豊崎愛生|こんな世界だからこそ届けたい、幸せいっぱいのアルバム

豊崎愛生が4thフルアルバム「caravan!」を6月30日にリリースする。

約5年ぶりとなるオリジナルアルバムには、これまでも豊崎の作品に携わってきた田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)、ミト(クラムボン)、田村歩美といった作家陣のほか、彼女が以前よりファンだったという土岐麻子、さかいゆうが参加。日常生活の中にあるさまざまな幸せが、全10曲を通して表現されている。

豊崎はなぜ今このような幸せいっぱいのアルバムを作り上げたのだろうか? 音楽ナタリーではインタビューを行い、本作に通底する彼女の思いに迫った。

取材 / 臼杵成晃 文 / 中川麻梨花 撮影 / 塚原孝顕

できることもたくさん増えたと思います

──スフィアの皆さんは去年からYouTube活動をかなり楽しんでいらっしゃいますよね。豊崎さんはアルバムについてもYouTubeで告知されていました。

もう本当に好きなことを自由にやらせてもらっています(笑)。去年の2月にスフィアにとって集大成的な全曲ライブ(「LAWSON presents Sphere 10th anniversary Live 2020 “スフィアだよ!全曲集合!!”」)があって、そのあとみなちゃん(寿美菜子)が渡英して、離れ離れになってしまうこともあって。それで、私たちとしては「離れていてもスフィアは変わらずに続いているよ」というのをファンの皆さんにお見せして、安心してもらいたいという思いでYouTubeを始めたんです。私はもともと趣味が多いので、動画の内容はいろいろあるんですけど、すごく楽しいです。この1年間、コロナ禍で音楽活動がしづらくなってしまったところはありましたが、そういうふうに逆に新しくできるようになったこともあったんですよね。今年の2月にやらせてもらった無観客配信ソロライブ(「Dive/Connect @ Zepp Online」)もその1つでした。遠方に住んでいていつも会場に来られなかった方々にも、配信ライブだからこそ観てもらえたようで。「うれしかったです」と言ってくれる人も多くて、「できることもたくさん増えたじゃん?」と前向きな気持ちになりました。

──アルバム告知動画の中では、タイトルの“キャラバン”は「ラクダと一緒に砂漠を旅する商人の集団」のことで、「世の中が砂漠のような状況でも、楽しい音楽とともに笑顔いっぱいに歩いていきたい」という気持ちが込められた幸せいっぱいの1枚だと説明されていました。どのような経緯でこういった幸せな内容のアルバムにたどり着いたんでしょうか?

スフィアの全曲ライブが終わった頃、「ソロで新作を作りませんか?」というお話をスタッフさんからいただいて。しかも「せっかくだったら、ひさしぶりにドカンと新曲だらけのアルバム出そうよ」と言ってもらえて、めちゃくちゃうれしかったんです。でも、そのあとすぐに新型コロナウイルス感染症が世界中に広がっていき、世の中の雲行きが怪しくなっていきました。今まで通りレコーディングはできるのかな? ミュージシャンの人たちを集められるのかな? そもそも、この状況で誰が曲を作ってくれるんだろう?って……“できなくなったこと”が目立つようになってきたんですよね。

──これまで当たり前にやってたことも、いろいろと変化を余儀なくされましたよね。

豊崎愛生

例えば曲作りの打ち合わせ1つにしても、みんなで集まれなくなってしまった。それまで私は作家さんに実際にお会いして、そこでの印象をもとに曲を書いていただくことも多かったんですが、会いに行けなくなってしまった。それで一時期は不安を感じてワーッとなってしまっていたんですけど、ある日、「できなくなったことを数えるの、もう疲れたな」と思ったんです。「あれができたらよかったのに」と言うのはもうやめよう。アルバムに関しても、今だからこそできること、今だからこそみんなに届けたい思いというのがいっぱいあるんじゃないかなって。不安だなと思っている時間を「今日は天気がよくて気持ちいいな」「ご飯が上手に炊けたな」と、小さなハッピーを集める時間に使ったほうが自分を保てるというか、幸せに暮らせる気がしたんですよね。ちょっと話は逸れちゃうんですけど、アフレコ現場で「おはようございます!」と明るく挨拶するようにしたり(笑)。「あっ、そういう明るいアルバムを作ろう」と思って、そこから始まりました。

