つじあやの×菊池亜希子 対談|私たちが、再び“私”に出会うとき。恋愛、結婚、子育てを経験した2人が毎日の中に見つけたもの (3/3)

二度と戻らない人生の1ページ

──コトリンゴさん編曲の「にじ」は、まさに現在進行形で続く子育てについて歌ったナンバーですね。軽やかな旋律とボーカルから、どんな疲れも吹き飛ばしてくれる子供の笑顔が浮かんでくるようでした。

菊池 これも本当に名曲ですよね。「さっきまで泣いていた 君がコロコロ笑って」という冒頭のフレーズから、今の私の日常そのままという感じです。子育てをしていると、子供の毎日の成長がうれしい気持ちと、「お願いだからもう少しこのままでいて!」という真逆の気持ちが両方あるじゃないですか。

つじ うんうん、ありますよねえ。日々できることが増えていって、親としては手がかからなくなるんですけど、それがうれしいような寂しいような。

菊池 「このほっぺの丸いカーブとか、小さくてかわいいお尻とか、来年になるともう見られないんだろうな」と思うと、この瞬間を冷凍保存しておきたい!とも思いますね。

つじ そうそう、まさにそれ(笑)。

菊池 「にじ」は、そういう親の感情がギュッと詰まっている曲だと思います。「さあ手をつないで行こう なるべく自分で歩こう でもまだこの手は離さないでね」という箇所、聴くたびに「わかるー!」ってすごく共感します。

左から菊池亜希子、つじあやの。

左から菊池亜希子、つじあやの。

──管楽器とストリングスをさりげなく配したアンサンブルもまた、繊細で素晴らしい。親としての悩みや苦労も引っくるめて、すべてを優しく包んでいる感じがしました。

菊池 私もそう思います。今日もこの対談に向かう途中、電車の中でベビーカーを押した若いお母さんを見かけたんです。その赤ちゃん、たぶんママに抱っこしてほしくて、ひどくグズッていて。

つじ そういうとき、親はつらいですよね。どうしようもないって頭でわかっていても、やっぱり周囲の目は気になるし。

菊池 そう。私も今なら「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」と思えますけど、自分が渦中にいたときは、全然そう思えなかった。でも今日はたまたまイヤフォンで「にじ」を聴いていたから、その親子を目にしたときに、すごく愛おしく思えたんです。これもまた二度と戻ってこない、人生の1ページなんだなと。そう感じさせる力が、この曲にはあると思います。

つじ 現実の子育ては、うまくいかず悩んだり、落ち込んだりすることばかりです。うちの子は今、まだイヤイヤ期の真っ最中で。この間も夕方遅めの時間に近所の病院に駆け込んだら、診察は終わったのに、待合室のテレビの前から動かなくなっちゃったんですよ。

菊池 ああ、想像するだけでつらい……。

つじ 閉院時間が近付いて、「もう帰るよ」って何度言っても、息子も意地になっちゃって、まったく言うことを聞いてくれない。そういうとき、親のほうもなかなか冷静になれないというか、どうしてもイライラの感情が交じってしまうんですよね。苛立ちながら叱ってしまったことをその夜に思い出して、自己嫌悪で消えたくなりました。

菊池 もう、めちゃめちゃわかります。

つじ だから「にじ」という曲には、「母としてこうありたい」という自分の願いも多分に入っていると思うんです。子供の育て方は本当に人それぞれですが、私はできるだけ自分の価値観や考えを押しつけず、この子が楽しくすくすく大きくなる手助けを、愛情を持ってしてあげたい。そういう気持ちで作った曲かな。

つじあやの

つじあやの

深い闇の中にいても

──最後に10曲目「おやすみなさい」について教えてください。美しいメロディーとは裏腹に、この曲はどこか怖ろしい。「何も生まれない日々よ 喜びも悲しみも奪い去っていく 悪魔のメロディ」というリリックは、底なしの虚無や疲弊感を感じさせます。なぜこの曲をアルバムのラストに置こうと?

