映画、音楽、ゲーム、ドラマ……さまざまなエンタテインメントがストリーミングという形で楽しめるようになってひさしい昨今。その制作現場の在り方や駆使される技術、クリエイターたちのエンタメとの向き合い方も日々変化している。
ディズニープラスで配信中のサイコスリラードラマ「ガンニバル」、Netflixで配信中の2011年に起きた福島第一原子力発電所事故を題材とした社会派ドラマ「THE DAYS」。全世界で配信されているこの2作は、俳優たちのリアリティあふれる演技や、丹念に撮影された迫力ある映像はもちろん、そのストーリーに寄り添った劇伴も注目されている。両作の音楽を手がけたのは、ロサンゼルスを拠点に置く音楽プロデューサーの備耕庸、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の劇中歌歌唱経験のある日本在住のボーカリスト・堀澤麻衣子、人気ゲーム「バイオハザード」シリーズなどの音楽を手がけるカナダ在住のブライアン・ディオリベイラ。音楽ナタリーでは「ガンニバル」「THE DAYS」の音楽にフォーカスし、彼らにドラマを引き立てる劇伴の制作舞台裏や一般的な日本のドラマ音楽との違いなどを明かしてもらった。
取材・文 / 村尾泰郎
“見えないエネルギー”=原発の放射能をどう表現するか
──備さんはアメリカを拠点に活動されているそうですが、普段はどういった形で仕事をされているのでしょうか。
備耕庸 私はハリウッド音楽エージェントと音楽プロデューサーという2つの活動をしております。音楽プロデューサーとしては、日本の映画やドラマ、ゲーム音楽で、日本的ではないハリウッド的な音楽演出を求められているときに、プロデューサーや監督、音響監督の方からご連絡をいただいて、作曲家を推薦したり、音楽コンセプトを一緒に考えたりしています。そして、先方のリクエストに沿った作曲家や演奏家とチームを作って劇伴を制作します。
──そのチームが、今回の場合、ブライアン・ディオリベイラさんと堀澤麻衣子さんだったんですね。では、「THE DAYS」の音楽をブライアンさんに依頼した経緯を教えてください。
備 このドラマでは、水没した原発の不気味な空気感を音楽で表現することが必要でした。そのためには、最近ハリウッド映画の劇伴でメジャーになってきた、映画音楽と効果音の境界が曖昧な没入的な音楽演出が求められていたんです。そういうものをプロデューサーの増本さんからもリクエストされていた。それを踏まえてどんな作曲家がふさわしいのか考えたとき、ブライアンのことが思い浮かびました。ブライアンとは過去に2回、ゲーム音楽制作でご一緒したことがあり、彼ならそういう音楽表現に長けていると思ったんです。
──メロディではなくサウンドで空気感を作り出していく音響的な劇伴ですね。
備 そうです。ブライアンは1500以上の楽器を持っていて、独自の録音方法を使い、シンセサイザーではなくアコースティック楽器をベースにした独特の質感を持った音楽を生み出すことができます。そこでブライアンと劇伴のコンセプトを考え、サンプルになるような曲を作って、制作チームに聴いてもらったところOKが出たんです。
──ブライアンさんはどんなイメージで「THE DAYS」の曲を作っていったのでしょうか?
ブライアン・ディオリベイラ 最初にあったイメージは“見えないエネルギー”です。つまり、原発の放射能をどうやって音楽で表現するのか。そこで私は見えない電磁波を音に変換して、その音を楽器のように加工して使うことで、放射能という見えない力との戦いや恐怖を表現しようと思いました。
──電磁波を楽器のように使った。驚きのアプローチですね。
備 多くの作曲家はドレミという音程からメロディを考えていきますが、ブライアンはまずサウンド全体を想像して曲を作り上げていくんです。ブライアンは聞こえてくるすべての音を生き物のように捉えているというか、すべての音の魂がある、というアニミズム的な考えの持ち主なんです。
ブライアン 私はメロディよりサウンド、特に楽器や音のトーンをとても大切にしています。なぜなら、そのトーンから感情が生まれると思っているからです。トーンを考えることでメロディやリズムが自然に生まれてくるんです。
──電磁波以外にはどんなものを使ったのでしょうか?
