インフルエンサーとして活躍するYouTuberのとうあが、アーティストTouaとして新曲「I am I」を7月26日に配信リリースした。「I am I」はありのままの自分を愛するTouaのメッセージが込められたポップナンバー。人それぞれが自分の個性に誇りを持ち、自己表現を楽しむことの重要性が表現されている。
SNSの総フォロワー数は300万人を超え、性別にとらわれない自由なビジュアルとマインドで “Z世代のニューアイコン”との呼び声の高いとうあ。ナタリー初登場となる本稿では、「I am I」の話題はもちろんのこと、「誰かの救いになれる人になりたい」と表明するTouaが自ら手がけた歌詞に込めた思い、音楽的ルーツにも迫る。
取材・文 / 宮崎敬太撮影 / 梁瀬玉実
TikTokで耳に残るように
──「I am I」は2作目のシングルになりますが、Touaさんが音楽ナタリーに登場するのは今回が初めてです。まず最初にTouaさんがなぜ歌を歌うのかを教えてください。
私が歌う一番の理由は自分の思いを伝えたいからです。YouTubeでは自分のセクシャリティをはじめ、さまざまな悩みや葛藤を発信してきました。ですが、動画だけでは思いが伝わりきらない感覚があったので、YouTubeとはまた異なる形で自分の思いを表現したいと考えたのが大きいですね。
──前作「若者」よりも歌詞の内容がよりストレートになった印象を受けました。
私はまず最初に歌詞を書くんです。ちゃんとした歌詞というよりは、ポエムみたいな。今回は5パターンくらい書いて、今一番伝えたいことはこれだなと思ったものを作詞家さんと相談しながら整えていただいた感じですね。
──「I am I」を作詞するうえでどんなことを意識したか教えてください。
キャッチーさをすごく大事にしました。自分の考えをより多くの人に届けることが目的なので、TikTokとかで耳に残る感じにしたくて。言葉を繰り返して、サビも聴きやすい感じになっていると思います。あと前作と違って今回はボイストレーニングも沢山行ってきたので、出せるキーも高くなっていきましたね。
──YouTuberとしての活動に加えて、モデル活動やテレビ出演など日々お忙しい中で、ボイストレーニングを受けるのは大変ではなかったですか?
でも歌に自信があるわけじゃないから「やらないと」という感じでした。
──ちなみに楽曲のトラックはどのように作っていったんですか?
何パターンかデモをいただいて、気に入ったものを選んでイメージを伝えて、そこから調整していくような感じでした。「こんな感じがいい」といったニュアンスや「勇気が出る感じにしてほしい」とか「裏の音を強くしてほしい」とか。きっとトラックメイカーの方は大変だったと思います。
──まだ音楽制作に慣れない部分も多いと思いますが、特に苦労したことはなんですか?
自分が考えていることを思うように表現できなかったことですね。細かいニュアンスをうまく表現できなかったり、スタッフにわかりやすく伝えられなかったり。すごく難しかったです。でも、できあがった曲に関してはものすごく満足しています。特に「常識に囚われて」から「今のあたし」の部分はお気に入りですね。ラップっぽい歌い方も気に入ってますし、何より歌詞がすごく私らしくて。
名古屋の高校進学で“とうあ”が開花
──Touaさんのルーツについてもお話を聞かせてください。まずTouaさんの好きなアーティストは?
倖田來未さんです。5歳のときに初めてライブ映像を観て衝撃を受けました。「私もこういう人になりたい」と思ったんです。本当に私にとっては恩人というか。あの体験があって今の私があるようなものです。
──5歳で!
そうなんですよ(笑)。21年間生きてきて、そんなことを思ったのはそのときだけ。
──すでにご自身のセクシャリティは認識されていたんですか?
中学生くらいまでは曖昧でしたね。ただ私の周りはちっちゃい頃から女の子しかいなかったんです。私には妹がいて、近所にいとこの女の子がいて、ずっと3人で遊んでた。女の子の中にいるのが私にとっては当たり前でした。そんな感じだったから倖田來未さんを観たときに、「私はこんな人になる」って決めたんです(笑)。
──Touaさんは海外のアーティストもお好きですよね。
ずっと好きなのはリアーナ。母が海外ファッションを好きだったこともあり、私も小さい頃から自然とアメリカで流行ってるヒップホップっぽいスタイルをチェックしてます。最近は特にTylaが大好きです。
──なるほど。Touaさんが今21歳だとお母さんは普通にヒップホップを通ってきた世代ですもんね。
母からは影響しか受けてないですね。それこそ倖田來未さんも母が好きで、自宅でずっとDVDの映像を流してたんですよ。服も母のお下がりを着てました。
──ではTouaさんが今現在の“とうあ”としての姿を確立されたのはいつ頃ですか?
高校に入ったのが大きかったです。キャラクターは今のままだったんですけど、小中は陸上をやってたんですよ。その後進学した高校が服飾系で、しかももともと女子校だったのが共学になったばかりのタイミング。クラスにいる男の子は自分だけみたいな環境で。そこから髪の毛を伸ばして、メイクも本格的に始めて、完全にやりたい放題になりました(笑)。
──服飾系には尖った感性の人たちが集まりそうなイメージです。
そうなんです。私は岐阜県出身なんですが、その高校は名古屋にある学校で。名古屋で開催されてたファッションイベントに参加して学校の外にも友達がいっぱいできて、完全に“とうあ”が開花しました。ファッションは今より派手で、今じゃ考えられないような格好をしてましたね(笑)。今の私を作ったのは高校時代です。
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