思って使うことにしました。

今井翼が演じた竜次(左)と、すみれが演じた小春(右)。

今井翼が演じた竜次(左)と、すみれが演じた小春(右)。

──「Before Sunrise」は劇中で小春の竜次への強い思いを示すような使われ方をしています。切ない曲ですが、サウンドは晴れやかな印象があります。どんな意図があったんでしょう?

悲しい歌詞をそのまま悲しいサウンドで歌うというよりは、悲しい歌詞をきらびやかで明るいサウンドに乗せて歌うことで、悲しさの先に引っ張っていくような曲になればいいなと思って作りました。

──一方、主題歌の「雨ノ詩」はまさに土砂降りの雨が降っているようなバラードです。

劇中で竜次と小春が雨の藻岩山を訪れるシーンをイメージして作った曲です。この場面は、実はもともと晴れている日に撮影する予定だったんです。でも、スタッフの連携ミスで予定通りに撮影ができなくて、急遽候補として上がった別の撮影日の予報は雨で。「どうしよう?」ということになり、急遽ホテルで脚本を雨の設定に書き換えました。翌日みんなに新たな脚本を配って「雨だった場合はこの設定でいきます」と伝えたら、「この新しい設定のほうがいいんじゃないか」という話になり、「むしろ雨が降ってほしい」というムードになったんです(笑)。結局その雨を想定した台本で撮ることになり、とてもいいシーンになりました。

──そんな経緯があったんですね。

スタッフが晴れのシーンを撮る前提でいろいろと動いてくれたこともありましたし、観光地としての誘致の意味合いを兼ねて、晴れてる藻岩山も映したかったので、きれいな夜景も撮って映画に入れ込みました。そういう経緯を踏まえて、雨の歌として急遽作ったのが「雨ノ詩」です。僕がやってるバンド、TOKYO RABBITが演奏したロックサウンドの曲になっていますが、TOKYO RABBITは普段シティポップを演奏しているので、これまでにはなかったアプローチです。竜次の思いがこもった曲として、竜次を演じる今井さんをイメージしてロックサウンドにしました。ただ何より、ひさびさにTOKYO RABBITというバンドメンバーと一緒にまた音源が作れたことが本当にうれしかったですね。ここ数年会社の仕事が忙しくてほとんど稼働していなかったので。TOKYO RABBITは、ボーカルの僕とトサキユウキ(G)、大塚篤史(Dr)、阿部樹一(Piano)、近藤佑太(B)からなるバンドで、これを機に8曲入りのEPまで作ったので、また定期的にやっていこうとなりました。

TOKYO RABBIT

TOKYO RABBIT

──「Before Sunrise」には小春の思いが、「雨ノ詩」には竜次の思いが詰まっているわけですが、エンディングで「雨ノ詩」が流れて映画が完結するということについてはどんな意図があったんでしょう?

この映画の主軸は竜次の葛藤です。竜次にだらしなさを感じる人もいるかもしれませんが、彼は彼なりに小春への思いでずっと苦しんできました。その思いを主題歌にして最後に歌うべきだなと思い、そういう締めくくり方にしました。

どれだけ社会にプラスになるかを考えながらクリエイトする

──監督自身のこともお聞かせください。映画監督になるためにLos Angeles City Collegeで映画の勉強をしたものの、当時の大学教授に持って行った企画書に対して「これを実現したいなら20億円くらいはかかる」と言われて「お金のかからないミュージシャンになろう」と考えたそうですね。

そうなんです。そんなことを言って学生の夢を壊すって、今思うとすごいですよね(笑)。学生はそもそもお金を持っていないものですし、そんなことを言われたらあきらめますよね。そこで「俺は何ができるんだろう?」と考えました。昔から絵が得意だったりもしたので「自分はいろいろなことができる」という漠然とした自信もあって。10歳ぐらいの頃からメロディを作ることはやっていて、次から次へとメロディが沸いてくる感覚はつかんでいたので、一番向いているのは音楽じゃないかと思ったんです。映画と比べてお金もかからないですし。それでミュージシャンとして活動し、平原綾香さんをはじめとしたいろいろな方々に楽曲提供を行って。そうして社会的な信用を得て企業が資金を出資してくれるようになって、ようやく映画を撮り始めました。最初は脚本の書き方もわからなかったので、みっちり勉強して書いていきました。

──映画監督やミュージシャンとしての活動と並行して、障害者支援の福祉事業も展開されていますよね。そうした事業を始めた経緯は?