ブライアン 今回の劇伴でメインに使った楽器の1つはテルミンです。普通はテルミンをアンプに挿して音を出すのですが、今回はアンプを加工したり、トランスデューサーに通しました。トランスデューサーは入力したサウンドを振動に変換する機械で、机の上に置いたら机が振動するし、ギターに置いたらギターが振動する。いろんな素材の上に置くことで、それが振動してスピーカーのような役割を果たします。それをSANKENの100kHzまで録れる超高周波マイクで録音しました。そうすることで、放射能に囲まれている空間を音響的に表現しようと思ったんです。
音楽家は音楽を生み出す媒介
──イメージするサウンドを追求するのが、ブライアンさんにとっての曲作りなんですね。アンビエントで抽象的なサウンドの中で、堀澤麻衣子さんの声があることで親しみやすさが生まれています。声を入れることは最初から考えていたのでしょうか。
備 劇伴を作り始めた頃からボーカルは必要だと思っていました。最初はクワイア(合唱)的なイメージもあったんですけど、最終的に1人の声でいこうということになったんです。そこでこれまで何度かご一緒したことがある麻衣子さんにお願いしました。ブライアンと麻衣子さんは音楽のアプローチが非常に似ていると思ったんです。特にトーンや音の質感に対する感じ方が似ている。2人は今回初めて一緒に組んだんですが、最初から親和性が高かった。ほとんどの曲がファーストテイクでOKになりました。
──堀澤さんは、今回初めてブライアンさんとレコーディングしてみていかがでした?
堀澤麻衣子 備さんからブライアンがどんな作曲家かお会いする前に伺っていて、ブライアンの音楽も聴きました。想像の域を超える才能を持った方だということがわかったので、お会いする前はドキドキしましたね。会ってみると親切で優しくて森の妖精みたいな方でした(笑)。その後、「THE DAYS」と「ガンニバル」の音楽制作のために2週間ほどカナダのブライアンの家にお邪魔して、寝食をともにしながらレコーディングをしたんです。ブライアンの家は山の中にあって周りには誰も住んでいない。ブライアンは家の周りを散歩して、自然から感じたことをストレートに音楽に表現されるんです。
──まさに妖精ですね(笑)。
堀澤 私はそんなに英語ができるほうじゃないんですけど、ブライアンとは言葉ではないコミュニケーションができました。ブライアンが用意した音を聴くと「ここを大切にされているんだろうな」というのが自然とわかるんです。普通、歌い手がスタジオに行くと楽譜が用意してあるんですけど、ブライアンの場合は楽譜がないんですよ。でも、彼が紡ぎ出した音楽から世界観は伝わってくるので、こういうトーンで、こういうメロディで歌えばいいんだなとわかるんです。今回の場合、私が参加した曲では調律されていない古いピアノを使って、どこか歪んだ世界を表現していました。歌もその音に寄り添って、悲しみと希望の真ん中あたりというか、抑揚を付けすぎないで歌うことによって、曲を聴く人がどちらとも取れるような歌い方にしたんです。
──サウンドに導かれるように歌を入れたと。そのためには2人の意思疎通が重要ですね。2週間一緒に過ごしたからこそ、コミュニケーションが深まったのかもしれません。
ブライアン 最近はデータのやりとりだけで曲を作ることも多くなりましたが、同じ空間、同じ時間をシェアすることで、お互いのことがわかってリラックスできる。一緒に何か作るときも創造力を分かち合えるのではないかと思います。マイコは音楽を聴く力が優れていて、しっかり音を読み取って歌に表現する力を持っている。彼女も私と同じようにトーンに対する鋭い感受性を持っているんです。
──2人は同じ資質を持った音楽家なんですね。
ブライアン マイコと話をしていて、彼女は私と同じように“媒体(メディウム)”なんだと思いました。自分がいる空間であったり、時間であったり、目の前にある楽器だったり、自分が置かれた状況を感じ取り、呼吸をするように生まれるのが音楽だと思います。音楽家は音楽を生み出す媒介なんです。
備 2人の作業を横で見ていると驚かされるんです。何も打ち合わせをせずに、どんどん作業を進めていく。ブライアンの中には最終地点は見えているみたいなんですけど、いろんな作業を同時進行で進めていくので見ているとカオスなんですよね。だから、彼と感性が合わないとその作業の流れに入れない。彼が「こんな感じで」と言っても、さっぱりわからないと思います。
──それができる堀澤さんもすごいですね、
堀澤 私は音大出身なんですけど、学校だと楽譜通りに演奏しないといけない。でも、ブライアンとの仕事ではアレンジが許され、演奏者の心情を表現することができる。決められたことをきっちり演奏するのもいいけれど、私は自由にアレンジしてアプローチするのもすごく好きなんです。声の音色を変えたり、息の量を変えたりして、その曲に必要な音色とメロディを探す。そういう作業を、ブライアンはすべて私に託してくれました。それは私にとって最高にエキサイティングなことなんです。でも、同時に「果たして、これでブライアンが思い描く世界にたどり着くのだろうか?」という緊張感もありました。ブライアンとのセッションはこれまでの音楽活動の中で一番印象に残りましたね。
次のページ »
目指したのは架空の民族音楽