──自分の気持ちを切り替えられたから、それをアルバムで表現しよう、という発想ですよね。

はい。声や歌を通して発信できる場所にいる人がしょんぼりしてたら、本当に世の中ダメになっちゃうなと思って。偉そうなことは言えないんですけど……エンタメ業界も自粛しなければいけない立場にあったじゃないですか。私はそれがすごく悔しかったんです。物理的な生活必需品ではないかもしれないけど、私たちは人間の心の栄養補給的な仕事をしていて。そういう意味でも、声を出せる場所にいる人間がネガティブな空気に引っ張られてしょんぼりしているのは、私が今まで関わってきたお客さんたちに失礼だなと思ったんです。だから、新曲をいっぺんに作れるとなったときに、とにかくまずは「おはようございます!」の話じゃないですけど、聴いた人が明るい気持ちになれるアルバムにしたいなと。作家の皆さんとも同じ方向を向いて作れたので、音楽的にはいろんなジャンルの楽曲が入っていて振り幅が広いんですけど、すごくまとまりのあるアルバムになりました。

アーティスト活動第2章の開幕

──これまで豊崎さんのディスコグラフィにはアコースティックでフォーキーな楽曲が多かったと思いますが、今作もその軸はありつつ、新しいジャンルにも挑戦されています。ご自身の中で音楽的なモードチェンジがあったんでしょうか?

それはありましたし、ディレクターさんの中でもあっただろうなと思います。私はソロデビューしたときからずっと同じディレクターさんと一緒に音楽を作ってきて、ディレクターさんの「この曲にチャレンジしてみない?」という意見は私の中でいつもすごく大きいんです。ディレクターさんと気持ちや方向性を違えちゃいけないなというのは、今までアーティスト活動でずっと大事にしてきています。私はいつもふわふわしたイメージの話をしちゃうことが多いんですけど、それをディレクターさんが「豊崎はこういうことを言ってるんだと思う」と音楽的に通訳してくれるんです(笑)。自分の好きなものと、ディレクターさんの意見が重なった結果、今回新しいジャンルの音楽に挑戦することになりました。

豊崎愛生

──わかりやすいところで言うと「MORNING:GLORY」「Cheers!」「ライフコレオグラファー」あたりの音像は、明らかに今までとはちょっと違う雰囲気があります。これらの新曲には、さかいゆうさん、土岐麻子さんという初タッグの作家陣も参加していて。

ベストアルバム(2017年7月発売の「love your Best」)のリリース後一発目のオリジナルアルバムなので、自分の中ではここから“アーティスト活動の第2章スタート”みたいな気持ちがあったんです。スタッフさんとお話していて、ミトさんや田淵(智也)さん、たむらぱん(田村歩美)さんといった今までお世話になってきた作家さんにもお願いしたいし、第2章というところで初めての作家さんとも一緒に音楽作りをしたいねという話になって。そこでまずお名前を出せてもらったのが、土岐さんとさかいさんでした。私はさかいさんの曲が大好きでいつも聴いているんですけど、これまでは自分が歌うとなると難しいなと思っていたんです。私にはない雰囲気、カッコよさ、フェイクがいろいろ詰まっていて、本当に憧れでした。でも、今回勇気を出してお願いしてみようということになり。メールベースではあるんですが、最初にさかいさんに「スローテンポのバラードっぽい曲で、例えばこういう曲が好きです」というイメージをお伝えさせてもらいました。そしたら、ありがたいことにそのイメージで2曲書いてくださって。どちらもすごく素敵な楽曲でした。

──そして「MORNING:GLORY」が収録されることになったと。

はい。最初はもっとほわんとした優しいバラードだったんですけど、最終的にはアレンジでちょっとリズムを変えてもらって明るい感じになっています。「MORNING:GLORY」は朝をイメージした楽曲なので、アルバムの中でも序盤のほうに置いています。アーティスト活動第2章の開幕感があるといいますか。朝起きて、コーヒーがおいしくて、つばめが飛んでいって、「なるようになるさ」と思えるような、そんなポジティブなイメージがこの曲にはあります。実際、私は朝起きるのがかなり早いんですよ。犬が毎朝5時に起こしに来て、犬の散歩に行って、お風呂に入って、朝ごはんを作って、仕事の準備をして、掃除をして……1日の間にやらなきゃいけないことの半分くらいを朝10時までに済ませているので、朝の時間がすごく長いんです(笑)。そういうときにこの曲を聴きたくなります。

