うだつの上がらない人の歌です
──今作には新曲はもちろん、ライブでのみ歌われてきた曲も収録されています。例えば、「雨粒をつけたまま」はいつ頃書いた曲なんですか?
2018年、私が23歳のときですね。大学を卒業して、周りは就職しているのに、自分はアーティストとしてまだ芽が出ていなくて。友達から心配されて、「卒業して1年目だし、まだ就職も間に合うよ」みたいなことを言われていた時期でした。10代ほどフレッシュではないし、根拠なく未来に期待することもできなくなってきて。知り合いのミュージシャンが脚光を浴び始めているのに、自分はなかなかチャンスをつかめず、「不甲斐ないな」と思っていました。そんな時期に書いた、うだつの上がらない人の歌です。
──「物語は いつも物語は 誰も知らない場所からはじまってくよ」「これでいいんだ いまこれでいいのさ 見えてるものがすべてじゃない」といった歌詞からは、目に見えない輝きや痛みに目を向けて歌にする、現在のTOMOOさんと近い姿勢を感じます。当時のTOMOOさんは、自分を勇気付けるためにこう書いたのでしょうか?
そうですね。でも、それがただの強がりじゃないと当時からわかっていました。豊かさはライトが当たっている場所ではなく、人から見えないところで育まれるもので、目に見える華やかさは、内側で育まれた輝きの一部が外側に出た結果に過ぎないというか。たとえ華やかな成果を上げられなくても、植物だって根に養分を溜めているのだから、私に何もないわけではない。逆に言うと、スポットライトを浴びている知人も、人から見えていない場所で苦しんだり悩んだりしているはず。そんなことをなんとなく感じていました。
──そしてこの曲では、かばんの中のコーヒーの温かさ、立ち上がる香りが、自分だけが知っている宝物として描かれています。
当時の自分を見て「かわいそうだね」と感じていた人もいたかもしれないけど、私の心の中には雨に濡れない紙袋、あるいは箱のようなものがちゃんとあって。コーヒーのいい匂いとともに立ち上がってくるワクワク感や、ビジョンがあれば、きっと大丈夫だと感じていたし、その輝きがいつか地上に出てくることもあるでしょう、とも思っていましたね。
「性透明説」みたいなものをどこかでずっと持っている
──先行配信曲でもある「餃子」はどのように生まれましたか? 餃子のひだのビジュアルを見ながら、人間関係で生じるしわ寄せについて思いを巡らせるという歌詞や、アジアンテイストのサウンドなど、ユニークな楽曲ですね。
歌詞については、実際の順序は逆で。しわ寄せについてぼんやりと考えていたときに、餃子のビジュアルが空からポーンと降ってきたんです(笑)。しわ寄せってそこかしこに存在しているし、成り立ちをさかのぼっていくと、特定の1人のせいだと言えないことがほとんどなんじゃないかと思って。
──確かに。「誰のせいでもないんだけどな」と理解しつつもモヤモヤする状況って日常の中でよくありますよね。例えば職場で、誰かの負担が別の誰かに回って、その人もまた別の場面で負担を強いられる……みたいな。
周りの人から実際に聞いたしんどい話とか、自分が見落としてきた人の苦労とか、見落としたまま真相はわからずに想像するしかない人の不安とか、いろいろなことをちょっとずつエピソードとして盛り込んで、食べ物の描写と重ねているんですけど……ちょっとクスッとしたかったんでしょうね。切実で空元気ではないユーモア、みたいなイメージでした。本当はもうちょっとコミカルに作るつもりだったけど、コード進行とサビのメロディがシリアスなので、思ったよりもシリアスな曲になりました。
──でも面白い音がいろいろと入っていますよね。二胡とか12弦ギターとか。コーラスのラインもユニークです。
レコーディングがすごく楽しかったんですよ。デモの段階ではなかった打楽器とかも、編曲を担当してくださった高木(祥太 / BREIMEN)さんの思いつきでどんどん加わっていって。「これもいいんじゃない?」といろいろなものを気張らずに肯定していく感じで、どんどんピースが加わって今の形になりました。
──「『幸せならだれかの不幸の上』って 話をね今日からうたがう」という最後の歌詞も印象的でした。しわ寄せの構造を認識しながらも、シニシズムに陥らない。TOMOOさんは、目に見えない信念や希望を歌うことを大切にしているんだなと改めて感じました。
自ずとそう思えているわけではないんですけどね。「ずっとこうあるべき」みたいな潔癖さもないし。だけど私の身近には人の幸せを望む人が実際にいるから、きれいごとじゃないかと言われたりしても、「いや、実際にそういう人がいたからな」と抗える。そういう1つひとつの経験が、私の拠りどころになって、後押ししてくれているんだと思います。私、性善説でも性悪説でもなく「性透明説」みたいなものをどこかでずっと持っていて。
──「性透明説」、面白い言葉ですね。人間の本性は善でも悪でもなく、透明であると。
人って、いい人と悪い人にはっきり分けられないというか。清濁入り混じっていて、矛盾していたり、複雑だったりするけど、その中に何か美しいものが見えるときがある……そういうものを自分は信じているのかもしれないです。
途方もないけど、届くかも
──今のお話は、「Lip Noise」の「君が纏う真澄と澱みの境目に まぎれた透明」という歌詞ともつながりますか?
