つじあやの×菊池亜希子 対談|私たちが、再び“私”に出会うとき。恋愛、結婚、子育てを経験した2人が毎日の中に見つけたもの

つじあやのの新作アルバム「HELLO WOMAN」が1月6日にリリースされた。

「HELLO WOMAN」は、2010年9月発表の「虹色の花咲きほこるとき」以来およそ11年ぶりのオリジナルアルバムで、恋愛、結婚、出産、子育てを経験してきたつじが、1人の女性として自分自身と向き合いながら制作した作品。NHK Eテレで放送中のアニメ「舞妓さんちのまかないさん」のオープニングテーマ「明日きっと」を含む10曲が収録されており、根岸孝旨、曽我淳一、ミト(クラムボン)、Yamato Kasai(Mili)がアレンジャーとして参加している。

本作のリリースを記念して、音楽ナタリーでは昔からつじの作品を愛聴してきたという菊池亜希子との対談をセッティング。アルバム曲を紐解きながら、1人の人間、女性、そして母として暮らす日々の中で、それぞれが感じていることや考えていることについて、じっくりと語り合ってもらった。

取材・文 / 大谷隆之写真 / 小財美香子

私は私の人生の主人公

──今日の菊池さんとの対談はつじさんからのご指名と伺いました。お二人はもともとお知り合いだったんですか?

つじあやの 実は以前、子供が同じ保育園に通っていまして。

菊池亜希子 同じクラスだったんです。小さな保育園だったんですけど、当時はほとんどお話しできなかったんですよね。

つじ そうそう。送り迎えのとき、「あ、どうもー」とご挨拶するくらいで。

菊池 確か、夫(カクバリズム代表の角張渉氏)のほうが先に気付いたのかな。私も昔から大ファンだったので、「つじさんっ!」と何度も喉まで出かかったんですけど(笑)。朝夕の時間って、やっぱりバタバタしてるじゃないですか。それでなんとなく、申し訳ないかなと思っちゃって。

つじ 私もです(笑)。だから今日は、お会いできるのがすごく楽しみでした。

左から菊池亜希子、つじあやの。

左から菊池亜希子、つじあやの。

菊池 ちなみに我が家では、つじさん一家の話題がけっこう出るんですよ。今は別々の保育園に通っていますが、ふとした瞬間に、夫と「つじさんの息子くん、元気にしてるかな」と話します。

つじ そうなんですか! それはうれしいな。

菊池 私自身、上の子を出産したあと仕事に復帰するタイミングで初めて通った保育園だったので、通っていた期間は短かったけれど、いろいろ思い出深いんですよね。発表会の動画とかも定期的に見返しちゃうんですけど、つじさんのお子さん、ホントにかわいくて!

つじ あははは(笑)。うちの子、思いっきり固まってましたよね(笑)。練習ではバリバリ張り切ってたんだけど、いざ本番というときにテンパッちゃったみたいで。

菊池 一方うちの娘は、途中から火が点いたように動き出して(笑)。2人のキャラの対比がおかしくて、何度も見返しては笑っちゃうんです。

──今回の「HELLO WOMAN」というアルバムには、つじさんが母親になられた経験が色濃く反映されています。菊池さん、お聴きになっていかがでした?

菊池 皆さん同じことを感じているかもしれませんが、アルバム全体を通して「あ、私のための音楽がここにある」って。

つじ ああー、よかった。

菊池 この対談が決まってから、アルバムの音源を繰り返し聴かせていただいたんですね。家事をしながらだったり、外を歩きながらだったり。日常のいろんな場面でずっと耳にしていて。大げさじゃなく、1つひとつの楽曲が自分のことのように思えました。私には4歳の娘と1歳の息子がいるんですが、子供が生まれてからは、自分はどこかステージを下りちゃったと感じる瞬間があって。

つじ うんうん。

菊池 子育てをしていると、自分の物語がどんどん二の次になっていく感覚が常にあるでしょう。でも「HELLO WOMAN」を聴いていると、そんな状況も全部引っくるめて、ちゃんと私自身が、自分の人生の主人公なんだと思えてくる。だからものすごく、聴いていて心が震えました。

つじ ありがとうございます。すごくうれしいです。

自分と出会い直すこと

──つじさんがオリジナルアルバムをリリースされるのは、2010年発表の「虹色の花咲きほこるとき」以来約11年ぶりです。本作には恋愛、結婚、出産、子育てなど、その間つじさんの身に起きた変化、心情、葛藤がとても正直に描かれていて。従来のポップで温かい手ざわりと、これまでにない赤裸々さを併せ持っている作品のように感じました。何か制作を始めるきっかけがあったんでしょうか?

つじ 最初は作品を作ろうとは意識していなかったんです。アルバム制作から遠ざかっていた時期も、映画やCMに曲を書いていたし、活動自体は心地いいペースで続けられていたので、それなりに満足していたんですね。むしろファンの方々や周囲のスタッフから、「まとまった作品が聴きたい」というリクエストをいただくようになって、プレッシャーが強まってきて。「さすがにそろそろ、がんばって作らなあかんかなあ」と(笑)。スタートはシンプルにそんな感じでした。でもいざ始めてみたら、思った以上に迷ってしまった。

つじあやの

つじあやの

菊池 どんなところにですか?