──ウーリッツァーをはじめとする温かい響きの楽器を重ねたシンプルなアレンジで、淡々としたビートで進んでいく感じがいいですね。

レトロなサウンドがカッコよくて大好きです! 「こういうふうにしてください」とわざわざこちらから伝えなくても、編曲の(臼井)ミトンさんが私の好きな音色にしてくださったので、アレンジが終わった音源を聴いてびっくりしました。歌のレコーディングはアレンジや楽器録りの前にやったんですけど、まさにこういう雰囲気にしたいと思っていたので、ボーカルは裏声ベースでシュワシュワ柔らかい感じにしています。ローファイっぽいリズム隊の音にファルセットが乗っているのがカッコいいと思ったから、そういうイメージで歌いました。

都会への憧れ

──曲順的には2曲目「MORNING:GLORY」のあとにシングル曲「ハニーアンドループス」が置かれています。2017年にこのシングルがリリースされたときは、それまでの流れとは違う飛び道具的な印象を受けたんですが、第2章の幕開けを告げるアルバムにすごくハマっているなと。あの時点で予告を打っていたのかなと思うくらい。

「ハニーアンドループス」はテレビアニメ「プリプリちぃちゃん!!」のエンディングテーマ曲ということもあり、確かにそれまでとはちょっと毛色の違う楽曲でした。エンディング映像はキャラクターたちが踊る絵になると聞いたので、モータウン系のアッパーなブラックミュージックの感じを取り入れて。それによって、今回さかいさんが作ってくれた「MORNING:GLORY」のちょっと懐かしい音色や洋楽っぽい雰囲気にちょうどうまいことつながったんです。「ハニーアンドループス」はアッパーな洋楽の要素がふんだんに詰まった曲なので、「MORNING:GLORY」で朝の時間が終わって、「はい! 活動始め!」みたいな(笑)。テンションを上げていこうという元気な感じで3曲目に置いてみました。

──そしてその次に来るのが、土岐麻子さんが作詞、トオミヨウさんが作編曲を手がけた「Cheers!」です。

実は音楽ナタリーさんの企画で土岐さんのアルバムのレビューを書かせていただいたのも大きかったんです(参照:土岐麻子「PASSION BLUE」特集|土岐麻子は現代のシティポップとどう向き合ってきたのか? “3部作”の徹底解説と著名人7人のレビューで紐解く)。土岐さんのライブに行ってご挨拶させてもらったときに、私があの特集で熱い思いを書いていたことを知ってくださっていて。「はっ! 私を認知してくれていてうれしい!」みたいな(笑)。ホントただのファンなんです……。

豊崎愛生

──さかいさんと同じように、土岐さんにも「好きだけど、自分では……」という思いはこれまでありましたか?

そりゃあもう! 土岐さんといえば、私の中では東京のアーバンな女性の代表みたいな方なので。あんなおしゃれでカッコいい音楽を、私が……と(笑)。

──(笑)。この曲にはまさに「22時のクルーズ」や「東京タワー」といったフレーズが出てきて、都会的な雰囲気が漂っています。

まさかこんな都会的な歌を歌えるなんて(笑)。土岐さんとトオミさんのタッグというのは、私にとって本当に憧れというか。土岐さんとトオミさんが作る音楽に対する気持ちは、上京する前に抱いていた東京への憧れと似ているんです。今回、土岐さんには都会での恋愛模様を書いていただけないかとリモートでお話ししました。土岐さんの恋の歌ってすごくかわいいんですよね。特に私は「BOYフロム世田谷」が大好きで、ああいう曲を歌いたくて。この曲みたいに22時にクルーズデートなんてしたことないんですけど(笑)。でも、土岐さんの曲を聴いていると、自分がその曲の主人公になれるような気がするんです。都会が似合わない私でも、土岐さんの曲を聴きながら銀座を歩くと、ミュージックビデオや映画の真ん中にいるような感覚になります。今でも銀座で土岐さんの曲を聴きながら、そのBPMに合わせて歩くというのは私のこっそりとした趣味です(笑)。

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「幸せ歌」の第2弾


2021年6月30日更新