つながりますね。この部分、レコーディングのギリギリまで迷っていたんですよ。真澄と透明って一緒じゃないのか?って。でも真澄には「いいね」「きれいだね」というニュアンスが含まれる感じがなんとなくして。透明はもうちょっとニュートラルというか。価値判断の対象からちょっと外れた存在として、真澄と澱みの間に透明を置きたかったんです。
──TOMOOさんは、他者との出会いや見聞きしたことを自分という器に注ぎ、日々のささやかなかけらに透明なものを見出して音楽に込める……という営みを続けていますよね。終わりのない探求のようにも思えますが、その行為はTOMOOさんにとって、どのような意味を持つのでしょう?
確かに。リレーのようにつないで、一世代では終わらない研究をしている科学者みたいですね。毎日毎日なぜそういう曲を書いているのか……わからないですけど、それ以上に歌いたいことがないんですよね。「相変わらずわからないままだけど、輪郭が見えたかも」「一端をつかんだかも」みたいな瞬間があると、「残せ!」「書け!」という感じで抗えないエネルギーが湧いてくるんです。「楽しい」という感覚とは、またちょっと違うんですけど。
──「こんな話をみんなとしたい」という気持ちで音楽を発信している側面もありますか?
ああ、それはちょっとあるかも! 映画やマンガや絵を見て、「これを作った人は、自分とはまた違う角度から物事の輪郭にタッチしようとしているんだな」と感じ取ったときはうれしくなるし。そう考えると、違う星を探しに行く旅みたいですね、「この宇宙には、私と同じことを考えている人がほかにもいるのでは?」って。途方もないけど、「届くかも」「話ができるかも」とどこかで思っているのかもしれないです。
──書きたいテーマがあるとして、「核心を突けた」という手応えは現時点で何%くらいありますか?
「書き切った」みたいな感覚は全然ないです。だからなのか、今回、“続き”を書いている曲が多いなと若干思ったりもしていて。例えば「餃子」は、「Super Ball」や「Grapefruit Moon」の続きを担っているし、「Lip Noise」も、実は「Cinderella」の続きを担っているんじゃないかと思う。それでもまだ、とっかかりしか書けていないんです。同じモチーフで描き続ける画家の人っているじゃないですか。そんなふうに、同じテーマをあらゆる角度から、何回も、じりじりと曲にするのもアリだなと最近は思っています。
公演情報
TOMOO HALL TOUR 2025-2026 "DEAR MYSTERIES"
- 2025年11月21日(金)栃木県 栃木県総合文化センター メインホール
- 2025年11月30日(日)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
- 2025年12月12日(金)北海道 札幌市教育文化会館
- 2025年12月14日(日)宮城県 東京エレクトロンホール宮城
- 2025年12月26日(金)愛知県 愛知県芸術劇場 大ホール
- 2026年1月10日(土)広島県 上野学園ホール
- 2026年1月24日(土)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
- 2026年1月31日(土)石川県 本多の森 北電ホール
- 2026年2月10日(火)大阪府 フェスティバルホール
- 2026年2月11日(水・祝)大阪府 フェスティバルホール
- 2026年2月27日(金)東京都 東京国際フォーラム ホールA
- 2026年2月28日(土)東京都 東京国際フォーラム ホールA
プロフィール
TOMOO(トモオ)
1995年生まれ、東京都出身のシンガーソングライター。6歳の頃にピアノを弾き始め、高校時代にYAMAHA主催のコンテスト「The 6th Music Revolution」ジャパンファイナルに進出した。大学進学後に本格的に音楽活動をスタートさせ、2016年8月に1stミニアルバム「Wanna V」を発表。2021年8月に発表したシングル「Ginger」がさまざまなアーティストから注目された。2022年8月にポニーキャニオン内のIRORI Recordsより配信シングル「オセロ」でメジャーデビューし、2023年9月にメジャー1stアルバム「TWO MOON」を発表した。2025年5月に日本武道館にてワンマンライブを行い、同年11月に2ndアルバム「DEAR MYSTERIES」をリリースした。