コロナ禍でライブができなくなって、収入のほとんどを失ったんです。そこで何か新しいことをやろうと思って、自主制作のような形で1本目の「KATACHI」という映画を撮りました。ちょうどその時期に福祉施設も立ち上げていて、たまたま撮影がない土日だったりに家具の組み立てなどをして、並行して事業所の準備もするという激務が続く日々でした(笑)。

──コロナ禍がきっかけだったんですね。

はい。最初は障害者の方々にボールペンやDVDパッケージのクリーニングをやってもらっていたんですが「健常者と同じように、仕事にもっと選択肢がないとおかしいな」と。僕は自分1人で音楽レーベルを運営していたので、ジャケットや紙資料の制作も、アーティスト写真の撮影も動画編集も自分でやっているので、いろいろなクリエイティブソフトが使える。そういう自分が持っているノウハウを教えようと思いついて、教室みたいなものを始めました。そこにはたくさん人が集まってくれて、今は多店舗運営をしています。

堂野アキノリ

堂野アキノリ

──その施設では具体的にどのようなことを教えているのでしょう?

例えば、 僕が作詞作曲プロデュースをした本仮屋ユイカさんの「HAPPY WEEKEND LOVE」という曲のジャケットは、自閉症の女の子ががんばってAdobeのPhotoshopを覚えて作ってくれたんです。そのことがニュースとして配信されて、Yahoo!ニュースにも取り上げられた。その女の子は、スマホに表示された記事のサムネイルに自分の作ったジャケットが出てきて驚くわけです。その子のお母さんもすごく感動して喜んでくれました。社会とつながれた実感が生まれることで自信が出てくるんですよね。そうするとどんどん内面が変わっていって、別のチャンスが現れたときにも前向きに取り組めますし、スキルももっと磨かれていきます。こういう精神的きっかけを与えることこそが本当の支援だと思って、それからずっと続けています。

──確かに。

今回の「月のこおり」でも、サントラのサムネイルは北海道支店の利用者が作ったイラストや写真がコラージュされたものですし、あと利用者の何人かがエキストラで出演しています。劇判の一部には浦賀支店の利用者であるPIANIGIAというアーティストの楽曲が使われています。ほかにもチラシを作ってくれている方がいたり。クオリティを落とさない形で、健常者も障害者も関係なくいいものは取り入れるという意識を持っています。実績になればその人の活力にもなりますし、フリーランスとして仕事を獲得できるようになったり、就職に有利になったりする。そうやって障害者の方が社会とつながるための支援をしています。

──監督のさまざまな活動が関連し合っている状態ですね。

そうですね。映画は撮れたとしても年に1、2本ですが、音楽は作ろうと思ったら制限がない。事業のほうでは今、カフェを作ろうと考えていたり、水事業やエステ事業を海外でスタートしようと考えていたりもします。いろいろな経験をすることで、いろいろな物語に触れますから、脚本のネタにもなりますし、感情がメロディに変わったり、全部がつながっている気がします。

──本当にいろいろなことをされていますね。

昔はミュージシャンとしていい曲を書けること、監督として映画が作れることがうれしかった。そういうシンプルなことももちろん大事ではありますが、自分のアイデアややったことがどれだけ社会に対してプラスになるかを考えながらクリエイトすることが大事だと思うようになりました。ミュージシャンにはいろいろなことをクリエイトする能力があって、それは飲食店とかにも応用できると思うんですよね。枠を設けずにいろいろなことに挑戦したほうが面白い世の中になるんじゃないかと思っています。映画に関しては今企画が4本立ち上がっていて、まだ脚本を書いてないものもあるので、出張先のホテルでちょこちょこ書き進めています。

堂野アキノリ

堂野アキノリ

プロフィール

堂野アキノリ(ドウノアキノリ)

愛知県名古屋市出身。作詞作曲家、シンガー、映画監督、脚本家として活動するマルチクリエーター。アメリカ・ロサンゼルスにあるLos Angeles City College の映画製作学部を卒業後に音楽活動を開始した。平原綾香、青柳翔(劇団EXILE)、クリス・ハート、夏川りみ、Ms.OOJAらに楽曲を提供し、本仮屋ユイカ、すみれといったアーティストのプロデュースも手がけている。2022年に「KATACHI」で映画監督デビューを果たし、2023年には「右へいってしまった人」が公開される。2025年11月に新作「月のこおり」が全国公開される。映画や音楽での活動のほか、福祉事業をはじめとしたさまざまな事業も展開している。