つじ この曲は、2年くらい前かな。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい始めた頃に書いたんです。コロナの影響で家族を看取れないとか、親しい人のお葬式にも出られなかったとか、当時そんな悲しい話がたくさん耳に入ってきて。そういう状況に対して私は、前向きな言葉が1つも書けなかったんです。やりきれない気持ちばかりが募って……。目を閉じて、「おやすみなさい」と言うのが精一杯でした。だからこの曲にも、いつもの自分だったら使わないような強烈なフレーズがところどころに出てきます。でも音楽にする以上、自分の感情に嘘はつけないなと。

菊池 そうだったんですね。コロナ禍の中で書かれた曲だったというのは、ちょっとびっくりしました。というのは、実は私にはすごくポジティブな歌として響いたので。

つじ 本当ですか?

菊池 はい。確かに並んでいる言葉はけっこう強めだし、美しさの中に深い闇みたいなものも感じさせるけれど、そのギリギリ手前で踏みとどまっているというか。最終的には聴き手の魂を浄化して、浮上させてくれる曲のように思えました。

つじ その言葉は、本当にうれしい……。コロナ禍が象徴的ですが、世の中は本当に割りきれないこと、やりきれないことであふれているじゃないですか。でもそれを無理やり、白黒はっきりした言葉で表現することは、今回絶対にしたくなかったんです。むしろつらくてどうしようもない気持ちを、そのまま曲として共有したかった。そのほうが結果的に、聴いてくれる人に寄り添える音楽になるんじゃないかなと思って。それでこの曲を、アルバムの最後に置いたんです。

菊池 私は曲の中に出てくる「何も生まれない日々よ」というフレーズに、なぜか強く惹かれました。言葉だけ取り出せば、不毛で、救いがないように思えるかもしれない。でも、そういう淡々とした凪のような時間こそが、人を救ってくれる局面も、人生には絶対にある気がする。時にはそういう季節を受け入れ、楽しむことも必要だと思います。

つじ うん、本当にそうかもしれませんね。

菊池 何より「おやすみなさい」って、曲自体が優しいんですよね。たとえ歌詞の内容が真っ暗な深淵に触れていたとしても、耳を澄まして聴いていると、つじさんのボーカルとピアノの音色が、にっちもさっちもいかない今の自分を、優しく肯定してくれている気がする。私にとってはそんな奥深さを感じる曲であり、作品全体として、本当に素敵なアルバムでした。

つじ ありがとうございます。そんなふうに聴いていただけて、すごくうれしいな。

左から菊池亜希子、つじあやの。

左から菊池亜希子、つじあやの。

プロフィール

つじあやの

1978年生まれ、京都府出身のシンガーソングライター。学生時代からウクレレに慣れ親しみ、インディーズでの活動を経て1999年9月にミニアルバム「君への気持ち」でメジャーデビュー。2002年発表の6thシングル「風になる」が同年に公開されたスタジオジブリの映画「猫の恩返し」の主題歌に決定し話題に。自身の音楽制作の傍ら、他アーティストとのコラボレーションやCM、映画、ドラマなどへの楽曲提供も行う。2019年にメジャーデビュー20周年を迎え、2022年1月に約11年ぶりのオリジナルアルバム「HELLO WOMAN」をリリースした。また同年4月にはゲストに奥田民生、コトリンゴを迎えた自身初の東京・Billboard Live TOKYO公演を開催する。

菊池亜希子(キクチアキコ)

1982年生まれ、岐阜県出身のモデル / 俳優。学生時代にモデルとしてデビューを果たし、以降映画、ドラマ、舞台、CM、ラジオなどで活躍している。自ら編集長を務めたファッションムック「菊池亜希子ムック マッシュ」はシリーズ10作累計46万部の大ヒットを記録。他著書には「みちくさ」「好きよ、喫茶店」シリーズなど。またハロー!プロジェクトの大ファンとしても知られており、俳優の蒼井優と2人で編集を担当し、2019年にアンジュルムのアーティストブック「アンジュルムック」、2021年に笠原桃奈(ex. アンジュルム)のフォトブック「Dear sister」を刊行した。現在ABEMAオリジナルドラマ「30までにとうるさくて」、NHKドラマ「恋せぬふたり」に出演中。