戸松遥がまっさらな自分で挑んだ、3年8カ月ぶりのシングル「Alter Echo」 (3/3)

抱きしめて、イエーイ!

──「i」攻略の過程を、具体的にお聞きしていいですか?

1回リズムに乗り遅れると取り返しがつかない曲なので、とにかく慣れるまで何度も回して、余裕が出てきたらちょっとずつ遊び心を足していく感じですね。ただリズムにカチカチ合わせるだけじゃなくて、例えば語尾をクイッと上げてみたり、逆にスッと抜いてみたり。そういうニュアンス面でのディレクションというか、歌がカッコよく聞こえるコツを教わりながら、微調整を加えながら仕上げていきました。語尾といえば、サビの「抱きしめて」のところは「抱きしめてぇいえ」とゆるく伸ばして歌っているんですけど、私は仮歌を聴いたとき「抱きしめて、イエーイ!」と歌うものだと思って。

──完全に親指を立てちゃう感じ。

そう、私がなんの疑問も持たず「イエーイ!」と歌っていたら、ディレクターさんから「それ、めっちゃダサいから」と言われ(笑)。Bメロの「ねぇ睨みつけて」とかも、私は語尾を長く伸ばしがちだったんですけど、ここは逆に、息継ぎするみたいに短くスパッと切ったほうがいいとアドバイスしてもらいました。でも一番難しかったのは、2番のラップパートでしたね。最初にラップをやったとき、ディレクターさんもエンジニアさんも半笑いでしたから。

──(笑)。

半笑いで「お、おう、なるほど」「ちょっと、かわいすぎかなあ」って(笑)。

戸松遥

──「i」は大前提としてリズムに乗らなきゃいけないし、ラップもあるし、パートによってやさぐれ感があったりセンチメンタルだったりするので、やることがいっぱいありますよね。

そうなんですよ。しかもそれは私の引き出しにはないものだったりして。例えばラップパートでは「Say Noで」と「せーので」で韻を踏んでいるんですけど、語尾の「で」を落とし気味に歌うのがなかなかうまくできなくて、何回も練習しました。でも、私はあんまり集中力が長持ちしないタイプで……。

──以前もそうおっしゃっていましたよね。

はい。私の場合、時間をかけたからといっていいものができるわけじゃなくて……あ、集中力だけは限界があるかもしれないですね(笑)。プシューって空気が抜けるような感じで、露骨に「なんか、疲れてきたな」というのが歌声に出てきちゃうので。それはディレクターさんもよくわかっているから、私のテンションが上がっていて、かつ声もよく出ているタイミングを見計らって「今だ!」みたいな。短期集中で一気に録る感じです。

「今の戸松なら歌える」と、可能性を信じてもらえた

──「i」は、いい選曲だったのでは? 選んだのはディレクター氏だと思いますが。

私も、これが客観的に見た「今の戸松遥に歌わせたい曲」だと思うと、なんかしっくりきて。逆に、もし私の主観で選んでいたら自分の引き出しの中にあるような、過去に歌った曲と似たり寄ったりの曲を選んでしまったかもしれない。それに、3年8カ月ぶりの戸松の新曲として、自分の想像が及ばない挑戦的な曲を選んでもらえたということは、「今の戸松なら歌える」と、可能性を信じてもらえたからだと思うんですよ。

──現場では半笑いだったけれども。

半笑いでしたけど、私は「できると信じてくれたんでしょ!」「『いいじゃん』と言わせてやる!」と思っていましたよ。できない曲を選びはしないでしょうし。ともあれ、ひさしぶりのシングルで新しい境地に踏み出せたのは、本当によかったですね。

──戸松さんのスタイル、面白いですね。例えば自分のやりたいことが明確にあって、ゴリゴリにセルフプロデュースする声優アーティストもいますが、戸松さんの場合はプロデュースは人任せで、自分の外から投げられた曲に応じて自分が変わっていくみたいな。もちろんどちらがいい、悪いという話ではなくて。

そうなんです。だから極論すると、曲はなんでもいいんですよ。もう少し都合よく言葉を補うなら「こういう曲がやりたい!」というよりは「なんでもいいからやってみたい!」と思うタイプで。そもそも私は自己分析ができない人間なので、自分はどんなキャラでどんな曲がハマるのかとか、あんまりよくわかっていないんです。だから楽曲会議とかでも「次、何やります?」「何やったら面白いと思います?」と自分以外の人の意見を聞きたがるし、その結果いろんな曲に染まっていくことができる。そっちのほうが私は楽しいし、向いているとも思うんですよね。