つじ ここしばらく、何かに提供する楽曲をずっと書いてきて。純粋に自分の音楽を作るのはひさしぶりだったんです。そこに、やっぱり戸惑いがあったんでしょうね。制作初期は「風になる」(2002年発表)みたいな、キラキラした恋愛ポップスを作ろうかと思っていたんです。でもディレクターやスタッフと何度も話し合う中で、「誰も見たことのないつじさんが見たい」という意見が出てきまして。

菊池 なるほど。

つじ たぶん私自身も、今までと同じやり方ではどこか物足りなかったんだと思います。それで3年くらい前からかな。改めて内面を掘り下げるように、少しずつ曲を書き貯めていきました。

菊池 それって自分としっかり向き合う作業ですよね。しんどくなかったですか?

つじ うん、けっこうしんどかった(笑)。というのは曲を書いていくうちに、今の思いはもちろん、いろんな過去とも向き合う流れになっていったんですよ。例えば20年くらい前の、デビュー前後の希望に満ちた気分とか、大人になってから経験した手痛い失恋とか(笑)。44年間の人生のさまざまな場面が、気が付けば1つひとつの楽曲と結び付いていきました。

菊池 ソングライターとして、そして1人の女性として、自分と出会い直すというのは、まさに“HELLO WOMAN”ですね。しかも最初から意図したわけじゃなく、自然にそうなっていったというのが素敵だなあ。

つじ 2007年に出した「Sweet, Sweet Happy Birthday」というアルバムでは、30歳を目前にした当時の心境を、1枚を通じて表現してみました。でも今回は、昔の記憶からちょっと先の未来まで、人生の長いスパンの中に自分を置いて見つめたという感覚が強い。こういう作り方は今までなかったですね。

人生は果てしなく続いていく

──菊池さんは、特にどの曲が心に残りましたか?

菊池 どれも大好きなんですけど、パッと浮かぶのは1曲目の「アンティーク」。今回のアルバムを象徴する曲というか、さっきもお話ししたように「これぞ私の人生の挿入歌だ」と思っていて。

つじ うれしいなあ! ホント、作ってよかったです。

菊池 つい先日も、この曲を聴きながら保育園に向かっていたんですね。その途中に大きな交差点があって。そこって夕方はいつも、自転車で子供をお迎えに行くお母さんやお父さんでごった返すスポットなんですけど。

つじ あの近く、保育園がたくさん集まってるんですよね。

菊池 そうそう。で、その日、交差点を渡りながらイヤホンで「アンティーク」を聴いていたら、何でもない夕方の光がものすごくきれいに思えたんです。それだけじゃない、道の向こうから焦って走ってくるお母さんも、両手いっぱいに買い物袋を下げて歩くお母さんも。交差点にいる人たちが、みんな素敵に見えた。平凡な表現ですが、日常が一瞬、映画のワンシーンみたいに輝いた感じで。

菊池亜希子

菊池亜希子

──その一瞬があるかないかって大きいですよね。子育てをしていると特に。

菊池 本当にそう思います。私自身は子供がいて幸せですし、楽しいこともいっぱいある。バタバタと忙しい日々も自分で望んだもので。実はかけがえのない時間だとわかってはいるんです。でも一方で、自分が自分じゃなくなっていく感覚も、心のどこかにはあって……。

つじ うん、わかります。

菊池 曲の最後に「信じた夢の続きを探しに行こう」ってフレーズが出てくるじゃないですか。あの歌詞を聴くと、私、救われた気持ちになるんです。「アンティーク」という曲は、かつて私が私であった頃を思い出させてくれる。今は自分の時間も余裕もないけれど、いつかまた追いかけていいんだって。

──曲調はポジティブで力強いけれど、前半には「さようなら 羽を広げて 飛び立つ天使を見た幼い日々」という対になるようなフレーズもあって。菊池さんのおっしゃった、“ステージを下りてしまった”苦さや寂しさも、曲の中にちゃんと含まれているところが、つじさんらしいですね。

菊池 だから自分のための音楽だと思えるんでしょうね。「アンティーク」というタイトルには、どんな気持ちを込められたんですか?

つじ 過去を振り返ることで、かえって新鮮な気持ちを取り戻せるというか。時間を経て記憶や思い出が古くなったからこそ、輝きを放つものがある。懐かしさと美しさが同時に存在する語感から選びました。これは実は、子供ができる前に作っていた曲で。

菊池 ああ、そうなんですね。

つじ 妊娠がわかる半年ぐらい前かな。当時はまだアルバム制作の話は出ていなかったんですけど、ミュージシャンとして今度どうやって生きていくか、すごく悩んだ時期があったんですよ。

菊池 へええ。

つじ ちょっと自分を見失ってしまった(笑)。でもそのとき、そうすることで初心に返ることができたというか。私は京都生まれで、高校時代に音楽活動を始めたんですけど、その頃の初々しい気持ち、すべてがキラキラ輝いて見えた時代を思い出して。「やっぱりもう少しやってみよう」「今の自分だからこそ、できることがあるかもしれない」と思って書いた曲なんですね。自分にエールを送るような気持ちで。

左から菊池亜希子、つじあやの。

左から菊池亜希子、つじあやの。

菊池 本当に、この曲はエールそのものだと思います。

つじ だから菊池さんのお話を聞いて、その気持ちを受け取ってくださったんだなとうれしくなりました。実際、自分が母親になってから歌うと、子育てに追われる今の状況そのままだなと思う部分もありますし。たぶん人生は、こうやって果てしなく続いていくのかなって。