──今回の2曲にしても、どちらもカッコいい路線の曲ですが、方向性は違いますもんね。

そうですね。「Alter Echo」のほうが健康的というか。

──ああ、確かに。健全な感じ。

そうそう、健全。「i」はギラついているというか、夜の匂いがする。だから昼のロックナンバー「Alter Echo」と、夜のダンスナンバー「i」みたいな。やっぱりリリースのタイミングやタイアップのあるなしで表現できることも変わってくるんですけど、それもひっくるめて何かしらの縁があると感じていて。今回の2曲にしても、誰かが「これ、戸松に歌わせてみようぜ」と思ってくれたから……いや、適当に選ばれていたらちょっとショックですけど(笑)。

──あみだとか。

くじ引きとかね。さすがにそれはないと思うことにします。

戸松遥

みんなの愛を感じた、忘れられない光景

──最初のほうで「戸松遥としてやっていきたいことがありすぎる」とおっしゃいましたが、その中にはライブも……。

入っています! 去年の6月に「メ~テレアニソンLIVE」というイベントに呼んでいただいて、ひさしぶりに戸松遥としてアニメのタイアップ曲を4曲歌ったんですけど、そのときはまだ声出しがNGで。私の曲って、特にアニメ主題歌だと、お客さんの声が入って初めて完成するものが多いんですよ。その代表が「Q&A リサイタル!」(2012年10月発売の10thシングル表題曲)で、イベントでも歌ったんですけど、お客さんは声を出せない代わりに精一杯の手拍子で応えてくださって。そのものすごい熱量と一緒に、みんな声を出したくて仕方がないのを「ぐぬぬぬ……」って堪えている感じも伝わってきたんです。私もみんなの声が聞きたくて「ぐぬぬぬ……」となっていたから、会場中が「ぐぬぬぬ……」みたいな(笑)。

──僕もコロナ禍における声優アーティストやアニソン歌手のライブを観ているので、その感じ、わかります。

もちろん、あの場では全力のパフォーマンスをお見せできたと思っているんですけど、ようやく声出しが解禁されつつある中で、今、戸松遥がライブやったらどうなるのかなというのは、すごく気になりますね。

──僕が最後に観た戸松さんのワンマンライブは、アーティストデビュー10周年を迎えた2018年のツアー(「LAWSON presents 戸松遥 5th Live tour 2018 ~COLORFUL GIFT to YOU~」)のファイナルでした(参照:“七色”サプライズ再び!戸松遥とファンの「GIFT」にあふれた中野ワンマン)。

ツアーとしては最後のライブですね。

──あのとき、戸松さんが「七色みちしるべ」(2010年2月発売の1stアルバム「Rainbow Road」収録曲)を歌っているとき、客席も異なる色のペンライトでレインボーカラーに染められて、いいものを見させてもらいました。

「なんで映像化してないんだよ!」っていうね(笑)。あのペンライトのレインボーは、Bluetoothとかで操作していない、座席の列ごとにセルフで違う色のペンライトを振って作ってくれたレインボーなんですよ。本当にみんなが団結していないとできないことだと思うので、みんなの愛を感じた、忘れられない光景ですね。あの、別にお客さんに強要するわけじゃないんですけど、あの景色をまた見たいし……実は私、今年でアーティストデビュー15周年らしいんですよ。

──ああ! そうか。というか10周年記念シングルのときもインタビューさせてもらいましたが、つい最近のような気がします(参照:戸松遥「TRY & JOY」インタビュー)。

ねえ。だから本当に、時が経つのはあっという間で。気付いたらまた節目の年を迎えていたので、何かやりたいんですけど……せっかくひさしぶりに新曲を出せたので、これをきっかけに、マイペースでもいいから戸松遥の音楽の道を進んでいけたらいいなと思います。

戸松遥

プロフィール

戸松遥(トマツハルカ)

1990年2月4日、愛知県生まれの声優アーティスト。2005年10月に行われた「第1回ミュージックレインスーパー声優オーディション」の合格をきっかけに声優としての活動をスタート。2008年9月にはシングル「naissance」でソロアーティストとしての活動を始め、2009年2月には同じミュージックレインに所属する寿美菜子、高垣彩陽、豊崎愛生とともに声優ユニット・スフィアを結成した。以降はソロとスフィアを並行して精力的に活動し、CDリリースとライブを重ねる。2016年6月には初のベストアルバム「戸松遥 BEST SELECTION -sunshine-」「戸松遥 BEST SELECTION -starlight-」を2枚同時に発表。2018年5月に約3年2カ月ぶりのオリジナルアルバム「COLORFUL GIFT」をリリースし、7月より東京・中野サンプラザホール2DAYSをファイナルとしたライブツアー「LAWSON presents 戸松遥 5th Live tour 2018 ~COLORFUL GIFT to YOU~」を開催した。2023年7月に3年8カ月ぶりのシングル「Alter Echo」をリリース。